風が帰る場所
訓練後。
夕暮れ。
「なあ、グレイス」
珍しく真面目な声。
レオルが肩に木剣を担いだまま立っている。
「今日、暇か」
「用はない」
「じゃあ来い」
強引に腕を引く。
「どこへ」
「俺んち」
軽い口調。
だが目は少しだけ硬い。
⸻
東区外れ。
石造りの小さな家。
決して豊かではない。
扉を開けると――
「兄ちゃん!」
小さな少女が飛び出す。
「お、ただいま」
レオルの顔が一瞬で変わる。
柔らかい。
家族の顔。
もう一人、少し大きい妹。
そして、痩せた母。
優しく微笑む。
「友達?」
「まあな」
レオルが笑う。
「グレイスだ」
呼び捨て。
いつも通り。
⸻
食卓。
質素だが温かい。
妹たちが無邪気に話す。
「兄ちゃん、今日も強かった?」
「当然だろ」
胸を張る。
誇張はない。
本当に強い。
母が静かに言う。
「レオルは、この子たちの誇りなんです」
その一言。
グレイスは黙る。
戦場の顔しか知らなかった。
だがここにいるのは――
守る側。
家族を背負う男。
⸻
夜。
外。
星空。
「見せたくなったんだ」
レオルがぽつり。
「俺が何で強くなりたいか」
軽口ではない。
本音。
「母さんは身体弱い。妹たちはまだ小さい」
風が静かに吹く。
「だから俺が稼ぐ。俺が守る」
当たり前のように言う。
重いはずなのに。
重さを感じさせない。
それがレオルだ。
⸻
「お前はさ」
レオルが横を見る。
「何のために強くなる」
前にも聞かれた問い。
だが今は違う。
「守るためだ」
迷いはない。
「選ばないために」
レオルが少し笑う。
「相変わらず重いな」
軽く肩をぶつける。
「でもいい」
真面目な目。
「お前が隣なら、負ける気しねえ」
風が渦巻く。
第一覚醒の刃がわずかに光る。
本気だ。
本心だ。
⸻
「なあ」
レオルが空を見上げる。
「俺、もっと強くなる」
宣言。
「妹たちが胸張れるくらい」
「当たり前だ」
グレイスが言う。
「お前は強い」
即答。
飾らない。
レオルが一瞬、言葉を失う。
「……そういうとこだぞ」
苦笑。
だが嬉しい。
⸻
帰り道。
「グレイス」
真っ直ぐ呼ぶ。
「俺たち、親友な」
軽い調子。
だが目は本気。
「戦場でも背中預ける」
一拍。
グレイスは頷く。
「ああ」
短い。
だが重い。
風が強く吹く。
二人の間を通り抜ける。
約束のように。
⸻
家の窓から、妹が手を振っている。
レオルが大きく振り返す。
その姿を、グレイスは目に焼き付ける。
この笑顔。
この家。
この未来。
守るべきもの。
レオルは強い。
誰よりも明るく、誰よりも重い。
⸻
夜。
訓練所へ戻る途中。
「お前さ」
レオルが最後に言う。
「もし俺が先に死にそうになったら、助けろよ」
冗談めかす。
「当然だ」
即答。
「お前もな」
レオルが笑う。
「約束だ」
拳を出す。
グレイスが拳を合わせる。
乾いた音。
小さな誓い。




