氷、届く領域
城壁上。
紅炎が揺れる。
その炎を、黒衣が叩き潰す。
拳。
衝撃。
セラフィナの身体が石壁へ叩きつけられる。
血が飛ぶ。
呼吸が乱れる。
「出力は半減。持久力も低下」
ゼノは冷静に告げる。
「東最強は、今は未完成だ」
踏み込む。
連撃。
炎盾が砕ける。
肩を打ち抜かれ、膝が揺れる。
それでも立つ。
(時間を稼ぐ)
下ではまだ戦闘音。
氷と水が激突している。
城門が軋む。
拳が腹部にめり込む。
鈍い音。
セラフィナが膝をつく。
血が石畳を染める。
ゼノが拳を振り上げる。
セラフィナは既に限界だった。
肩は砕け、呼吸は乱れ、視界が滲む。
それでも、歯を食いしばる。
「まだよ……!」
拳。
炎盾が砕ける。
蹴り。
肋が軋む。
ついに膝が地に落ちる。
「限界だ」
ゼノの拳が振り下ろされる。
その瞬間――轟音。
下方から巨大な崩壊音。
歓声。
魔物が倒れた。
ゼノの視線がわずかに動く。
石段を駆け上がる足音。
氷気が走る。
「……来たか」
グレイスが立つ。
息は荒い。
魔力もほとんど残っていない。
それでも前に出る。
「立てるか」
短い問い。
セラフィナは血を拭い、立ち上がる。
足は震えている。
だが瞳は消えていない。
「誰に言ってるの」
小さな紅炎が灯る。
ゼノが二人を観察する。
「消耗。連携不能。終了だ」
踏み込む。
速い。
氷壁が三枚砕ける。
拳がグレイスを吹き飛ばす。
石畳を転がる。
立てない。
魔力が空だ。
ゼノがセラフィナへ向き直る。
彼女は立てない。
拳が落ちる。
(届かない)
グレイスの視界が赤く染まる。
間に合わない。
守れない。
レオルの最期がよぎる。
「お前と出会えて良かった」
嫌だ。
もう二度と。
その瞬間――
空気が凍る。
音が消える。
世界が静止したような錯覚。
ゼノの拳が、空中で止まる。
足元から、透明な氷が広がる。
白でも青でもない。
“色のない氷”。
圧倒的な冷気。
グレイスの身体から噴き出している。
瞳が淡く光る。
感情も理性もない。
ただ――守るという衝動。
ゼノの腕が凍りつく。
瞬時に凍結。
砕ける前に、自ら魔力を爆発させて脱する。
その目が細まる。
「……これは」
次の瞬間、氷が一直線に走る。
速い。
ゼノが跳ぶ。
だが頬が裂ける。
血が流れる。
「第三覚醒……?」
違う。
完成していない。
暴発。
制御不能。
城壁が凍りつく。
石畳が軋む。
セラフィナが見上げる。
信じられない光景。
(……あれは)
自分だけが立つはずだった領域。
世界最強の証。
それに、触れている。
ゼノは距離を取る。
氷の侵食範囲を測る。
冷静な判断。
「未完成だが……放置は出来ない」
視線がグレイスに固定される。
「今日は退く」
敗走ではない。
選択。
黒衣が跳躍する。
闇へ消える。
冷気が止まる。
静寂。
グレイスの瞳から光が消える。
膝から崩れ落ちる。
意識を失う。
凍結がゆっくりと解けていく。
セラフィナが這うように近づく。
震える手で、彼の頬に触れる。
温かい。
生きている。
胸が強く鳴る。
戦場で感じたことのない鼓動。
恐怖ではない。
畏れでもない。
――守られた。
守る側であるはずの自分が。
守られたくないはずの私が、
その腕に救われた。
涙がこぼれる。
「……ばか」
声が震える。
「遅いのよ」
けれどその瞳は、もう隠せない。
惹かれている。
完全に。
氷の少年を、そっと抱き寄せる。
夜風が吹く。
戦争はまだ終わらない。
だがこの瞬間、
力の均衡も、心の均衡も――確かに変わった。




