ルビーのネックレス
マリリエンヌ目線です
王都の街は人々で活気に溢れていた。
この国が平和な証拠である。
目的の店は王都の街というより、王都の街のはずれの裏道の突き当たりにあった。それでもそこへは王都の街の中心を通らなければ行けない。
マリリエンヌは万が一でも知り合いに会ってはいけないと(もちろんヴェールは被っているが)周りを気にしながら背中を丸めてドルチェの陰に隠れるように歩いていた。
ドルチェはマリリエンヌの歩幅に合わせ、彼女を人目から庇うように歩き目的の店へ連れて行ってくれた。
乾燥コウモリに、蜘蛛、鳩の目玉と内臓、カラスの目玉、それから、それから…
「ヘビで最後ね」
「乾燥ヘビを10匹ください」
「…………」
ヘビ屋の店主とは一度も話をしたことがない。彼が声を出せるのかどうかも知らない。
彼はとても陰気な顔をしていて、何より目が血のように赤いのが…その瞳に見つめられることがマリリエンヌは苦手だった。
ヘビを買い求め、2人が店を出ようとすると店主が言った。
「ネックレス」
初めて声をかけられ、マリリエンヌは心臓が飛び上がった。
「は、はい?」
「ゼフィのネックレスを服の中から出しておけ」
「ネックレス?」
「ドルチェ、今日はやたら腐った臭いがする。………気をつけてやれ」
そう言うと彼は店の奥に入って行った。
ドルチェは店主の言った意味がわかったようで、マリリエンヌにゼフィから貰ってつけているパープルルビーのネックレスを服の外に出すよう促した。
あと少しで馬車置き場だ、というところで悲鳴があがった。
「キャア!」
2人は声の方を向いた。
若い娘が3人の男に絡まれている。
そのうちの1人を見てマリリエンヌは血の気が引いた。
ネストル!
一番会いたくない人間に会ってしまうなんて…しかもゼフィがいない今日に限って!
「や、やめてください!」
3人は娘の腕を掴み、無理矢理どこかへ連れて行こうとしているようだった。
止める者はいない。それはそうだ。
ネストルの服装は明らかに彼が高位の人間であることを示している。
下手に手を出すと火の粉が飛んでくる程度では済まない。
「しぶとい女だな」
「この方がどなたかわかってんのか」
「やめて!離して!」
「痛っ!てめぇ、何すんだ!」
1人の男が娘の腕を掴み乱暴に引回し彼女を地面に倒した。
「やめなさい!」
マリリエンヌは彼女の上に覆いかぶさった。
「なんだ、てめぇ!」
踏みつけられる!
そう覚悟した瞬間、誰かが今度はマリリエンヌの上に覆いかぶさった。
ドルチェ!!
「うっ」
ドルチェのうめき声が聞こえた。
「ふんっ、片眼が潰れた男とヴェールで顔を覆った女。お似合いのカップルだな」
3人の嘲るような笑い声が聞こえた。
ふっと感じるものがあった。胸のネックレスが熱を帯びているのだ。さっきまで冷たかったルビーから温もりを感じる…まるで石に命が宿ったかのように。
「だんな、肩にヘビがいますぜ」
ドルチェが男らに言った。
「へ?」
「うわぁ!ヘビだっ!」
「うへっ!お前のう、腕にも!」
「うわぁ〜助けてくれ!」
「あ、足元!足元〜!!」
「なんでこんなにたくさんいるんだ!」
「うわぁ〜助けてくれ!」
「い、行くぞ!」
3人がヘビだ!ヘビだ!とギャアギャア悲鳴をあげバタバタ身体を動かすのをマリリエンヌだけではなく通りにいた皆が呆然と見ていた。
なぜならヘビなど一匹もいなかったからだ。誰にもヘビなど見えなかった…3人の男以外には。
「ありがとうございました」
絡まれていた娘は礼を言うと、小さい声で付け加えた。
「さっきのあれ、第一王子なんですよ。視察だとかなんとか言いながらずっと街をウロウロしてほんっと最悪!」
「すぐにバチが当たりますよ」
ドルチェが言った。
「ですよね!早く当たればいい!!弟のイオニス様はそれはそれは素敵な方なのに!」
マリリエンヌは思わぬ名前を聞いて苦笑いするのが精一杯だった。
「ドルチェ、大丈夫?ごめんなさい、私が出ていったばっかりに」
「大丈夫ですよ。ゼフィに言われてましたから。『何かあったらあの子は絶対黙ってられないだろうからせいぜい庇ってやってくれ。最後はネックレスがあの子とあんたを守るから』て」
「!!ゼフィはほんとに何から何までお見通しね」
マリリエンヌは気づいていた。
男達が去ったあと、ネックレスはまた冷たい石に戻っていた。
帰ったらゼフィにお礼を言おう。そしてドルチェの為に湿布薬を調合してもらおう。
そうだ、次にヘビ屋さんに行ったらお礼を言わなきゃ。