第六十七話 メイドが来たりて尻を拭う〜地球発汎銀河戦争概略
大きな宮殿。
他星よりの使者や国賓を迎える迎賓館。
高い柱の上にちんまりと乗っかるアンバランスな社。
エレヒ最奥部『内裏』には、様々な建物が建ち並んでいた。
これらの立派な建物は、いわば観光スポットのようなもので、実際に宮殿に王族が住まっている訳ではないらしい。
葉ぶりの揃った大きな並木に挟まれた大路で、賽の目に区切られた区画が碁盤の目のように整然と広がる。
巨大なエレヒの内部構造を説明するのは難しい。
『トルネードポテト状』と言って、理解していただければありがたいが、半球体の真ん中を一本縦に主軸が通り、緩やかな傾斜の床板が、螺旋状に主軸に巻き付いている中心部と、パイ生地のように何層にも重なる周辺部で構成されている。
内裏があるのは、一番面積の小さい、地球から一番遠い層だが、それでも空間の広がりは、その中に街がすっぽりと収まるくらいある。
宮殿の奥に、天井を覆う外殻まで上がるための、エレベーターが収まっているシャフトがある。
浩平、ミスマル、シタテルの三人は、そこを登って司令部まで来た。
記憶樹のシステムの維持管理。
『金地火宙域』(火星の周回軌道の内側、内太陽系を指す)を航行する艦船の管制。
エレヒ内部の各都市の管理、星間通信の中継、地球人のモニター。
それらを一括して行う、エレヒの司令部は、詰ているスタッフだけで小都市の人口並みの数である。
それらを統括するのが、エレヒ司令官のナムジンなのだが、司令部の中枢、指揮室は、雑居ビルの一画の会社のオフィスのような佇まいである。
ナムジンは、記憶樹内をうろつく事がある以外、ほとんど司令室に篭りきりで、自分の家(一応『島』のミスマルとシタテルが住んでいる家が現住所である)にも帰らない。
「お父さま〜」
地球人規格の、さほど大きくはないドアを、ミスマルがノックすると、中から「ハッ! ハイ!!」と女性の声で返事があった。
「お父さま、あのー、入っても宜しくて?」
ミスマルが念を押すように尋ねると、ドアが少し開き、中からシタテルに似た少女が顔を出す。
「……すみません、ミスマル姫。後、四十秒、時間をください……」
申し訳なさそうにそれだけ言うと、少女はドアを再び閉めてしまった。
薄い戸越に、「おい! 私のシャツそっちに無いか?」とか、「わわわ! 私のブライング・ジャーが!」とか、慌ただしげな男女の声がする。
「……はぁ、」
ミスマルは、閉まったドアを見ながら溜め息をつき、シタテルと浩平の方に振り返り、「おほほほ、しばしお待ちを」と、顔の上半分を引き攣らせ、下半分で無理に作った笑顔を浮かべる。
「……オホン! お待たせした。入ってくれ」
部屋の中から低い男の声がする。
ミスマルはドアを少しだけ開け、恐る恐る中を覗き込む。その後安堵の息を吐き、二人に手招きをした。
その部屋の正面は、一面スクリーンだった。今は星空を映している。もしかしたら本当の窓かもしれない。
こちらを向いたスチール製の机が三つ。
その真ん中の席にナムジンは座っていた。
スーツ姿である。そして、ネクタイが曲がっている。
彼の左右には、二人共揃ってシタテルに瓜二つな、…正確に言うと、シタテルの母親、タキリの若い頃に生き写しの少女がいて、席を立って姿勢を正していた。
彼女達はレムル人ではなく、ミール人と呼ばれる人種である。
長くなるため、今まで避けてきたが、ここでミール人についての説明をしよう。
彼女達は、プロセヌティーナやサグメなどと同じく、レムル人達ですら観測も行き来もできない、別の次元、別の宇宙から来た者たちである。らしい。
なにせ、観測できないので、彼女らの言い分を鵜呑みにするしかないのだ。
精神を司る光り輝く粒子の群れが彼女達の本体で、銀河に幾つかある、自動自立化された工場惑星で生産される、半機械式の体に光の粒子が入ることで命が宿る。
体は、コンテナ船に積まれて出荷され、銀河のどこへでも運ばれ、いつの間にやら入荷している。
ナムジンはこのミール人のシステムを応用し、『義体』の運用に成功することにより、銀河系にレムル人の名を広める結果になった。
本来ミール人は、標的の惑星文明に取り入り、無条件の奉仕で文明そのものを堕落させ、自滅への道を辿らせる事で、その星の属する銀河そのものを破壊させる、外宇宙文明の送り出した尖兵であった。
かつて、銀河にミール人の災禍が蔓延していた頃、地球を標的として送り込まれたミール人がいた。
まだ『島』が浮上していなかった頃の日本に落下し、その尖兵は、とある青年の家に上がり込んだ。
大気圏突入のショックでアホになった彼女は、メイドを愛してやまない青年の指導のもと、愛のある、心のこもった奉仕の精神を学び、後にこの宇宙で最初に名を与えられたミール人となった。
彼女の名は『時雨』
青年と時雨、そして当時ナノマシン文明と戦っていた宇宙戦士エリドゥは、地球を飛び出し、ナノマシン文明の銀河系侵略の司令塔、宇宙要塞『サバエナス』に乗り込み、その中枢を破壊した。
その戦いで大破した時雨は、自らの光の粒子をサバエナスのメインシステムに宿らせることで、要塞自体を取り込み、銀河系に『浸透』していた、全ナノマシンの支配を開放したのだ。
支配から開放されたナノマシン達は、離合集散を繰り返し、群体毎に人格のようなものを備える。
開放されたことを感謝して、銀河惑星連合との和議を結び。 そこから後の『銀河賢神院』の母体となるナノマシン共同体が生まれる。
それまで、人々を堕落させるための無条件の奉仕しか出来なかったミール人達も、時雨が青年と過ごした日々の記録や、青年の部屋に多数あった、メイドとご主人様の愛の物語の数々の蔵書を、テキストとして学び、いささか押し付けがましくも、愛のある奉仕を実践する『銀河奉仕団』を組織し、銀河の市民としての地位を確立していった。
これら一連の事件は『冥土大乱』という名で、後々物語という形で記録され、銀河惑星連合の人々の知るところとなった。今回はそのあらすじを簡単に紹介させてもらった。
話が脱線したので元に戻す。
と、言う訳で、レムル人のようで実はミール人の二人、名は『ヤガミ』と『カムヤタテ』
先日ナムジンにより命名され、どうやったのかは不明だが、即日今の体が入荷した。
目下、妻であるところのタキリとの喧嘩の種である。
二人を見分けるのは難しい。髪型も服装も揃っているから。
現在不倫関係にあるヤガミへの、正妻タキリからの怒りを分散させるためにカムヤタテがわざと似せているのだが、ヤガミは判っていない。
だが、近付いて二人の顔をよく見ると、目の下に『泣きぼくろ』が左右対称で、それで判別できる。
ヤガミは左目の下(地球人のホクロ占いによると、『淫乱』らしい)
カムヤタテは右目の下(地球人のホクロ占いによると『家庭的』らしい)
先程ドアを開けて「四十秒で支度シナ!」をやったのがカムヤタテで、「ブライング・ジャー!」だったのがヤガミである。
そんた二人に挟まれて立つナムジンは、娘達と同じ白磁の肌を持ち、金髪はアジスに似て、少しウェーブがかかっている。元々中性的外見の人が多いレムル人男性の中でも、ナムジンは初対面で性別を言い当てることが難しいほど、良く言って優男、悪く言ってもやさオトコだった。耳の後ろ辺りから生えた角がクルリと一巻している。
「ようこそエレヒへ。突然呼び出して悪かったね浩平君。記憶樹の中ではよく会っているから、紹介は要らないかとは、思うけど…。ミスマルとシタテルの父親で、ここの元締めをやってるナムジン。ヤシン・ラハム・ナムジンと云う。よろしくね」
そう言ってナムジンは頭を下げる。




