第二十三話 流星雨
学校では、生徒会長の突然の性別変更が、地球人生徒に少なからぬ問題を提起した。
シタテルの熱愛発覚報道以降、心の拠り所を失っていた男子生徒の一部は、新たなる希望をミスマルに見出だす者もいた。
外見が若干幼いことをモノともしない、豪の者達は、下照親衛隊を卒業し、御統親衛隊の設立を提唱し、周りから白眼視されることになる。
ここに到り、学園内部で磐石の礎を築いていた下照親衛隊は、その有り様を維持できず、変革を迫られることとなる。
あくまでも、シタテルの幸せを願い、遠くから祝福する、純粋派。
世間に疎いシタテルが浩平に騙されていると信じ、奪還(?)を目論む、下照原理主義派。
ミスマルに新たな希望を見出だした、幼女容姿容認派。
愛の対象をレムル人全般に拡げた拡大解釈派。
シタテルの母親で、外星人保健医のタキリに、欲情の対象を向ける、大人の階段上っちゃう派。
等々。
波乱含みの学校が午前で終わり、ミスマルの家についてからは、おおむね平和にみんなは土曜の午後を過ごした。
天音はミスマルを離さず、持参した服をとっかえひっかえ着せたり脱がせたりしている。
初めはノリノリでキャッキャウフフしていたミスマルも、所詮元男、すっかり飽きてしまい、ドンヨリ眼にへの字口の、人形のようになっている。
「天音君、折角時間もあるんだし、いっつも最後まで指せなかったんだし、一局やろうよぅ」
天音に、髪の毛をブラシでワッシャワッシャとやられながら、アジスの口調に戻ったミスマルが訴える。
「ダメよ、ミスマルちゃん、将棋なんてオッサンの趣味よ! 今はティーンズのファッションを極めるのよ!!」
「何が『ティーンズのファッションを極めるのよ!』だよ! シマムラ! シマムラ! サンキ! ユニクロ! 西松屋!」
天音の持ってきた服を、一枚一枚放り上げながら、ミスマルは叫ぶ。
「みんなお手頃価格で実用的なやつばかりじゃないか!」
「あら、どれも良く似合ってましたわよ、お兄様」
四つの湯呑みにほうじ茶を注ぎながら、シタテルは微笑む。
「あれ? 浩平君は?」
湯呑みに手を伸ばしながら、ミスマルは辺りを見回す。
「とっくに追い払ったわよ。幼女の着替えシーンを気安く見せてちゃ、変な嗜好が目覚めるわ!」
天音は、浩平がどこかから、覗き見でもしていないかと辺りを警戒する。
「浩平さんなら、私の部屋で本を読んでいます」
天音にも湯飲みを渡しながら、シタテルは答える。
「気軽に部屋にあげちゃうなんてねぇ。この前見せてくれたぶったまげの内容の本、ちゃんと隠したの?」
「はい、『浩平さん総受け本』ですね。隠蔽工作は完璧です」
にっこり笑いながら、シタテルは答える。
業深き女シタテル。
日本のBL本を翻訳しまくり、地球=衆道惑星という誤解を銀河惑星連合の人々に与え、なおも飽きたらず、オリジナル作品を創作するに至る。
「ほんとに、いつの間にそんなに親密になっちゃったの? ついこの間まで、遠くからコソコソ眺めて『あー、うー、あー、うー、』言ってるだけだったのに」
お茶をすすりながら、天音は言う。
シタテルは、湯飲みを運んできたお盆を抱き抱えながら、「えへへへー、」と照れ笑いをする。
「それに、ほんとに、ほんとに…、」
天音は手を伸ばし、シタテルの頬をぷにっとつまむ。
「ここ数日の、副会長の、この充実したお肌のプリプリ加減と来たら! あー吸い付く! たまらん! 辛抱たまらん!」
我慢できず両手でシタテルの顔を揉みしだく天音。
「ぷむむむむー、」
へにょへにょと、されるがままのシタテル。
その時、
「あの~、終わった? そろそろそっちにいっても良いですか?」
浩平が廊下から顔を出す。
「きゃっふーん! お兄様ぁー、似合う? 似合うー?」
最後に着せられた、ネコちゃんマークがにゃごにゃご描かれた、ちょっと小さめのワンピース姿で浩平に飛び付くミスマル。
「うへぇ!」
浩平の顔に途端に血が昇り、みるみる赤くなる。
「これよ! これっ! この反応! 癖になる! おにいさまー!」
浩平のTシャツを捲り上げ、中に潜り込むミスマル。
浩平は、か細いミスマルを突き放す訳にもゆかず、
「カイチョウ、ダメ、ヤメテェ」
と、言いながら体を捻る。
「いい加減にしなさい!」
天音は浩平のTシャツに手を突っ込みミスマルを引き剥がす。
「『浩平君狙い』は冗談なんでしょ、副会長から略奪する気? こんなの取り合うわけ?」
呆れて言う。
「どうも僕たちレムル人は、脳ミソがどこかで繋がっているのか、誰かの強い感情に、他の人が引きずられてしまう事があるんだ。多分、シタテルの『スキスキ』が強すぎてこっちまでムラムラしちゃうんだよねぇ、」
天音に羽交い締めにされ、引っ張られながらも、なお、両足で浩平を蟹バサミしているミスマル。
「それにしたって、もう少し慎みってものがないと、これから女の子やっていくのならさ」
その後、天音とシタテルのファッションショーがあったり、お菓子を食べながら時代劇の再放送を見たりした。
日が沈み、シタテルの作った日本の郷土料理の手本のような夕食(肉と魚は出なかったが)を、みんなでわいわい食べて、食後に夕涼みのために縁側に出てきた。
夜風は涼しいを通り越して少し肌寒かったが、シタテルはみんなに手編みのひざ掛けを渡し、暖かい番茶を淹れてくれた。
「今日は新月なのが残念。きれいに晴れましたのに」
最後に縁側に腰掛けたシタテルが言う。
「そろそろ時間かな、」
そう言うと、ミスマルは自分の部屋からラジオを引っ張り出してきて、スイッチを入れた。
ニュースや天気予報が流れてくる。
なんとなく耳を傾ける生徒会の面々。
『ピッ、ピッ、ピッ、ポーン』
時報が鳴る。
『───ちっ地球の皆さんコンバンワ。こちらは銀河惑星連合、宇宙ステーション「エレヒ放送局」です。この時間、全ラジオ局を通じ銀河惑星連合からの特別放送をお送りいたします』
「あれー? この声って、もしかして………」
天音がシタテルの方を見ながら声を上げる。
「そうなんです。わたしの声です。昨日、放送局の人が学校に来て放送室で録音したの。ちょう恥ずかしかったです」
赤面大帝シタテルがいつものように赤面しつつ答える。
「へー、いつの間に……」
天音は言葉を切り、再びラジオから流れるシタテルの声を聞く。
『今、夜空を見上げる事が出来る人はどうか見上げてください。
そしてどんな方法でもいいです、
どんな信仰を持っていてもかまいません。
あなたが思う方法で、
あなたが信じている、
あなたを見守ってくれている者に対して、
祈りを捧げてください』
やさしいやさしいシタテルの声が、ラジオから語りかける。
「あっ流れ星!」
不意に天音が空を指差す。
「えっ? どこ?」
浩平が、キョロキョロと天音が指差した方向を見回す。
「んもー、遅いのよ。流れ星って一瞬よ、一瞬。願い事なんて一文字も言えなかったわよ残念無念」
本当に残念そうに天音が言う。
「残念がることは無いよ」
ミスマルが言う。
「そうです、先程流れ星が見えた所を、そのまま見ていてください」
シタテルが言う。そしてミスマルの手をそっと取り、自分の膝に乗せる。
『あなた方地球人は神によって創造された。
と、あなた方の神話は伝えています。
しかし、あなた方一人一人を、
実際にこの世に生ましめたのは、
あなた達のお父様、お母様です。
どんな生き物にも親はあります。
親というものは、
子供たちに何を望むでしょう?
自分たちへの尊敬や忠誠でしょうか?
それとも子供達から貢がれる富や、
親を称える言葉や歌の数々でしょうか?
違うと思います。
生まれたばかりの子供に対面し、
親が初めて思うのは、
子供が自分たちの元に生まれてくれたことへの感謝と、
子供がこれから歩む人生が、
平和で実りあるものであってほしいという、
祈るような気持ちです』
ラジオの放送は続く。
「!!!」
天音は息を呑む。
不意に流星の大群が夜空を金色に染め上げたのだ。
流星は長く尾を引くもの、一瞬で消えるもの、様々で、雨のように途切れることなく降り注ぐ。
「きれいだね。シタテル、浩平君、」
ミスマルは星の雨を見上げたまま呟く。
その顔はどこか寂しげで、呼び掛けに答えようと、ミスマルの顔を見た浩平は、声をかけることが出来なかった。
「あの光のどこかに…、僕はいたんだ」
「会長…?」
言葉の意味を図りかね、浩平はミスマルに何かを言おうとしたが、シタテルの朗読が再開されたので言葉を切った。
『あなた方、地球人の物語はまだまだこれからです。
どうか、
どうかよい航海を。
進路を迷うこともあるでしょう。
回り道しなけれないけない時もあるでしょう。
私たち宇宙の住人もお手伝いいたします。
あなた方をこの世界に生ましめ、
あなた方を今も見守っている、
たくさんの、
親愛なる者達の思いを知ってください。
親愛なる思いが翳ることない様、
愛されるように祈ってください
晴れの日も、
曇りの日も、
航海は続いてゆくのですから…………』
流星雨の夜空に、急に黒雲が湧き上がり、流星と星々とを覆い隠してゆく。
「八雲立ツ、出雲八重垣妻籠ミニ、八重垣作ル、ソノ八重垣ヲ……」
ミスマルはこの星で初めて詠まれたとされる和歌を、黒々と広がる黒雲を見上げつつ詠んでいた。
黒雲の上空でくぐもった爆発音が二つ三つ、重く響く。
「ここまでは覚えている……、これから先、何があったんだろう、」
ミスマルは呟く。
黒雲の切れ間から、突然閃光が迸り、天音と浩平は目が眩んだ。
突然、大きな光り輝く二本の腕が、雲を押し広げ、空を割って出現する。
空は真昼のように明るくなる。
その両腕は夜空の雲と流星をその両腕に寄せ集めるような仕草をして合掌し、瞬く間に消えてしまった。
夜空はまるで何事も無かったかのように、元の星空に戻っていた。
「未来仏。時間と空間を超越し、救済をもたらすとは。なんという御稜威。……僕の魂も救われたのか」
誰にも聞こえないような小声でミスマルは呟く。
シタテルはミスマルを抱き寄せ、そっと浩平の方へ体を傾ける。
光に眩み、固く瞼を閉じていた天音が再び目を開けたとき、初めて飛び込んできたのは、そんな三人の姿だった。
天音は思わずエリドゥの姿を探したが、ここには居ないことを思い出す。
寄り添う三人に天音も加わる。
「ごめんね、浩ちゃん。私もくっつかせて。………、えりりん…、いないんだもん。」
ちょっと鼻にかかった声で天音は言う。
「きれいだったな」
なんとなく、天音の頭をトントンしながら浩平は言う。
「うん」
毒気の抜けた声で天音は答える。
「きれいだったなー、副会長の声」再び浩平は言う。
「って、そっちかい! …しかし、エレヒも味なことやるね! 流星雨にあわせて電波ジャックするなんて」
天音が言う。
最近、学校で特に感じる。
外星人と地球人が急に仲良くなったように。
浩平は、地球人が銀河の星々に旅立ち、溶け込んで行くのはそう遠い未来ではないと思うのだ。
「……そう簡単にはいかないさ。まだ地球の中の、日本の中の、小さな一つの島での出来事だもん」
得意の読心術で、浩平の考えを読み取ったのか。
ミスマルは、縁側に姿勢正しく座り直し、片足をもう片方の膝に乗せ、片手を口元に寄せ、指先とキスをするようなしぐさしながらそういった。
ヤシン・アンシャール・ミスマルが、地球人類全てを宇宙の住人として導くのに、どれくらい時間がかかるのだろうか?
銀河惑星連合が試算した数値にはバラつきがある。
最長の場合、五十六億七千万年かかるという冗談のような試算結果もあるそうだ。
地球鎮守府 了




