表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
京都舞扇 〜猫たちの時間2〜  作者: segakiyui
13.謎が解ける時

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

39/51

1

 庭の一角の離れへは細い通路で繋がっていた。敷地のどのあたりになるのかはわからないが、通りからは奥まっているようで、車の音も人声もしない。

「ごゆっくりどうぞ」

「ありがとう」

 目の前のテーブルにコーヒーを置いたグレイスーツの女性は、『直樹』に微笑みかけられて僅かに赤面しながら下がっていった。

 それもそのはず、ただでさえ端正な美少年系だった相手が、今日はきちんとスーツを着こなし、淡い色のサングラスまでかけていて、黙っていても貴公子風なのが、穏やかで優しい振る舞いを加えて完璧な仕上がりで座っている。さっき俺にしがみついて半泣きになっていたせいか、潤んだ瞳や薄赤くなった目元でにっこり笑われると、相手が鬼でも誘惑できそうだ。

「……何のつもりだ」

 だが俺は不安で不愉快だった。

 何だこの格好は。

 人が『直樹』でいさせてやろうと決心したとたんに、この出で立ち、まるで周一郎のコスプレじゃないか。それとも俺を探しまわっているうちに記憶が戻ったのか? にしては微笑が儚げで可愛らしすぎて、どうにも落ち着かなくて困る。

「え?」

「スーツ、は訪問するからだとしても」

 なんでサングラスなんかかけてる。

「……知ってるじゃないですか」

 『直樹』ははにかんだように微笑んだ。

「僕、まぶしいのは苦手なんです」

「ずっとかけてなかっただろう」

「父や母が気にするかと思って」

 それに、と『直樹』はコーヒーカップを持ち上げ、一口含んだ。

「………似てますか、『周一郎』さんに」

「ぐ」

 まっすぐ見返されて危うくコーヒーを吹きかけ、慌てて呑み込む。

「………似てない」

「……似てますよ」

「似てねえよ」

「似てますって」

 『直樹』が静かに目を伏せる。

「朝倉さんの執事さん、ですか? 高野さんが一瞬立ち竦むぐらいには」

「げ」

 ちょっと待て。

 思わず呆気に取られて相手をまじまじと眺める。

「その格好で、朝倉家へ行ったのか」

「ええ」

「周一郎、が居ただろう」

「……ええ」

「会った、のか」

「お会いできませんでした」

「そ、そうか」

「その代わりに、高野さんにお会いして、滝さんのお話をいろいろお聞きしました」

「げげ」

 いろいろ?

「どんな」

「何もないところでもこけられるとか、階段から日に何回も落ちられるとか、どれだけ屋敷のものを破壊できるかとか」

「………」

 あのくそおやじ。

「でも、誰よりも…」

「?」

 黙り込んだ『直樹』がゆっくり視線を上げて、目を細めながら天井近くを見やる。つられて振り返り、そこに垂れ下がったシャンデリアの煌めきの合間に、細いコードが巻き付いているのを見つけた。集音マイク、そう気づいたとたん、まるでそちらに向かって挑戦するように『直樹』がきっぱりとことばを継ぐ。

「誰よりも『周一郎』さんを大事に守っていた人だと」

「………あ、ああ、うん」

 ベタ褒めにされて顔が熱くなり、照れ隠しにコーヒーを飲もうとしてひっかかる。

 守って、いた?

 なんで過去形?

 今も朝倉家には『周一郎』が居る。なのになぜ。

「そして『周一郎』さんも」

 『直樹』はなおもゆっくり室内を見回している。サングラスの奥の瞳が、笑みの柔らかさを裏切ってどんどん鋭くなっていく、その色に俺ははっとした。

 ひょっとして、『直樹』に会って、高野も気づいたのか、この瞳の色で、これが誰だか。

 だから過去形、になったのか、異変を感じて。

 ならば今頃、もう高野は動き出しているだろう。坊っちゃま一途な自分が欺かれていた怒りと不安にひょっとしたら寝食忘れて、周一郎の足取りの洗い直しにかかっているかもしれない。

 それで綾野はいら立ったのだ、朝倉家を制御できたはずだったのに、偽物周一郎は役に立たず、思ってもいなかった包囲網が動き始めてきたから。

 だから俺を攫って確保してしまい、俺を餌に『直樹』を呼び込むなどという荒事に至ったわけで。

「……っ、な、『直樹』くんっ」

 ならば今一番危険なのは俺じゃない、『直樹』だ。

 半端に記憶を失ったまま、事のど真ん中に突っ込んで来て、しかも本来ならガードに入ってる高野の守りも朝倉家の後ろ盾もなく、一人で綾野の懐に居る。いつ始末されてもおかしくない。

「はい?」

「もう、帰った方が」

「え?」

 きょとんと『直樹』は小首を傾げた。小動物みたいに可愛い仕草、無邪気に目を細めて軽く首を振る。

「まだですよ? 用件が済んでない」

「用件?」

「だって僕は」

 滝さんをここから連れて帰るつもりだから。

「は?」

「聞こえませんでした?」

 僕は。

「あなたを連れて帰る」

「……なんで?」

「なんで?」

 『直樹』がオウム返しに繰り返すのに、慌ててさっき聞いたばかりの理由を思い出す。

「お、俺はここで医学研究に協力してるんだよ」

「あなたが? まさか」

 むか。

 なんだ、一瞬すごくむかっとしたぞ、その言い方。

「まさかって」

「だって、あなたの大学の成績でどんな協力ができるかって言えば……ああ、実験体?」

「大学の成績?」

 そんなものまで調べたのか。

「……実験体、って、何、の」

 こら、一体いきなり何を中心まで突っ込んで。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ