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ノブナガ奇伝  作者: 天野眞亜
信長包囲網編(永禄12年~)
207/284

173. 養子縁組

「父上! ご無事ですかっ」

 血相を変えて走ってくる若者に、つい目を瞠る。

 父って呼んだか、今? こんなでっかい息子なんかいたかなーと首を傾げていたら、後ろから「若様」と叫びながら信盛似の青年が走ってきた。

「あー、なんか見たことあるぞコレ」

「見たことあるどころか、君の息子だよ」

「士別れて三日なれば刮目して相待すべし、ってやつか」

「呂蒙ですね!」

 うん、確かに俺の息子だ。

 三国志が好きすぎて暗唱できるというのは本当かもしれない。有名なエピソードだから知っている人間も多いかもしれないが、三国志ネタを出しただけで嬉しそうにするのは奇妙丸くらいだ。ぱっと輝いた顔をたちまち険しくして、隣の信純を睨んだ。

「父上を止めるどころか、二人だけで国を出るとは何事だっ」

「お前が言うな、奇妙丸」

「ですが、父上! 武田の追手が」

「それも片がついた。虎のおっさんが軍を動かすような真似をしたお前に、又六郎を注意する資格があるのか」

「で、ですが……」

「デスガもカスガもねえ!」

 怒鳴ると同時に体が動いていた。

 がつっと鈍い音と手応えに、俺は殴った相手を凝視した。奇妙丸じゃない。勢い余って廊下に転がったのは信盛似の青年だった。名前もちゃんと覚えている。

「甚九郎」

「処罰はどうか、我らに。今更、言い訳はいたしません」

「やめろ。そんなことは望んでない!」

「二人まとめて縛っとけ」

「はっ」

 親衛隊は、たとえ嫡男だろうと容赦しない。

 呆然としている奇妙丸を眺めつつ、残りの面子も広間へ連れてくるように命じた。岐阜城へ戻る前に話しておくべきことがある。

 信純にはお艶を呼んできてもらう。

 少しだけ精悍さを増した利治と、相変わらず色白のなよっちい半兵衛、野生の獣みたいな青年が森可成の息子・勝三で、僧形の男が義信か。寺に幽閉されたから出家したのか、死んだことにされたから出家したのかのどっちかだな。

 あとは縛られたままの甚九郎と奇妙丸。

 一人ずつの顔をじっくりと観察し、三年近く離れていた時間を想う。甲斐国へ着くまでにも色々あっただろう。背が伸びて声替わりも済んだ奇妙丸は正直言って、かなり見違えた。頑張ったなと褒めてやれないのが心苦しい。少しだけ、ほんのちょぴっと。

「時間が惜しいから、報告などは後回しだ」

「え、いいの?」

「面倒くさい」

「三郎殿、本音が出てるから」

 きょとんとする半兵衛のせいで、口が滑った。

 数度咳払いして、仕切り直す。

「坊主の名前は気に食わんから、……太郎義信」

「はい」

「貴様は還俗し、織田一門に入ることを許す。今日より又八郎信直またはちろうのぶなおと名乗れ。こっちの又六郎信純が、後見人となる。喧嘩するなとは言わんが、そこそこ上手くやれよ」

「私に、織田姓を名乗れと仰るのですか」

「死んだことになっているんだから、どうとでもなるだろ。一応、実の親から許可は得ている。清州同盟のことは知っているな? 同盟相手である徳川家と今川家は敵対している。ゆえに織田が親今川派に傾くこともない」

 意味は分かるよなと言えば、義信改め信直は静かに笑んだ。

「承知しました。死ぬ前の縁は全て、ないものと考えることにいたします」

「ねえ、義母上って呼んでもいいのよ?」

「お艶様!」

「だって、そういうことでしょう。わたくしは別に構わないわ。坊丸に兄ができるなんて素敵じゃないの。三郎もたまには、イイコト考えるのね」

「たまには、は余計だっつの」

 今初めて聞かされて驚いているだろうに、お艶はにこにこ上機嫌だ。

 反対に信純はかなり不機嫌である。俺以上に、彼女があっさり受け入れることは予想していたに違いない。だから、あれほど嫌がったのだ。とはいえ、お艶の言うことも一理ある。坊丸は幼すぎて、正式な城主になれるのは十年以上先だ。

 今後も信純に色々動いてもらうことを考えれば、信直の存在は大きい。

「それから奇妙丸と愉快な仲間たちは、一年の謹慎を申し渡す。この期限を迎えるまで、岩村城を出ることは許さん。分かったな?」

「……分かりました」

 奇妙丸は物言いたげだが、今は聞いてやれない。

 利治がほっと表情を緩めているので、もっと重い処罰も想定していたか。比叡山の坊主をやりこめたり、遠山氏追放のきっかけを作ったり、甲斐国滞在中も何かやらかしていたりするので、差し引きゼロどころかプラスなのだ。

 信玄との対談後、信純と話し合って決めた。

 それまで大人しく聞いていた半兵衛が軽く首を傾げる。

「ねえ、愉快な仲間たちって僕たちのこと?」

「他に誰がいるんだ」

「そのまま対武田の防衛に回れ、って聞こえたんですけど。僕の聞き間違いじゃないですよね。それならそれで、今後の軍備体制について話しておきたいかなあ」

「勝手にしろ」

「はーい」

 相変わらず緊張感のない奴だ。

 その神算は凡人の俺には想像もつかない。

 国境付近の武田軍は退いていったとはいえ、今度は堂々と攻めてくる。一点集中か、多方面への同時展開か。駿河・遠江両国の問題も解決しておらず、同盟破棄を知った家康が救援要請を送ってくるかもしれない。

 言うべきことは言ったので、広間の外へ出た。

 話し合いは頭イイ奴らでやればいい。

「ふーっ」

 空に向かって息を吐く。タバコが欲しいぞ。

 秀吉はそろそろ但馬国に着いた頃だろうか。

 石松丸のためだと言われたら、賭けのことを持ち出されなくても許可を出していた。今の秀吉は独自の兵力を持っている。その大半が農民や没落武士だというのに、どういう魔法を使ったのか。木下軍団の仲間意識と連帯感はかなり強い。

「うっかり但馬国を落としてこないといいが……」

 丹後の一色氏は義昭に友好的だ。

 播磨国内は別所・赤松・浦上の三つ巴になっている。別所安治べっしょやすはるは六条襲撃の際に援軍を出してくれたり、赤松家は娘を侍女に出そうとしてくる辺り、義昭には友好的だと思いたい。ただし、互いに険悪なので戦乱が終わらない。

 なんかこう、代理戦争やらされそうな予感がする。

 ん、違う?

 お手紙公方が動けないので、織田軍が代わりに出向いて行って乱を収めてこい的なアレだ。毛利軍からのお願いは尼子家が関わっていたので、今回は言われるままに兵を出した。

「将軍の要請を拒否ったら、上洛命令を無視した奴らと同類だよな」

 ぼりぼりと首の後ろを掻く。

 追い詰められるか、勢いがつかないと動けない辺り、我ながら情けないとは思う。オセロのように周りを囲んだら、一気に反転していく展開はそう簡単に起こらないものだ。

 乱世は終わらせなければならない。

 それは、分かっている。

 他の勢力を潰しまくって全国制覇しても、天下泰平は成らない。そもそも俺は天下人になるつもりも、なりたいとも思っていないのだ。家康や秀吉がどんどん勢力拡大していけばいいなーと思っているのに、なかなかそうもいかないだけで。

 なまじ力があるから悪い。

 俺みたいなダメ人間は、すぐ使ってみたくなる。

 そういう考え方自体がダメなんだと分かっているが、どうにも踏み切れないラインがある。信玄はだてに甲斐の虎なんて呼ばれていない。何でもお見通しだった。

「隠居したい」

「どうしてですか?」

「もう疲れた。田舎に引っ込んで、庵を建てて、家族とのんびり暮らしたい。……そうするには、まだまだ世の中を変えないといけないんだよなあ」

「どうすれば世の中が変わるんでしょうか」

「ん~。とりあえず各地の戦乱を――…」

「父上?」

 隣に息子がいた。

 知らないうちに成長して、ほとんど背丈が変わらない。声も低くなった。子供っぽさが抜けて、女受けする綺麗な顔だ。眉が細くて長いので、動きがよく分かる。

 どことなく帰蝶の面影があった。

「奇妙丸」

「はい」

「いくつになった」

「15になりました」

「そうか。お前に弟が生まれたぞ」

「えっ」

「於次丸という。ああ、謹慎中だから会えんなあ。可哀想になあ」

 奇妙丸が出奔してから、随分と色々なことが起きた。

 奇妙丸は出奔して、随分と色々なことをやらかした。

 考えても考えても息子を労わる言葉が出てこないのだ。無茶なことをしたお冬は褒めてやれたのに、すぐ近くにある頭を撫でようという気が起きない。

「俺は16でお濃と結婚した。18で家督を継いだ」

「はい」

「元服したのはお濃に会う前年、15の時だ」

「は、い」

「お前は13で元服したいと願い、叶わなかった。この先一年は不可能だし、お前が元服しない限りは弟たちも元服できない。その意味が、分かるか」

「申し訳ありま」

「謝るな!!」

 びくっと細い肩が揺れた。

 まだまだ成長期だ。

 これから更に伸びて、俺は抜かれるかもしれない。俺と違って筋肉がついて、しっかりした体つきになるかもしれない。その成長期が完全に終わるまでは、元服させない。幸か不幸か、茶筅丸たちは奇妙丸よりも3歳年下だ。

 男子は15歳で元服する。

「18だな」

「えっ」

「なんだ、不満か? じゃあ、19で」

「父上!」

 悲鳴じみた声に、俺は笑った。

 泣きそうな顔は見慣れた息子の顔だ。誰よりも早く元服したがった奇妙丸は、誰よりも遅く元服するというのも一興じゃないか。あと4年、それだけ猶予があれば何とかなる。

「苦労は、させないさ」

 親父殿が急死して、それはもう大変だった。

 奇妙丸にはそんな思いをさせたくないと決めたのに、もう忘れかけていた。息子のために信玄が覚悟を決めたなら、俺も息子のために腹を据える。

 二人で見上げた空は、目に痛いくらいの青だった。

その後の織田親子

父「あ、そうだ。ちゃんと又六郎に謝っとけよ」

子「えー」

父「あれで根に持つタイプだから、今のうちに謝らないと……」

子「今すぐ行ってきます!!」



織田信直...通称は又八郎。信純と養子縁組をして、藤左衛門家を継承する。

 その正体が武田信玄と三条夫人の子、太郎義信であることを知っている者は少ない。

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