第四十七話 クリエイトモード
第四十七話 クリエイトモード
放課後。
結局、浩平は市政(市川政弘の略称)から呼び出される事は無かった。
どうやら、天音が職員室へ乗り込んで、ひと悶着あったらしい。
あと、タキリの口添えがあったようだ。
とにかく、エリドゥの帰還により生徒会室には、久々にいつものメンバーが戻った。
いや、ヴリエが増えている。
エリドゥは普段はマントにしている、おそらくマンモス的な大きさの、なにかしらの獣の毛皮を床に敷き、胡座をかいている。
天音は、父親と言い争いをしたことなど、もう忘れているようで、上機嫌でエリドゥの胡座の上に座っている。
シタテルはノートパソコンに向かい、『ティアラ』のような形の、外星人がよく使う入力端末を使って、何かを入力している。
ヴリエも隣で、同じくパソコンを操作している。
二人の間にはミスマルが立ち、「そこは鳩さんとか飛んだりして」とか「ここから楽隊が登場」とか、意味不明のアドバイスをしている。
浩平は、地球人規格の席に座り、今、シタテルやヴリエが使っている、頭に着けるタイプのウェアラブル端末を、机の上に載せて見ている。
午後の生徒集会で説明があり、ホームルームで生徒に配られたのだ。
レムル人や外星人が使っているネットワークに、地球人がアクセスするための機械らしい。
ネットワークに入るためには、色々なルールや規則を覚えたり、現実との区別ができず混乱したりしないように、訓練をしなくてはいけない。
そこで地球人向けの初心者用のネットワーク領域、いわゆる『地球鯖』が今夜から稼働する。
エレヒ文化交流局主催の開設式典が、今夜21時から地球鯖内で執り行われる。
ミスマルとシタテルはその準備の手伝いをしているようだ。
「会長、なにか俺も手伝えることは無いですか?」
正直暇な浩平がミスマルに尋ねる。
「んー、そうね、じゃあテストするからお兄ちゃんアクセスしてみて。今、起動させるから、それをかぶって」
ミスマルに言われるがまま、自分用の端末を装着する浩平。
「あれ?目が見えない」
目を開けたまま、辺りをキョロキョロ見回す。
ミスマルは浩平の横に立ち、肩を抱く。
「椅子にゆったりと座って…。慣れれば、ネットワークに接続したまま、簡単な動作はできるようになるわ。でも今は、静かに…、」
浩平の首がカクンと前に倒れそうになるところを、ミスマルは胸で受け止めた。
「さすがに何回もアクセスしてるから、導入が早いわ。エリドゥ、お願い」
エリドゥは天音を下ろし浩平を抱き上げた。
天音はそんな浩平の様子を見て考え込む。
「………、もしかしてさ、昨日もその前も、『コレ』をやった?私達に」
「うん、ごめんなさい」
ミスマルは申し訳なさそうに答える。
「寝てる間にいたずらしてないでしょうね、」
ジト目でミスマルを睨む天音。
「してない、してない!」
「じゃあ、あの夢は本当だったのね、えりりんが人間になってみんなで温泉入ったの…、」
「いいえ、夢よ。ただし、みんなで同じ夢を見たって事が、普通とは違うとこかな」
「………、」
天音は釈然としない様子で、ミスマルを睨んでいたが、シタテルが操作するパソコンのスピーカーから、「あっ、副会長、ヴリエさん、どうしたの?ナニユエ宙に浮いてんの?」と、浩平の声がしたので、エリドゥに近づき浩平の顔を覗き込んだ。
「浩平、浩平、」
天音は浩平の頬を突っつく。
「う、うえ?」
浩平の目の焦点が合い、天音を見る。
「あら、生徒会室」
しかし、すぐに視線が宙を泳ぎだし、白目を向いたかと思うと、寝てしまった。
「あらら、また、広場、」
スピーカーから声がする。
ノートパソコンの画面には、真ん中に噴水のある広場の片隅に立ち尽くす浩平と、その周りを飛び交いながら、恐ろしいスピードで石塊や石板状の物を、かざした手から魔法のように吐き出し、それを積み上げ、巨大な円形劇場を作っているシタテルとヴリエが映し出されている。
「何これ、○イクラのクリエイトモードみたい…、」
画面の浩平は噴水に手を突っ込んだり、空を舞うシタテルに手を振ったりしている。
なんだかチョコマカと忙しない。
早送りの映像だ。
ミスマルは突然浩平から端末を外した。
浩平は寝ている。
「五、四、三、二、一、」
ミスマルはゆっくりと数える。
「ゼロ、」
浩平は目を開ける。
「あ、生徒会室だ」
画面の中の浩平は石畳の上に寝ている。
何処からともなくメイド服姿の少女が二人現れ、寝ている浩平を抱えて画面外に消えていった。
「よし、突然の接続不良対応も問題なし」
「浩平、大丈夫?」
エリドゥの腕から降りた浩平はまだ、辺りを見回してる。
「噴水の広間に行って、何分くらいたったと思う?」
ミスマルが尋ねる。
「んー、10分くらいウロウロしたり、副会長やヴリエ先輩と話したりしたような…、」
「え?あんた、寝ていたのせいぜい30秒くらいよ」
天音がそう言うと、浩平は考え込む。
「うーん、生徒会室からの声が時々聞こえるんだけと、全然タイミングがおかしいんだよね、」
「地球鯖の時間設定は実際の時間より早いの」
ミスマルが自慢げに言う。
「すごいわよ、これからネットワークにダイブする地球人の1日は、24時間よりも長くなるってことよ」
うっとりとしてミスマルはそう言ったが、「なんか、早く年寄りになりそうね」と、天音は大して興味なさげだった。
宇宙ステーション『エレヒ』指令室。
こじんまりとした部屋は、一方が全面窓になっている。
窓に向かって机が三つ置いてある。
ナムジンはその、会社によくあるようなスチール製の机に向かっている。
向かっていると云うか、突っ伏して寝ている。
ふかふかの手縫いカバーのクッションにおでこを埋めている。
三つ並んだ机の真ん中のナムジン。
左右には、メイド服姿の、タキリによく似た少女が座り、片方は編み物を、もう片方はパソコンを操作している。
『プルルルル、』
電話が鳴る。
突っ伏したまま、ナムジンは片目を開けたが、角が邪魔で横が向けない。
頭を上げようとしたが、隣の少女が電話をとるのを確認すると、また寝てしまった。
「はーい、こちら、エレヒ指令室ですー。あら!お久しぶりですぅ、えぇ、そうなんですー、ナムジン様からー、お名前頂きましてー、えー?嫌ですわー、ハズカシィー!あらら、はい、代わりますねー」
編み物の手を止めて電話に出ていた少女は、電話の保留ボタンを押して横を向き、ナムジンに覆い被さるように抱き付く。
ナムジンの額にある端末のボタンを押し、「ナムジン様、ズェッペンギン様からお電話です」と囁くように言った。
「んん?ああ、ありがとう『ヤガミ』」
ナムジンはそう言うと、ノロノロと起き上がり受話器に手を伸ばした。
「映像、写しますね❤」
ヤガミと呼ばれた少女は、電話機のパネルを操作する。
今まで星空ばかりだった窓に、ウインドウが広がり、悪の帝王の玉座のような椅子に座り、4人の美姫を背後に控えさせた有角の男の映像が映し出された。
アゴヒゲを蓄えてはいるが、若い男である。
耳の上から生えた角は、巻かずに上方やや後ろに伸びている。
ローブのようなものを羽織り、威厳のある佇まいをしている。
「なんだ、ナムジン。相も変わらず貧相な格好だな」
映像の男は言った。
言われたナムジンは紺色のスーツを着ている。
角と金髪を除けば、日本のサラリーマンと何らかわりの無い服装だ。
「ズェッペンギン、君こそなんだい、趣味の悪い部屋と格好だね。そんなヤギみたいなヒゲなんてアゴにくっ付けて!地球では、そういうの流行らないよ。それになんだい、後ろに娘さんがたを立たせて偉そうに、僕は嫌いだね、そういうの」
腕を組み、片目をつぶり、ナムジンは苦言を呈する。
「ふふふ、言いたい放題だな、ナムジン。私と喧嘩でもしたいのかね?」
ズェッペンギンは笑う。
「別にー。君こそ刺激が欲しいって顔だよ」
「そうだな。……正直言ってそうなのだ。実際、ここ数年、火星のレムル人は減り続けている。戦をしていたあの頃よりも多くの氏族が平和な世で絶えた。常世に渡り、帰って来なかった同胞の何と多いことか……。皆、今生に使命や楽しみを見出だせなくなった者達だ」
ズェッペンギンは後ろに控えていた、女性達に下がるように促した。
「レムル人だけじゃないさ……、太陽系の住人達は皆、落ち着き、老い、変化しなくなった」
ナムジンの左右の二人は、相変わらず編み物とパソコンをしている。
「………、慧眼だな。ナムジン…」
「何のことだい?」
「お前の作った『箱庭』のことだ。『揺りかご』と言った方が良いか」
「最初はね、ズェッペンギン、僕たちが去る前に、せめて子供達が仲良く平和に生きていけるようにって、作ったんだ…」
「二律背反……、だな」
「そうだね、『仲良く平和な』僕達は、去り逝く者達なんだから……」
「『揺りかご』の中は、七つの大罪、僕達が忌避してきたもので渦巻いているよ。恐ろしい!僕は頼まれたって行きたくないよ、本心ではね。………、だけどそんなんだから、僕は現世より、彼岸に憧れてしまうんだろうね…」
「聖人ぶるな、嘘つきめ!お前は『色欲』の権化だろうが!」
ナムジンの横で、パソコンに向かっていた少女がクスリと笑う。
「カムヤタテ……、」
ナムジンがパソコンに向かうカムヤタテを睨むと、カムヤタテは咳払いをひとつしてにっこりと笑った。
「まさか、私の娘に手を出していないだろうな!」
ナムジンの様子を見ていたズェッペンギンはカメラに寄って凄む。
「ええ?!だめなの?じゃあ、何で僕の元に寄越したの?」
「ナムジン!!」
ズェッペンキンのドアップが、画面いっぱい広がる。
「あっはははは!うそうそ!、アジスの嫁のつもりだったんだろ。………、残念…、私の息子は先に逝ってしまった…」
「ナムジン………、すまなかった!」
映像のズェッペンギンは深く頭を下げた。
「その事は火星鎮守府の失態だった。『レムル・ヤトノカミ』を取り逃がし、アジスの元まで追い立てて行ってしまったのだから……」
「もう、いいよ、結局息子は帰ってきたんだから…。女になってだけどね…。それに君の娘さんも別に気になる相手がいるらしいし、」
「誰だ!」
「自分で聞くんだね、たまには親子でお話ししたらどうだい?」
「ううむ……、」
「ところで準備は進んでいるかい?」
「………、『暴神膺懲艦隊』の事か…」
「銀河賢神院から許しが出たよ。レムル人以外ならいいそうだ」
「では、まず、そちらに勝手に行っている『アキダリア・フューリー』は乗組員毎、引き渡そう。帰る手間が省けるだろう」
「太陽系外に蛇神討伐の軍を出すんだ。太陽系全土にも檄を飛ばそう、あの世に旅立つのはまだ早い!子供達のために一仕事しなくっちゃってね」
「全くだ、私もやる気が出てきた」
「では、詳しい決め事はネットワークで。もうひとつ相談事があるんだ」
「タケミナカタか………、」
「どこを探しても見つからない……。既に父祖の館に赴いかのか…、」
「彼こそ次代の王となる。……、そう思っていたのだがな…、」
「とにかく、後はネットワーク内で。『エデン』で待っているよ」
「『極楽湯』か…、」
「実は昨日、極楽湯でヴリエさんに会ったよ」
「本当に手を出していないだろうな…、」
「でわでわー」
「おいコラ!話はまだ……、」
『ブツン。ツーッ ツーッ、ツー………ッ 』
ナムジンは電話を切ってしまった。




