炎の休日
王都、中央市街。
珍しく、任務も会議もない日。
グレイスは補給品の受け取りを終え、広場を歩いていた。
人の多さに、少しだけ落ち着かない。
兵士として見られる視線。
慣れない。
その時。
露店の前で、銀髪が揺れた。
一瞬、見間違いかと思う。
だが違う。
セラフィナ・インフェルナ。
ただし――
今日は軍装ではない。
白を基調とした簡素なワンピース。
外套もない。
紋様も出ていない。
炎の圧もない。
ただの少女の姿。
「……何を見ているの」
先に気づいたのは彼女だった。
少し不機嫌そうな声。
「いや」
言葉が詰まる。
「珍しいな」
「今日は非番よ」
少しだけ視線を逸らす。
「たまには城の外を歩く」
⸻
沈黙。
互いに、少しぎこちない。
戦場や回廊とは違う。
日常。
「……付き合いなさい」
突然。
「は?」
「荷物持ち」
小さな包みを差し出す。
少し赤い。
「一人だと、面倒」
理由が雑だ。
だが断る気はない。
「分かった」
素直。
セラフィナの耳がわずかに赤い。
⸻
市街を歩く。
焼き菓子の匂い。
子供の笑い声。
兵でも象徴でもない空間。
「甘いもの、好きなのか」
グレイスが包みを見る。
「別に」
即答。
だが少し間がある。
「……嫌いではない」
正確には好きだ。
だが言わない。
⸻
噴水広場。
二人並んで座る。
距離は近い。
触れてはいない。
だが近い。
セラフィナが小さく息を吐く。
「静かね」
「戦場よりは」
「当然」
少し笑う。
ほんのわずか。
それだけで空気が柔らぐ。
⸻
「村の件」
グレイスが言う。
空気が少し変わる。
「怒っているのか」
「怒っている」
即答。
瞳が強くなる。
だが炎は出ない。
「でも、今は動けない」
象徴は軽々しく動かない。
国が動く。
戦が動く。
責任がある。
「……俺が強くなる」
自然に出る。
セラフィナが横を見る。
「知ってる」
短い。
だが柔らかい。
「あなたはそう言う」
少し沈黙。
風が揺れる。
彼女の髪が触れそうになる。
⸻
「どうして、あんなに真っ直ぐなの」
小さく。
自分でも気づかないうちに出た言葉。
「曲がる理由がない」
単純。
セラフィナは一瞬、言葉を失う。
笑ってしまう。
「本当に単純」
だがその単純さが、眩しい。
胸の奥が少しだけ熱い。
紋様は出ない。
だが鼓動が早い。
⸻
子供が走ってきて、ぶつかりそうになる。
グレイスが自然に前へ出る。
庇う形。
近い。
距離が一気に縮まる。
息が触れる距離。
赤い瞳が揺れる。
「……近い」
「悪い」
だが離れない一瞬。
時間が止まる。
市街の音が遠い。
セラフィナが視線を逸らす。
耳が完全に赤い。
「もう少し離れなさい」
声が少し上擦る。
素だ。
完全に素。
⸻
噴水の水音。
「今日は楽しい」
ぽつり。
自分で言って、固まる。
言うつもりはなかった。
グレイスが少し驚く。
「そうか」
ただそれだけ。
だが優しい。
セラフィナは視線を落とす。
「……たまには悪くない」
言い直す。
象徴ではなく。
十七歳の少女として。
⸻
帰り道。
夕陽。
並んで歩く。
肩がかすかに触れる。
どちらも離れない。
「また」
グレイスが言う。
「時間があれば」
セラフィナは少しだけ迷う。
そして。
「……考えておく」
完全な否定ではない。
むしろ前向き。
⸻
別れ際。
彼女は一歩踏み出す。
「無茶は減らしなさい」
少しだけ睨む。
だが柔らかい。
「努力する」
「“する”じゃなくて“しなさい”」
前と同じやり取り。
だが今度は、笑いながら。
⸻
背を向けて歩く。
数歩進んで、止まる。
振り返らないまま。
「……今日は、ありがとう」
小さい声。
だが確かに届く。
炎は出ない。
紋様も光らない。
それでも。
距離は、確実に縮まった。




