第六十五話 再会
「つまり、今の浩平君は、98%の本人と、2%のサグメ・ニムロッドで錬成されていると云うの?」
素っ裸で、酸素マスクみたいな物だけ付けられて、浩平は水槽の中に漬け込まれている。
「下位レイヤーから浸透してきたナノマシン群体が、浩平さんの体の中で実体化し、右目でコロニーを作りました。タケミナカタ様の意識と記憶は、そこでデータ化され、匿われているようです」
一面のガラスで隔てられた隣の部屋に立つ、数人の人影。
ここはエレヒ最奥部。
アジスが死んだ時、ミスマルへの再生が行われた『転生の間』の近く。
病院の診察室と、宇宙船のコントロールセンターを合体させたような部屋は、生体系義体の製作と調整を行う施設である。
「うぬぅ……、」
エリドゥは、ディスプレイの数値をにらみながら、レムル人医師の説明を聞き、唸る。
「我々が『ナノマシン』と呼んでいる、これらの極小の疑似生命体については、判らないことの方が多いのです」
エリドゥの横に立つのはナムジンの妻 タキリ。
いささか胸の開きすぎた、糊の利いたシャツと、スリットの深すぎる、ピッチリした黒いスカートの上に、白衣を羽織っている。
「きゃつらの話しぶりから想像するに、あれらは別の次元、別の宇宙から『浸透』して来るそうじゃが、どうやら、記憶樹のようなデータの世界も、現実の覚醒世界もやつらには区別が無いようじゃ」
「記憶樹内の出来事が、現実の浩平君に影響を与えていると? あなたはゲームの中で、戯れに浩平君と天音さんに、ナノマシンを飲ませたけど、その契約の効力が現実世界にもあると?」
「事前に取り決めをしておった。ゲーム領域内に留めるとな。……プロセヌティーナよ、そうであろう」
『はい、エリドゥ様……』
エリドゥの独り言のような呼び掛けに、酒樽の女王プロセヌティーナは、やや沈んだ口調で答えた。
床の辺りに、平伏する姿勢のプロセヌティーナの映像が写し出される。
「プロセヌティーナ。ワシはな、あの島に諍いの種を持ち込みたくはないのじゃ、今の浩平に、『黒塊』は不要じゃ。どうか、どうか取り除いてはくれんか?」
穏やかに、諭すようにエリドゥは語りかける。
タキリは知っている。こういう時のエリドゥは激怒していると。
『申し訳ございません!! 平にご容赦を……』
「ならぬ!!」
風圧すら感じるような、エリドゥの怒号に、影像のプロセヌティーナは、ビクと飛び上がり、肩を震わせる。
『今、サグメが浩平様の体から離れると、タケミナカタ様の自我は消えてしまいます!! 平に! 平に!』
『エ、エ、エリドゥ、さま、……おねがい…します…』
別の女性の声が聞こえる。
女王の装束を身に纏ったプロセヌティーナの横に、みすぼらしいボロを着て、四肢に手枷足枷を付けている、少女の映像が現れる。
『み、身を、捧げまする…。タケミナカタ様、消さないで……』
辿々《たどたど》しく、少女はそう言うと、額を床に擦り付け、両の掌を上に向けて、なにかを掲げるような仕草をした。
「……プロセヌティーナの入知恵かサグメ! ワシが幼子の姿をした者を邪険にはしないとでも言われたのだろう! 浅はかな…」
エリドゥは苛立たしげに、少女を睨む。
「…………、」
少女は顔を伏せたまま、肩を震わせている。
「…………。 浩平次第じゃ…、問うてみい」
大して間を置かず、エリドゥは吐き捨てるように言った。
「弱!!」
タキリは、よしもと新喜劇バリにズッコケた。
「将軍! あなた、それ、致命的な弱点よ!」
「うるさい! うるさい! うるさーい!」
エリドゥは、ドスンドスンと地団駄を踏む。
「天音さんの方はどうするのよ?」
天音は別室のベッドで寝ている。
天音は何故か、髪の毛が伸びてしまった。
ナノマシンが変化したものらしい。
「そちらも天音次第じゃ」
投げやりにエリドゥは言う。
「のう、プロセヌティーナよ、浩平については、タケミナカタのためと云う理由で一応筋が通る。だが、天音についてはどうなのじゃ?」
エリドゥはプロセヌティーナに向き直る。
「エリドゥ様。それについては、私からは……。浩平様の龍眼が答えを導くのでは、という予感めいたものがあるだけで……。天音様と共にある『コノハナサクヤ』は、まだ若い個体ですが、将軍の縁者として、天音様の身に危険が及ぶとき、きっと助けになります。どうか奉公のご裁可を!」
「だからな、プロセヌティーナ。そういった危険が、あの島に及ばぬように ワシやナムジンは骨を折っておるのだ」
イライラしながらエリドゥは言う。
「認識が甘う御座います! 既にアンプラグドや、銀河惑星連合評議会からの間者は、島に、学園に入り込んでおります」
「百も承知よ、天音はワシが守る。……例え、例え天音に化け物と罵られようと、天音がワシの元を去っていったとしてもな」
「エリドゥ、あなた最近天音さんと上手く行ってないでしょう」
横目でエリドゥを睨みながら タキリは言う。
「ああとも。天音はワシを含め、外星人全てに疑いの目を向けている。あれは敏い娘じゃ。いくら記憶を捻じ曲げようと、世界のカラクリに目を向けておる。謀りが露見し、ワシが断罪の憂き目を見るは、そう遠い先ではあるまいて」
エリドゥは他人事のように笑う。
「本当に、本当にそうだと考えているとしたら、『ててさま』 、ててさまは、天音さんの事がわかっていない。あの子は、あなたを知るために、私達の世界に踏み込もうとしているのよ」
タキリは悲しげな視線をエリドゥに送る。
「浩平さんが覚醒しました!」
レムル人の医師が、声を上げる。
「まだ目覚めるには早いぞ」
水槽の中の浩平は、エリドゥの方を見ている。
彼の片目は緑色に変化し、縦長の瞳孔は、部屋の明るさに反応して細く引き絞られている。
裸だったはずが、いつの間にか学生服を着ている。
医師が操作する前に、コンソールは点灯し、水槽を排水する命令が入力される。
水槽から出てきた浩平が、防疫のため、隔壁で遮られた隣の部屋からやってきた時には、服や髪はすでに乾いていた。
「こ、浩平」
浩平はエリドゥの目の前に立つ。左目は閉じ、龍の目だけが見開かれている。
「エリドゥ、解いてみて」
「?」
タキリは浩平の言葉の意味を理解できていない。
エリドゥは、その言葉を受け、首の首輪にある、突起の一つに触れる。
「もう、このような機械に頼らぬと、自分の意思で解くことはできん。わしの体の隅々まで、こ奴らに食われてしまっているのじゃ」
エリドゥの体は溶け出し、床に広がる。
エリドゥの体が溶け落ちた中に、二十歳くらいの男が入っていた。短髪の浅黒い肌を持った男である。
記憶樹の中、極楽湯でエリドゥがとった人の姿である。
「……違う」
龍の目を閉じ、左の目でエリドゥを見た浩平は、ポツリと言う。
「では、お主の求めている答えは、こちらか」
エリドゥは静かに言う。
「ててさま!!」
口に手を当てタキリは思わず声を上げる。
エリドゥの体は萎み、みるみる小さくなる。やがて痩せさらばえた老人の姿となる。
エリドゥの体はよろめき、タキリは慌ててささえる。タキリに横抱きにされたエリドゥはぐったりしている。
「おじいちゃん」
浩平は呟いた。
「間違えるな…。ワシはお前の祖父ではない。……確かにあの時あの一週間、お前と過ごし、お主が見舞いに来た時に、病室にいたのはワシじゃ。ワシとタキリじゃ」
「え?」
「もう少し、もう少し待て」
床の暗黒が寄り集まり、エリドゥの姿は元に戻ってゆく。
「プロセヌティーナ。サグメ。命に関わる時以外、浩平の能力を制限せよ! 睡眠時の接触も控えよ。それを条件に浩平への滞在を許可する。浩平。異存はないな」
「まだ聞きたいことが……」
言葉を続けようとした浩平は、急に項垂れ、床に崩れ落ちた。
「サグメが浩平様を失神させました」
プロセヌティーナが告げる。
「やれやれ。勘の良い子供じゃ」
エリドゥは自分の腰のあたりをトントン叩く。
「次は天音か。こいつは浩平より手強いぞ」
エリドゥはため息混じりにそう言った。




