第三十二話 漆黒のダイモス
第三十二話 漆黒のダイモス
その門はどこにも存在しない。
しかし、地球を訪れる旅人は、その門を必ず通らなければならない。
地球の周囲を包み込むように幾重にも張り巡らされた探知網。
何人も秘密を抱いたまま通ることの許されない不寝番の関。
その、領域に踏み入った船のスクリーンには、不気味な門の立体映像が現れ、こう警告する。
『この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ』
火星鎮守府所属、戦闘指揮艦『アキダリア・フューリー』は、その探査網の手前で投錨した。
無論、実際に錨を下ろしたわけではなく、地球へと向かう足を止めただけだった。
アキダリア・フューリーは全長2キロメートルのオベリスクを、蛤の貝殻のように一辺が一キロあるピラミッドで挟んだ形をしている。
古代エジプト人が滅びずに5万年くらい栄えていたら、こんな形の宇宙船を作ったかもしれない。
巨大な船体の中にある艦橋のメインスクリーンには、巨大な船体を飲み込むような、さらに大きな門の映像が映っている。
雛壇状の艦橋で60人ほどのスタッフが、様々な計器を睨んでいる。
その最上段に、巨大な獣が蹲っている。
うねる剛毛に覆われた黒い塊。
手足の位置も数も定かではない。
ただ、大水牛の角と、鬼灯の実の様な赤い目が、恐らく頭部がそこに有ることを。うかがわせている。
この黒塊が火星鎮守府艦隊提督『ダイモス・アギラ』である。
彼の傍らには、薬液を満たしたタンクが、キャスターの付いたベッドに横たえられている。
そのベッドを、竜が財宝を守るように、大切に包み抱き、巨獣は目ばかりをギョロつかせている。
「提督、エレヒより通信です」
通信員が巨獣に呼び掛ける。
巨獣はピクリと耳を動かし、首を巡らせる。
「うむ!回線を開け」
メインスクリーンの隅に小窓が開き、そこにエレヒの司令官ナムジンが映し出される。
白磁の像の様な白い肌に眩い金髪。
整った顔立ちで切れ長の目。
こめかみの後ろからは、ヤギの角そっくりの、レムル人の男性が有している立派な角が生えている。
角の形状には個人差があるが、彼の場合は根本から一気に広がり、三日月のように円を描き、細まりながら顔の横でクルリと一周している。
顔だけを見たならば、ギリシャ神話における牧神『パーン』の髭を剃ってイケメンにしたような見た目である。
「やっと繋がったか、ダイモス!一体どういうことだ!?」
ナムジンの顔には焦燥の陰りがある。
「どういうもなにも、先ほど伝えた通りだ。お主の息子を拾うたので送ってきたのだ。ここを通せ。それとも押し通ろうか。坊は死ぬぞ!疾く疾く!!」
ダイモスは大水牛の角と鬼灯の両眼を高く掲げた後、それをタンクを横たえたベッドに近付けた。
「私の息子は、先の海戦で死に、その魂魄はエレヒに還り、肉体は再生された。10年前と同じように。それらについては先日にエレヒより通達した通りだ」
沈痛な面持ちでナムジンは語る。
「…………、」
ダイモスの赤眼が糸の様に細くなる。
「その顛末は聞いておる。が、こうも聞いておる。再生は正常には行われなかった、と」
「その、ミスマルという娘は、本当に、アジス皇子…………、お前の息子、タケミナカタの魂魄を有しておるのか?」
ダイモスの目は見開かれ、首はぐんぐんと伸び、まるで角の生えた大蛇の様にとぐろを巻く。
「お主は10年前にこう言ったな。『私に逆らい、アンプラグドへ奔ったタケミナカタは、銀河惑星連合評議会により捕縛され肉体は消去され、魂魄はエレヒには還らなかった。せめて私は、タケミナカタがまだ、記憶樹に微睡み遊んだ頃の記憶から彼の分け身を作らん』と」
「それは、記憶樹の守り人としても禁忌。わしは止めたな。それでもエリドゥとお主はクローンを作り、その子にアジスと名付け、跡継ぎにした」
「何が言いたい…、」
「お主は、我らビロクの民を謀っておるのではないか?」
「我が兄エリドゥは一徹の漢であり、お主ら一家に情が移っておる故、ビロクの民の行く末については、わしが決めなければならん、とにかく通るぞ。それが嫌ならば義体でもよい。エリドゥをここへ寄越せ。義体は用意してやる。あと半刻のうちじゃ、坊は死ぬるぞ!!」
ダイモスは通信を切り、義体の用意を指示した。




