炎の視線
王都アグニス。
城の最上階。
赤銅色の塔の上から、訓練所が見える。
朝の光の中、小さな魔力の揺らぎがいくつも立ち上っていた。
その一つに、彼女の視線は止まる。
氷。
静かな、冷たい波長。
「……まだ粗いわね」
セラフィナ・インフェルナは呟く。
戦場で触れたときの感覚を思い出す。
あの瞬間。
炎と氷が交差した。
拒絶ではなかった。
干渉でもない。
“共鳴”。
珍しい。
極めて、珍しい。
⸻
訓練所の報告書が机に置かれている。
中央出身。
姓なし。
覚醒は第一。
実技評価、下位。
だが潜在魔力量――異常値。
「制御が追いついていないだけ」
冷静に分析する。
期待ではない。
観察。
彼はまだ未熟だ。
だが折れていない。
戦場跡で立っていた。
震えながら。
それでも、目は死んでいなかった。
⸻
窓の外、炎が揺れる。
彼女の身体に刻まれた紋様が、わずかに淡く光る。
今は静かだ。
戦場のような濃い赤ではない。
眠る炎。
「強くなりなさい」
誰に向けた言葉でもない。
東は常に狙われている。
西も、南も、中央も。
戦は終わらない。
彼女は象徴だ。
揺らげば、国が揺らぐ。
だから揺れない。
⸻
遠く、訓練場で風が舞う。
水が弾ける。
氷がきらめく。
三つの属性が交差するのが見える。
「……悪くないわ」
風の少年は明るい。
水の少女は理論的。
氷の少年は静かだ。
三人でいる時の魔力は、安定している。
孤立していない。
それは良い兆候だ。
孤独は、魔力を歪ませる。
彼女はそれを知っている。
⸻
扉がノックされる。
「セラフィナ様。王がお呼びです」
「今行くわ」
短く返す。
視線を最後に一度、訓練所へ向ける。
氷はまだ小さい。
だが、確かに存在している。
あの氷がどこまで届くのか。
自分の炎に並ぶ日が来るのか。
それはまだ分からない。
ただ一つ確かなのは――
彼は“戦場の残り火”ではない。
燃え尽きる存在ではない。
「……証明してみせなさい、グレイス」
小さく、そう呟いた。
炎の象徴は、背を向ける。
彼女の歩みは迷わない。
だがその紅い瞳の奥で、
確かに、ひとつの未来が観測され始めていた。




