守られた温度
王都、医療棟。
夜は静かだった。
戦の喧騒が嘘のように、廊下には足音一つない。
白い寝台。
そこに、グレイスは横たわっている。
包帯に覆われ、呼吸は浅いが安定している。
その傍らに、セラフィナは座っていた。
制服の上着を脱ぎ、腕には簡易固定。
彼女も重傷だ。
それでも、ここを離れなかった。
「……本当に、馬鹿ね」
眠る顔を見つめる。
穏やかだ。
さっきまで、あんな力を放っていたとは思えない。
脳裏に焼き付いている。
色のない氷。
音の消えた空間。
自分の命を奪うはずだった拳が止まった瞬間。
(あれは、私の領域だった)
第三覚醒。
世界最強の証。
自分だけが立つはずの場所。
それを。
この少年が。
無意識に。
自分を守るためだけに。
胸が、また強く鳴る。
戦場で幾度も死線を越えた。
だが、こんな震えは知らない。
「……守られたくなんて、なかったのに」
ぽつりと零れる。
守る側であり続けると決めた。
弱さは見せない。
そうやって立ってきた。
なのに。
あの瞬間、自分は確かに救われた。
震える指先が、そっと彼の手に触れる。
温かい。
生きている。
指を絡める。
反応はない。
眠ったまま。
「覚えてないでしょ」
小さく笑う。
少しだけ、意地悪に。
「どうせ、自分が強いなんて思ってないんでしょう」
視線を落とす。
長い睫毛。
まだ少年の顔。
けれどあの時は、確かに。
自分の前に立った。
王に届く可能性。
ゼノが退いた理由。
全部、分かっている。
「……ずるい」
呟きはかすれる。
「そんな顔で、そんなことするなんて」
額にかかる前髪をそっと払う。
ほんの一瞬、迷う。
そして――
彼の額に、そっと触れる。
キスではない。
誓いでもない。
ただの確認。
自分の心が、もう戻れないことの。
「次は、私が守る」
小さく囁く。
守られたままではいられない。
隣に立つ。
追いつく。
並ぶ。
その時まで。
廊下の向こうで、夜警の足音が遠く響く。
王都はまだざわついている。
城壁の一部はいまだに凍りついたままだ。
“氷の異変”は、噂になり始めている。
だが、この部屋だけは静かだ。
手を握ったまま、セラフィナは目を閉じる。
ほんの少しだけ、肩を預ける。
紅炎の少女は今夜だけ、ただの17歳だった。




