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京都舞扇 〜猫たちの時間2〜  作者: segakiyui
16.舞扇の裏表

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1

 あれ?

 ここはどこだ?

 俺は瞬きしてきょろきょろした。

 周囲はほとんど何も見えないが、足下が緩やかな坂道になっていることだけはわかる。ほのかに光っているその道をゆっくり上っていって、やがて左右が切り立った崖になっているような、人一人通れるか通れないぐらいの狭い場所にたどり着いた。道はその先は上ってきたと同じように緩やかな坂道で,今度は下っていくようだ。

 ヨモツヒラサカ。

 ふいにそのことばが浮かんでぎょっとした。

 おいおい、俺は死んじまったのか?

 けれど不思議と怖さはなくて、ただこの光景をどこかで見たことがある、そう考えていて、廻元が投げかけてきた心理テストにそっくりだと気づいた。

 ならあいつが居るはずだよな?

 下っていく先の方を透かし見たが人の気配はない。

 ただただ真っ暗でしんとして冷たく深く静まり返った闇があるだけだ。

「周一郎?」

 呼んでみた。

 しばらく耳を澄ませてみたが返答がない。

「『直樹』?」

 ひょっとして記憶が戻ったと思ったのは俺の都合のいい妄想だったのかと呼び名を変えてみたが、これにも返事がなかった。

「うーむ」

 これはまじで死んでるのか、俺は?

「うーむ」

 困ったな。

 きっとあいつはパニックになってるぞ?

 自分を責めて殺したいほど憎んでるに違いない。

 死んだものは仕方ないのかもしれないが、それにしてもこれからどっちへ行けばいいのかと考えていると、今の上ってきた方から誰かがやってくるのが見えた。

『滝さん』

 にこやかに笑う顔、いそいそとした足取り、明るく声をかけてくる姿は『直樹』のものだ。

『心配してました、どこに行ったのかと』

 ああうん、すまん。

 謝りながら、そうかこいつが残っちまったのか、と一瞬ためらったとたん、

『あなたは肝心なところで抜けてますからね』

 はい?

 冷ややかな声が下っていった坂道の方から響いて慌てて振り向くと、そちらから眉をしかめたサングラス姿の周一郎がやってくる。

『おかげで僕がどれだけ苦労するか』

 心底うんざりした吐息まじりの呟きを漏らしながら、俺の隣までやってくる。

『覚えててください、あなたの尻ぬぐいを誰がするのか』

『覚えててね、僕がどれだけあなたが必要なのか』

 左から周一郎が、右から『直樹』が同時にしゃべって混乱する。

「は? あの」

『忘れないでください、あなたはドジで間抜けなんだから』

『忘れないでね、僕はあなたが傷つくと苦しいんだ』

「お、おい」

 頼むから同時にしゃべるな、どちらがどちらかわからなくなる。

 そう言いかけて、いや待てよ、そう思い直す。

 別にいいじゃないか。

 どちらがどちらであっても、どちらも同じ人間なんだし。

「えーと、つまり」

 お前らは俺のことを大事にしてくれてるってことだよな?

『っ』

『うん』

 一人が真っ赤になり一人が満面の笑顔で頷いて、ふいにお互いの方を向いて強く一歩を踏み出す。

「えっ」

 待てぶつかるやめろ、ってかそこには岩があるはずだろ。

 そう口を挟む間もなく、俺の目の前で二人は自分達がまるで幽霊だったように交差してお互いの中をすり抜けた。呆気にとられた俺が固まっている間に背中合わせになった二人が今度は同時に俺を振り向き、次の瞬間。

 ぱんっ、と目の前で巨大な扇が開かれた。

 淡い桜色の地、そこに舞い狂う黒と金色の花弁は鮮やかで美しいがどこか闇をたたえている。人の心の光と影、その絡み合う見事さ、それを理解り合う困難さ。

 ふいにくるりと扇が翻る。

 今度は豊かに広げた枝と太い幹に幻のような花びらを散らせ、蝶を遊ばせる光景となる。穏やかに和やかな春の情景、だがしかしそれは一瞬の命とその後の闇を含んでいる。

 どちらを選ぶ、そう廻元の声が響いた。

 魔性の闇か、圧倒する光か。

 周一郎の姿も『直樹』の姿もどこにもない。

 そこにあるのは、目に見えない何者かの手によってくるくると翻され続ける扇のみ。

 どちらを選ぶ。

 選べるのはただ一人だぞ。

 俺は。

 俺は。

 足を踏み出し、空中に舞う扇をぎゅっと掴んで引き寄せた、ところで目が覚めた。


「ではお大事に」

「ありがとうございました」

「お世話になりました」

 病院の受付に頭を下げたお由宇からはい、と缶コーヒーを渡され、振りかけて一瞬手を止める。また微炭酸とかじゃないだろうな。

「どうしたの?」

「いやちょっと前に酷い目に」

 いきましょう、と促されて広げていた新聞を折り畳んで待合室のラックに戻した。

 そこには『古典芸能黒い交流』とか『暴かれた旧家の闇』とか、それこそドラマになりそうなタイトルが大きな見出しで並んでいる。

「しかしなあ…」

 まさか『SENS』がどうこうってだけじゃなくて、美術品の密輸まで関わってるとは思わなかった。

「ICPOから情報提供と協力は依頼されていたんだけど」

「はい?」

「ICPO。インターポール」

「いや、わからないのはそこじゃなくて」

 今おかしなことを言わなかったか、依頼とか何とか。

「フランスと日本を結ぶ国際的な密輸組織があるというところまでは掴めていたんだけど、そこから先に立ち塞がっていたのが朝倉だったから」

 なかなか公的な手段では情報を掴むのも難しかったけど。

 お由宇はまるで隣のスーパーだと大根が150円したんで畑のおじさんに交渉するしかなかったのよ、と言うような口調で続けた。

「まあ今回の件が『内部告発』なんて派手な展開になったから」

 いろいろとやりやすくなって助かったわ。

 こくんと『まさかおいしいミルクティ』を飲みながら微笑むお由宇に、やっぱりこいつも得体が知れない、と溜め息をついた。

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