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「滝さんっっ!」
「あなた馬鹿?」
あのなあお由宇、怪我人に向かってさっきからなんて言い草だ、かなりきついんだぞわかってんのかと必死に反論したつもりがことばになっていなかったみたいで、走り寄ってきた少年がへたりと側に崩れ落ちてきたのをかろうじて見上げた。
「たきさ…」
少年はがたがた震えている。
「たき…」
伸ばしてきた指が俺の左肩に触れる。
「たき…」
ぬるんと妙な感触で撫でられてまた吐き気が込み上がってきて喉を鳴らすと、ばたばた近づいてきた男達がほら君離れて、と少年を押しのける。
「……」
シャツを捲り上げられて腕にぷつりと何か刺さった。つり下げられた透明なパック、吐き気が緩やかに引いていく。
押しのけられた少年はのろのろとした仕草で自分の右手を眺めている。その右手の指先がべっとりとした赤黒いものに塗れていて、それが俺から流れたものだと思うとまた苦しくなって目を閉じてぐびぐび唸った。
「…や…だ…」
掠れた声が響いた。
「や……だ……」
滲んで揺れて今にも消えそうな弱々しい声が、周囲の喧噪を通して不思議にはっきり耳に届き、俺は今にも眠り込みそうなのをかろうじて目を開けた。
「滝…さん」
少年が激しく揺れる右手を握り締め、口元にあてて震えながら泣いている。
「いやだ…いやだ……いや…だ…っ」
内臓を引き絞るような悲痛な声。
「いやだ……あなたを……あなたを…失う……のは……いや………っ」
い、や、だ…あ…っ。
悲鳴を空へ投げ上げて、少年はいきなり動きを止めた。
それから突然操り糸に引き上げられた人形のようにするりと立ち上がる。
「……救急車は?」
静かで冷淡な声がはっきりと響いた。
「早く担送してください」
走り寄ってくる人の気配、見下ろしてきた少年がガラス玉のような無表情な瞳からまるで壊れたおもちゃのようにぼろぼろ涙を落としてくるのを俺はぼんやりと見上げた。
「馬鹿なことを」
吐き捨てる冷笑。
「何をやってるんですか、あなたは」
こんなところへ勝手にやってきて僕なんかに構ってあげくに撃たれて死にそうになって。
「いいかげんにしてください」
もうまっぴらだ。
「僕は金輪際あなたと関わらない」
面倒ばかり引き起こして事態をややこしくするばっかりで何一つまともにできなくて何一つ変えることもできなくて。
ことばは続く。俺を見捨て切り捨てる冷たいことば、けどそれを全て裏切るのはとめどなく流れる涙と俺の血で汚れた頬、そして。
「でもあなたがどうしても突っ込んできてしまうなら」
顔を背けながら少年は言う。
「あなたを害するものを僕は許さない」
それがたとえ僕自身でも。
「今あなたが払ったものの代償は」
くすり、と微かな笑い声が響いた。
「あの男に払わせましょう」
握りしめたこぶしを軽く口元に当てて目を伏せる、唇の端を汚したのは俺の血か。その細められた瞳が酷薄な色に輝いて俺を振り返る。
「後悔してもらおう、朝倉周一郎を敵に回したことを」
ああ、戻って、きた。
「…おか…えり…」
「っ」
何をぶっ飛んだことを言ってるんですか馬鹿ですかあなたは今自分の状態がどうなってるのか自覚さえないんですかほんとにいつもいつもいつもいつも。
「おか…」
いきなり真っ赤になって詰り出す相手がことばをうまく聞き取れなかったのかと押し寄せてくる眠気に苦労してもう一度繰り返した。
「…えり……」
周一郎。
暗転した視界の彼方。
小さな後ろ姿が振り返りもせずにぽつりと応える。
ただいま、滝さん。




