214. 将軍追放
前回までのあらすじ。
家臣の陰謀で裸の付き合いがある将軍様から救難信号を受け取り、朝廷を巻き込んでの大芝居を打った。正親町天皇には真相を伝えてあるから、きっと大丈夫。なんかこう、いいカンジに公家衆を宥めてくれると信じてる。
そして俺、ノブナガ。打ち合わせ通りに宇治へ出てきた将軍と、いざ最終決戦。武士らしく一騎打ちで勝敗を決めてやった。もちろん負ける戦はしない主義はきっちり通した。
織田軍は勝者として、堂々と槙島城へ入った。イマココ。
「いたい、とても」
殴った方が痛いとか、本当に納得がいかない。
城主の代わりに上座へ落ち着いた俺は、冷たい水に右手を浸している。腕には臭くない膏薬を塗った湿布を巻き、完全にくつろぎスタイルだ。
殴られた方はちょっと顔が腫れた程度で済んでいた。納得がいかない。
縛られた昭光ともども医療班による手当て済みだ。彼女たちは騎馬隊よりも先に渡河して、出番が来るまで待機していたそうな。完全包囲どころの話じゃない。既に、城は落ちていた。俺は、幕府軍にトドメを刺しただけだ。
「えーと……琵琶湖から船で強襲し、淀城を含めた槙島城の支城を全て落として? 京から出てきた馬鹿公方様の軍勢が渡河しやすいように、川を一時的に堰き止めて…………怪我人が出るまで待機してた、と」
「あの程度、尼子再興軍の敵ではない!」
今回の功労者様が、なんか無駄に偉そうだ。
鹿之助が騎馬隊に合流できたのは、幕府軍が虫の息になっていたから。昭光が最後の幕臣というのも当然で、残りはみんな降伏か戦死していたのだ。軍事演習だって言ったのに、勝手に腹を切った奴は知らん。残った家族のフォローはしなきゃならんが。
「俺たちが来るまで川を堰き止め、るわけにはいかねえか。十日は経ってたもんなあ。槙島城が水没しちまう」
「そう簡単に水没するものか!」
「簡単だぞ? 水の流れをちょっと変えればいいだけだからな」
歴史を変えるより、ずっと簡単だ。
というのは言葉に出さず、皮肉めいた笑みを浮かべる。そんな俺に何を思ったのか、昭光は悔しそうな顔で黙り込んだ。しょんぼりと肩を落としたままの義昭とは一度も目を合わせていない。
そんなことはどうでもよくなるくらい、俺は機嫌がよかった。
「お濃、負傷者がどれくらいいるか分かるか?」
「両軍ともに数十人程度でしょう。重傷者も命に別状はなく、軽傷者は本日中に応急手当を終えます。足りない物資も、数日のうちに届きますわ」
淀みない報告を受け、鷹揚に頷く。
さすがは俺の嫁。医療班の初陣もきっちり果たしてくれた。別室で控えているのが常だった彼女は今回、班長として傍にいてくれる。これはお仕事です、で説得されてくれた。俺プロデュースの白い制服が動き回っているところを見たかったが、次の楽しみにしておこう。
話を戻すと、今回は「軍事演習」だったわけで。
「やっぱ、死傷者ゼロは無理だったなあ」
「すまぬ」
「いや、義昭のせいじゃないだろ。本物の戦だったら、もっと被害がでかくなっていた。かといって戦をせずに、周囲を納得させるのは不可能だった」
とにかく前例がない。
普通の訓練とは違うからと、わざと末端まで指示系統を徹底せずに混乱したままで始めた。俺たちの都合で、多くの人を巻き込んだ形だ。義昭もさすがに、そのことは理解できているのだろう。
「……それは、そうだが」
口をもごもごさせつつ、なんとも言えない苦い顔で項垂れる。
「公方様、我々を騙したのですか!? この男と組んで、何を企んでおいでですかっ」
「わ、私は企んでなどいない! 諸国に置いた守護職はもはや機能せず、幕府の権威は地に落ちた。誰も私の言うことなど聞こうとしない。お前たちは結局、目に見える範囲のことしか考えていない。誰にも敬われずして、何が武家の頭領か! 和睦の仲立ちをしたところで、一年も経たずにいがみ合う。私はもう嫌だ!」
「それで先代や俺の真似をしようとしたが、悉く失敗したと」
「ううっ」
胡乱な目を向ければ、居心地悪そうに小さくなる義昭。
凡愚めと鼻で笑ってやれば魔王らしいのかもしれないが、俺だって平凡な人間だ。織田信長という存在そのものがチートなだけで、周囲が有能じゃなかったら織田家は弱小武家のままだった。
(才ある者がいなかったわけじゃないんだよな。光秀とか、藤孝とか)
彼らを上手く使えば、倒れかけた幕府が息を吹き返すことも可能だった。
そうしなかったのは「室町幕府の終焉」が定められていたからかもしれない、と俺は思ってしまう。平手の爺が殺されたように、親父殿や舅殿が死んだように。
信治が死んだのは、長政が死ななかったからかもしれない。
いつも、どこかで、誰かが死ぬ。俺の手の届かないところで、俺の大事な奴が逝く。もっと詳しく歴史を知っていれば、もっと強くて、頭が良かったら、より多くの人間を守れたかもしれない。義昭を殺さずに済ませようと考えていることが、これからの未来を歪めるかもしれない。
死ななくていい奴が死ぬことになるかもしれない。
「まあ、でも織田軍が幕府軍と戦った。そして織田が勝った。この事実だけは諸国に広まるだろうから、結果オーライってことにしておくか。被害も抑えられたし。……あ、崩した城壁は修復しろよ? 砦は残らず潰せ。土地の管理は金柑頭に任せる」
「はっ」
台詞の後半は小姓に向けての指示だ。
丸投げする形になるが、光秀なら上手くやるだろう。側近の座を狙っているっぽいし、坂本城を含めたら結構な広さが所領になる。仕事がデキる奴はどんどん仕事を与えるべし。
「尾張守」
「ん?」
「十兵衛は、役に立つであろう?」
「ああ、二度と捨てられたくないって必死に働いてるぞ。よかったな」
「す、捨てたわけでは」
「似たようなもんだろ。……押しつけやがって」
信長を裏切るくらいだから、義昭を見限る可能性も考えていた。
それなのに息子たちの前でくだらない茶番劇をやらかしてくれのだから、俺は嫌味の一つや二つ言ってもいいはずだ。カッコイイ親父の背を見せつける予定だったのに。そんな話聞いてないとか言うな。心の底では、そう思っていたんだ。
評判ばかりが独り歩きした「偉大な父」のイメージよりも、現実にいる俺の姿を見て学んでほしかった。俺自身はちっともすごくない。皆が支えてくれるから立っていられる。だから俺は、皆を守らなきゃあいけない。
それが上に立つ者の義務だ。
「尾張守、昭光の処遇はどうなる?」
「そうさな。征夷大将軍にお供が一人もいないとカッコつかねえから、そのまま同行してもらうことになる。槙島城主じゃなくなる代わりに、別の仕事を与えるから食いっぱぐれることはないぞ」
「貴様に武士の情けがあるのなら、私を殺せ!」
「ヤダ」
「んな……っ」
あからさまにほっとする義昭の隣で、喚いたり絶句したりする最後の幕臣。
死傷者ゼロ目指してたって話、聞こえてなかったんかな。別にいいけど。義昭ともかく、元城主には関係のない話だ。本当は「関係大有り」なのに何も知らなかった様子を見る限り、義昭を「公方様」としか敬っていないのだろう。
なんか光秀に似ているので、仕事はできると思いたい。
鹿之助にボコられても元気そうだし、体力もありそうだ。使わない手はない。
「尾張守、さっきの言葉は何かおかしかった」
「どこが」
「私は負けたのだ。征夷大将軍の地位も返上」
「しません」
「し、しかし」
「返上しない。帝にも奏上した。お前はまだ将軍様。死ぬまで将軍様」
「幕府を潰すと言ってくれたではないか! 尾張守と戦って、私が負ければ幕府は終わると……っ」
「公方様の気のせいじゃないですかねー」
あ、でっかい耳クソがとれた。
指先でぴんっと弾けば、小姓がすかさず皿で受ける。耳の穴ほじってる時点で用意したのだろうが、書き損じの紙を使えよ。なんで朱塗りの小皿なんだよ。勿体なさすぎるだろ。
「とりあえず、しばらくの間は大人しくしててくれ。落ち着いたら呼ぶから」
「其方が将軍職に就けばいい!」
「ヤダ」
「織田幕府をひらくのだ、尾張守!! 今までそうやって武家の時代は移ろい続けてきたのだぞ。私は其方が後を継いでくれると信じていたから――…っ」
「嫌だっつってんだろ」
何度も言わせんな。
思ったよりも冷ややかな声が出て、その場が静まり返った。
敗戦の将である義昭と昭光以外は、織田側の面子が揃っている。水軍勢や兄貴以外にも、畿内・近江から馬を飛ばしてきた側近が並ぶ。秀吉が連れてきたらしい半兵衛も傍に控えていたが、いつもの読めない微笑みを浮かべていた。
「幕府が機能してねえから、俺に助けを求めたんじゃねえのか。てめえはもっと広い視野で物事を見ることを覚えやがれ! 将軍ならっ」
「もう将軍はやめると決めたのだっ」
「却下だっつってんだろ! 官位の話を断り続けるのもしんどいんだぞ」
「ありがたい話ではないか。朝廷から官位をいただくのは、尾張守の功績が帝に認められたということだ。諸将も、其方に逆らおうと思わなくなるかも」
「なると思うか、半兵衛」
「なったらいいですねえ。まあ、信長様ならありえるかもって思っちゃいますけど」
苦笑いの半兵衛がひょいと肩を竦めれば、信広が不満そうに鼻を鳴らす。
「中途半端なのは三郎もだぞ。分かっているのか? 天下はいらぬと言っておきながら、どんどん勢力を拡大している。織田家の影響力は留まるところを知らぬ」
「臣下もこう言っているではないか」
「ドヤ顔すんな、馬鹿公方。次の天下人はそこのサルなの。もう決まってんの!」
「……へ?」
ぽかんとしたまま己を指差す秀吉。水を打ったように静まり返る一同。
(あ、やべ)
やらかしたと思った時には遅かった。
すぐ隣が猛吹雪だ。恐ろしすぎて振り向けない。俺が冷や汗をだらだら流している間に、台詞の意味を理解した奴らが秀吉に熱視線を送り始めた。期待というよりは「なんでコイツが」という疑念、嫉妬、羨望が強い。
奉行職について、そこそこの所領も抱えているとはいえ、側近の中では一番下だ。
勝家や長秀たちがいなくてよかった。馬鹿犬辺りは素直に喜びそうだが、賦秀がどうなるか分からない。あいつは信忠を次期当主として認めているし、織田家の次代として支えるつもりでいる。それこそ信忠よりも王の風格を秘めているような気がするのもあって、この話を聞いた奴の反応が怖い。
「あなた」
「俺の期待が、それだけ大きいってことだ。分かったな、秀吉」
「へ、へえっ。かしこまりましてございますうっ」
五体投地で畳にくっつく秀吉を、半兵衛がじっと見つめている。
豊臣軍師としての竹中半兵衛しか知らなかったから、補佐につけたのは当たっていたのか外れていたのか。仲良くやっていると聞いていただけに、なんだか心配になってきた。
(そういや、片割れはまだ会ったことないな。直家に聞いてみるか)
だいぶ前に話題に上ったくらいで、その後のことは知らない。
秀吉のチート能力「人誑し」で、とっくに落とされているかもしれないが。黒田家の逸話で、信長絡みの史実ネタがあったような気がする。なんかこう、魔王的なエピソードが。
言っちゃった☆てへぺろ
クロカンが投獄されたり、長政くんが殺されかけたりするのはアラーキーが謀反したのが発端…という史実はもちろん、おぼえていない系主人公




