雷樹の影
王城・謁見の間。
赤銅の柱が並ぶ広間に、静かな重圧が満ちていた。
玉座に座すのは、東の王。
白髪混じりの壮年。
その目は老いていない。
「戻ったか、セラフィナ」
「ええ」
彼女は膝を折らない。
東で唯一、王に対し頭を垂れない存在。
それを許されている。
許されているというより――必要とされている。
⸻
「西の残党は掃討済みです」
「被害は」
「軽微。ですが」
一拍。
「西が動いています」
広間の空気が変わる。
王の指が、肘掛けを軽く叩く。
「確かか」
「間違いありません。偵察隊が紫雷を確認」
紫雷。
空を裂く色。
森を焼き、なお再生する雷。
それを操る男は一人しかいない。
テンペスト・グラード。
西の王。
⸻
「奴が前線に出るとは考えにくい」
王は低く言う。
「だが動けば、止められる者は限られる」
視線が合う。
無言の確認。
東で“それ”に並べる存在。
ただ一人。
セラフィナは静かに答える。
「出れば、私が行きます」
当然のように。
恐れはない。
覚悟も見せない。
ただ事実を述べるだけ。
⸻
テンペスト・グラード。
西を統べる王。
雷と植物、二つの属性を併せ持つ異端。
雷は天を裂き、
植物は大地を縛る。
攻防一体。
そして――
彼もまた、第三覚醒到達者。
紫雷が樹となって顕現するという。
名を、
《雷樹天臨》。
戦場にそれが現れた時、
軍は“戦う”という選択肢を失う。
逃げるか、死ぬか。
それだけになる。
⸻
「中央は荒れております」
セラフィナは続ける。
「均衡は崩れかけています」
王は目を閉じる。
「テンペストは強者至上主義だ」
「ええ」
「世界が弱いまま均衡することを嫌う男だ」
静寂。
炎が壁の燭台で揺れる。
「いずれ、試すだろう」
東を。
セラフィナを。
世界を。
⸻
「訓練所の中央の少年はどうだ」
唐突な話題。
だが王は知っている。
戦場での報告は全て上がっている。
「未熟です」
即答。
「ですが、潜在は高い」
「使えるか」
「まだ駒ではありません」
冷静な評価。
感情は挟まない。
「だが」
王が目を開く。
「炎が拾った氷だ」
言外の意味。
偶然ではない可能性。
共鳴。
世界の流れ。
セラフィナはわずかに沈黙する。
「……観察を続けます」
それが今の答え。
⸻
謁見を終え、廊下を歩く。
窓の外、遠い空に黒い雲が見える。
錯覚かもしれない。
だが彼女は知っている。
嵐は準備している。
雷は必ず落ちる。
そしてその時、立つのは自分だ。
ただ一人で。
炎が、わずかに濃くなる。
「来なさい、テンペスト」
呟きは風に消える。
王都は今日も平穏だ。
だがその平穏は、
雷樹の影の上に立っている。




