勝利のあと
夜が降りていた。
街は半壊。
焦げた匂いと、砕けた石の粉塵が混じる。
遠くで若手兵たちが負傷者の手当てをしている。
泣き声は少ない。
守れた命の方が多いからだ。
上級兵は、多くが帰らない。
それでも――
勝った空気があった。
ゼノを退けた。
右腕を、退けたのだ。
瓦礫に背を預け、レオルが笑う。
「はは……いてぇ……」
胸元は血で赤い。
だが氷で止血されている。
グレイスが横に座る。
「無理するな」
「無理してねぇよ」
レオルは夜空を見上げる。
風が戻っている。
「なぁ」
「……なんだ」
「俺さ、今日死ぬと思った」
軽い口調。
だが本音だ。
「でもさ」
目を細める。
「楽しかったな」
グレイスは黙る。
「覚醒って、ああいう感覚なんだな」
「……ああ」
「やっと並べた気がした」
少しだけ、悔しそうに笑う。
「お前と」
沈黙。
遠くで火の粉が弾ける音。
若手兵たちの疲れた笑い声。
平和な音だ。
レオルがゆっくりと息を吐く。
「グレイス」
「なんだ」
「お前と出会えて良かった」
その言葉は、軽かった。
いつもの調子で。
本当に、何でもないみたいに。
グレイスが眉をひそめる。
「急に何言って――」
その瞬間。
背後の瓦礫が、わずかに動いた。
気配は、弱い。
瀕死の残党兵。
折れた槍を握っている。
誰も見ていない。
誰も警戒していない。
勝ったあとの、隙。
槍が、伸びる。
音は、ほとんどない。
グレイスが振り向いた時には――
もう、遅い。
鈍い衝撃音。
レオルの身体が、わずかに揺れた。
胸から、槍の穂先が突き出ている。
一瞬、時間が止まる。
「……え?」
グレイスの声が掠れる。
レオルは、自分の胸を見下ろす。
血が溢れる。
氷では止まらない位置。
心臓。
残党兵は、そのまま崩れ落ちる。
最後の力だった。
レオルが、笑う。
本当に、いつも通りの笑顔。
「……はは」
血が喉を鳴らす。
「最後まで……かっこ悪ぃな」
グレイスが槍を引き抜こうとする。
「動くな!」
凍らせる。
止める。
止まれ。
止まれ。
止まれ。
だが。
さっき使った力は、もう出ない。
魔力が空だ。
レオルの手が、グレイスの腕を掴む。
弱い力。
それでも、止める。
「いい」
笑っている。
涙はない。
「ちゃんと……守っただろ」
息が浅い。
「だからさ」
かすれる声。
「強くなれよ」
一拍。
そして、もう一度。
優しく。
「お前と出会えて良かった」
そのまま。
力が抜ける。
風が吹く。
今度は、ちゃんと吹いている。
グレイスは、動かない。
ただ、座っている。
夜は、静かだった。




