芽吹く風氷、炎は遠く
東方辺境・焦土林。
テンペストが遺したもの。
それは“残党”などではなかった。
大地に根を張る巨大な魔樹。
雷を孕む幹は塔のように空を裂き、枝は空を覆い、蔓は生き物のように蠢く。
副隊長が呟く。
「……あれが、相手か」
セラフィナは前に出る。
紅の瞳が細まる。
「これはあなたたちの領分ではない」
炎が静かに立ち上がる。
空気が震える。
「私はあれを抑える」
振り返らない。
仲間を見ない。
完全に“最強”の顔。
「残党処理は任せる」
それだけ言って、跳んだ。
紅炎が空を裂く。
次の瞬間、空の上で炎と雷が衝突する。
衝撃波。
森が揺れる。
まるで別の戦争。
⸻
地上。
残されたのは――
グレイス
レオル
リシェル
そして東方兵士七名。
若い兵士の一人が震える。
「隊長殿がいない……」
副隊長が叫ぶ。
「陣形維持! 俺たちの仕事をしろ!」
その瞬間。
地面が割れる。
魔樹の根から分離した“雷枝兵”が十数体。
人型に近い。
速い。
⸻
「前衛三、押さえろ!」
兵士たちがぶつかる。
盾が弾かれる。
雷が走る。
一人が焼かれ倒れる。
戦場だ。
助けは来ない。
空では炎と雷の怪物戦。
セラフィナは完全にそちらに集中している。
こちらを気にかける余裕はない。
⸻
「グレイス!」
レオルが横に並ぶ。
風刃が雷枝兵の腕を切り飛ばす。
だが再生。
「硬ぇ……!」
リシェルが水圧で動きを鈍らせる。
「核があるはずよ!」
理論派の目が光る。
兵士たちが必死に時間を稼ぐ。
だが押される。
数が多い。
速い。
⸻
グレイスの氷が砕かれる。
雷が肩を裂く。
血。
歯を食いしばる。
守れなかった兵士の顔がよぎる。
“選ばない”
そう誓った。
だが――
選ばなければ全滅する。
⸻
「一点突破だ!」
レオルが叫ぶ。
風が唸る。
今までより密度が違う。
空気が収束する。
周囲の木々が軋む。
兵士たちが気づく。
「風が……重い?」
⸻
グレイスも感じる。
体の奥。
冷たい核。
氷がただの“刃”ではなくなる感覚。
形を持ち、意志を持ち始める。
視界が澄む。
雷枝兵の胸部。
一瞬、見えた。
脈動する雷核。
「中央三歩、左半身!」
グレイスが叫ぶ。
レオルが笑う。
「見えてんのかよ、親友!」
風が圧縮。
氷が収束。
自然と呼吸が合う。
⸻
同時。
風が雷を押し流し、
氷が核を凍結する。
斬撃ではない。
“貫通”。
雷核が砕ける。
一体、崩壊。
周囲の兵士が息を呑む。
今のは――
第一覚醒の威力じゃない。
⸻
だが反動が来る。
グレイスが膝をつく。
レオルも肩で息をする。
まだ“扉の前”。
完全ではない。
それでも確実に――
触れた。
第二覚醒の領域に。
⸻
「いけるぞ!」
レオルが叫ぶ。
兵士たちが奮起する。
陣形が立て直される。
リシェルが核の位置を指示。
「右奥! 三体密集!」
兵士が盾で押さえる。
風と氷が走る。
核を次々破壊。
やがて――
最後の一体が崩れ落ちる。
⸻
静寂。
焦土の匂い。
兵士二名戦死。
三名重傷。
副隊長が深く息を吐く。
「……生き残ったな」
⸻
空。
巨大な爆炎。
セラフィナの炎が雷樹を焼き払う。
圧倒的。
別格。
やがて巨樹は崩れ落ちる。
炎を纏った彼女が地に降り立つ。
周囲を見る。
倒れた兵士。
血。
疲弊した三人。
一瞬だけ。
ほんの一瞬だけ。
瞳が揺れる。
だがすぐに戻る。
「任務完了だ」
それだけ。
セラフィナの声。
⸻
だがグレイスは気づく。
彼女は空の上で戦っていた。
自分たちを一切見ていなかった。
信じていたのか。
それとも――
気にかける余裕がなかったのか。
⸻
帰還途中。
レオルが小さく笑う。
「今の、ヤバかったな」
「ああ」
「俺ら、行けるぞ」
拳がぶつかる。
重い音。
兵士たちがその背中を見る。
希望。
未来。




