届かぬ背中それでも
兵舎、医務室。
レオルは包帯だらけで笑っている。
「いやー、死ぬかと思った」
「笑い事じゃない」
リシェルが即座に返す。
だが声は少し震えている。
隊は半壊。
正式兵士最初の任務で、現実を叩き込まれた。
「第二覚醒……あれが戦場の基準だ」
レオルが天井を見る。
「俺たち、まだ入口だな」
否定できない。
俺は拳を握る。
守れなかった者もいる。
助けられた。
また。
⸻
夜。
三人だけの部屋。
静かだ。
「怖かった」
不意に、リシェルが言う。
レオルも俺も黙る。
「計算が通用しなかった」
水の理論は通じる。
だが圧倒的出力の前では、崩れる。
「……でも」
彼女は続ける。
「助けが来るって、どこかで思ってた」
赤い炎。
あの圧。
象徴。
レオルが笑う。
「東の守護神様だな」
俺は首を振る。
「違う」
二人が見る。
「あの人は、守護神じゃない」
“人”だ。
強いだけの存在じゃない。
戦場で、確かにこちらを見ていた。
俺たちを。
⸻
その夜。
王城外縁の回廊。
月明かり。
静寂。
「……来ると思っていた」
背を向けたままの声。
「足音が重い」
グレイスが止まる。
「そんなに分かりやすいか」
「分かりやすい」
即答。
少しだけ間。
「悔しい?」
「……ああ」
迷いなく答える。
その一言に、セラフィナの指先がわずかに動く。
⸻
「守られた」
「当然よ」
即答。
だが今度は、少しだけ声が強い。
「あなたたちは未熟。あの場に立てば、ああなる」
冷静な言葉。
だが視線が合わない。
月を見ている。
ほんの少しだけ、紋様が赤寄りに淡く灯る。
グレイスが言う。
「俺は、守られる側じゃいたくない」
沈黙。
風が止まる。
セラフィナの肩が、わずかに強張る。
⸻
「……無茶をするな」
「しない」
「する」
被せるように。
珍しく感情が乗る。
「あなたは前に出すぎる」
一歩近づく。
距離が縮まる。
「自分がどうなってもいいみたいに戦う」
「そんなつもりはない」
「ある」
即答。
今度は完全に目が合う。
赤い瞳が揺れている。
強者の目ではない。
年相応の少女の目。
⸻
「死なれたら困るのよ」
出てしまう。
はっきり。
間違いなく。
空気が止まる。
グレイスが瞬きをする。
「……東の兵士として、という意味だ」
少し早口。
付け足す。
遅い。
耳がうっすら赤い。
炎の紋様が一瞬、赤寄りのピンクに揺れる。
自分で気づいて、さっと腕を押さえる。
「今のは違う」
「何が」
「何でもない」
完全に取り繕えていない。
視線が泳ぐ。
象徴。
第三覚醒到達者。
戦場の支配者。
なのに今は。
完全に動揺している。
⸻
グレイスが少しだけ笑う。
ほんのわずか。
「心配してるのか」
「していない」
即答。
一拍。
「……多少は」
小さい。
本当に小さい声。
目を逸らしたまま。
月の方を向いている。
逃げ場を作っている。
⸻
沈黙。
だが今度は、気まずくない。
セラフィナが小さく息を吐く。
「近づきたいなら、生き延びなさい」
少しだけ柔らかい。
「強さは積み重ねよ」
「分かった」
「あと」
一瞬迷う。
「……無茶は、少し減らしなさい」
命令ではない。
お願いに近い。
それを言ってしまった自分に、また少し動揺する。
「努力はする」
「“する”じゃなくて“しなさい”」
強く言う。
だが声が少しだけ上擦る。
⸻
グレイスが頷く。
真っ直ぐな目。
その視線を正面から受けて、
セラフィナがほんの一瞬だけ言葉を失う。
鼓動が早い。
理由は分からない。
分かりたくもない。
「……戻りなさい」
背を向ける。
歩き出す。
歩幅が少しだけ乱れる。
一歩目がわずかに速い。
逃げるように。
⸻
回廊の角を曲がった後。
壁に背を預ける。
小さく息を吐く。
「……本当に、困る」
紋様が淡く赤寄りに光る。
今度は誰も見ていない。
象徴の仮面が外れた一瞬。
そこにいるのは、
十七歳の少女だった。




