水面に映る炎
村壊滅の報は、数日後に訓練所へも届いた。
空気が重い。
兵舎の食堂も静かだった。
「西の王らしいな」
レオルが低く言う。
軽口はない。
リシェルは報告書を握りしめている。
「第3覚醒……」
理論上の存在。
だが現実に村が消えた。
グレイスは黙っている。
炎を思い出している。
そして、あの男の力を想像する。
遠い。
だが逃げない。
⸻
その夜。
三人は自然と訓練場へ集まった。
誰も言い出していない。
だが全員いる。
「守れなかった人がいる」
レオルが言う。
「俺たちが間に合っても、どうにもならなかったかもしれない」
悔しさ。
「でも」
グレイスが言う。
「次は違う」
短い。
だが強い。
リシェルが視線を向ける。
その目には迷いがない。
恐怖もある。
だが逃げていない。
⸻
模擬戦。
全力。
連携。
氷が拘束し、風が裂き、水が穿つ。
動きが噛み合う。
以前とは別物だ。
呼吸が合う。
言葉が要らない瞬間が増えている。
終了後。
三人とも地面に座り込む。
荒い呼吸。
汗。
沈黙。
だが空気は悪くない。
⸻
「なあ」
レオルが寝転ぶ。
「もしさ」
「うん?」
「どうにもならない相手がいたらどうする?」
少しの間。
グレイスは答える。
「どうにかする」
「雑だな」
「逃げない」
それだけ。
迷いがない。
リシェルの胸が、強く鳴る。
その横顔。
炎を見上げた時と同じ目。
あの回廊での表情。
“近づく”
あれは――
追いかける目だ。
誰を?
答えは明白。
セラフィナ。
⸻
胸の奥が、きゅっと締まる。
理解してしまう。
ああ。
そういうことか。
自分は。
「……あーもう」
小さく呟く。
レオルが首を傾げる。
「どうした?」
「何でもない!」
強い声。
だが耳が赤い。
⸻
夜、部屋。
一人。
水を掌に浮かべる。
揺れている。
「好きなんだ」
ぽつり。
自分で言って、固まる。
否定しようとする。
だが無理だ。
戦場で守られた瞬間。
あの背中。
あの無茶。
あの真っ直ぐな目。
全部。
胸が騒ぐ。
これは仲間意識じゃない。
憧れでもない。
「最悪……」
顔を覆う。
よりにもよって。
相手は、あの炎を追いかけている。
自分じゃない。
分かっている。
だから余計に。
⸻
翌日。
三人並んで歩く。
レオルが笑う。
「今日は静かだな、リシェル」
「うるさい」
視線が無意識にグレイスへ行く。
目が合う。
逸らす。
早い。
「?」
グレイスは気づかない。
それがまた、少しだけ悔しい。
⸻
訓練。
連携はさらに洗練される。
三人は確実に強くなっている。
絆も。
笑いもある。
だが水面の下では、
新しい感情が静かに広がっていた。
⸻
遠く、塔の上。
赤い瞳が訓練場を見る。
セラフィナは気づいていない。
三人の変化の中に、
小さな波紋が一つ増えたことを。
⸻
嵐は近い。
だが今はまだ、
三人は並んで立っている。
それが何よりの強さだった。




