第二話 校庭にて 第三話 再び生徒会室
第二話 校庭にて
───もしかしたら。いや、多分、今もあのまま座っているんじゃないだろうか?
浩平は、職員室や生徒会室がある第三校舎を出て、一般生徒の教室がある第二校舎に向かった。
ついさっき、第二校舎から生徒会室に来たばかりなので、戻ったと言うほうが適切だろう。
ちょうど玄関を出たとき、第三校舎の屋上にある発着場から、ボンネットバスを改造して作ったシャトルが飛び立つ。
外星人の生徒を、居住区がある人工天体に送るところだ。
「なんで、ああも地球風にこだわるんだろうかねぇ」
空飛ぶバスを見上げながら浩平はつぶやく。
帰宅部の生徒は、すでに大半が下校している。
遠くグラウンドの方から、サッカー部員がパスの練習をしているらしき「ヘーイ、ヘーイ」という掛け声が聞こえてくる。
『飛行能力者生徒に告げる』
『こちらは星陵高校風紀委員会である』
『登下校時の飛行は学生法規により禁止されている』
『重力下での歩行困難者に限り、2メートルを上限に特例として認める』
『校舎より高く飛行した者は捕獲ネットにて捕縛される』
『また、教室の窓からの出入りは硬く禁止する』
風紀委員会の放送が校舎のスピーカーから流れる。
『星陵大学経由、星雲寮行きのシャトルバスは、17時まで15分間隔で運行しています。』
『次のエレヒ行きのシャトルは18時30分発進予定です』
風紀委員会の放送に続いて、バスやシャトルの運行時間の案内が流れる。
そんな、校内放送を聞きながら、浩平は、教室のある第二校舎と、それに隣接する、部室練や体育館との間にある、渡り廊下を横断し、中庭に向かう。
中庭の奥の方。
体育館寄りにある温室を見る。
第二校舎、浩平の教室のちょうど対面。
──やっぱりまだいた。
浩平が生徒会室に来る前に、窓際にある自分の席から中庭を眺めた時には、奥のベンチに腰かけているのを見かけた。
予想通り、その時と全く同じ位置で、ベンチに腰掛けて桜の樹を見上げている、星陵高校生徒副会長、『下照』を発見した。
彼女はアジスの妹。
生徒会は会長一族の独裁政権だった。
こういう事になるのであれば、窓から一声かけてから生徒会室に行けばよかったのだが、どういうわけか、無意識のうちに見なかったことにしてしまったらしい。
物憂げな表情で桜を見上げているシタテル。
星陵高校の紺のセーラー服に身を包み、ベンチに座るその姿は、白亜の像のように、辺りの景色から際立っている。
金髪の直毛を、若干オカッパ気味に切りそろえた、良家のご令嬢のような髪型をしている。
外見的にはどう見てもシタテルのほうが歳の離れた姉に見えるのだが、そんな地球人の常識は、宇宙の兄妹には通用しないようだ。
意を決し、声をかけるためベンチに近付く浩平。
「あ、あのー…副会長?」
「!!」
浩平の声にビックリして、シタテルはベンチから飛び上がった。
飛び上がった勢いでそのまま立ち上がり、深々とお辞儀をする。
「ぁ……、……ぃさん、……わ」
語尾がかろうじて聞き取れるくらいの、か細い声で挨拶をする。
兄のアジスはチビッ子なのに、妹のシタテルは身長170オーバー。
天音より頭ひとつ分高い。
彼女は現ミス星陵高校。
太陽系中の生徒が集まる星陵高校のトップである。
ある意味、美の太陽系覇者ということになる。
彼女は今まで、学園に数々の逸話を残し、現在も生み続けている。
入学当時、その容姿を一目見んと、多数の男子生徒が彼女の教室に集団で押し寄せ、外星人生徒が安全確保のため地球を退去した。
その混乱の反省から、生徒自治を重んじる学園は、対シタテル紳士協定を生徒間で結び、その運営と生徒の抜け駆けを監視する組織、後の『下照親衛隊』が結成される。
体育授業、特にプール学習は、厳重警戒の中行われ、実質非公開のはずが、超望遠レンズによる盗撮水着写真が非公式に生徒の間で売買され、親衛隊と風紀委員会が、回収のために特別チームを編成し、さながら国家禁酒法施行当時のアメリカのように、密売人と親衛風紀委員会の大捕り物が、連日繰り広げられた時期もあった。
地球人女性はシタテルに近寄らない。
なるべく同じ風景に入らないようにしている。
自分が引き立て役になってしまうのを避けるために。
天音はその点、損な役回りだ。
一緒にいることが多いのでどうしても比べられてしまう。
天音も十分美人の部類だと浩平は思うのだが、一般生徒の評価は容赦なく、『生徒会の残念な方の子』ということになっている。
成績優秀で品行方正、圧倒的多数の男子学生の崇拝の的であるシタテル姫であるが、浩平は彼女が苦手だ。
どうにも会話が成り立たないのだ。
静止画は美しい。
それには浩平も大いに同意できる。
肌が白く、まるでロウソクの本体が灯る火を透かして輝くように、淡く発光して見える。
顔立ち、容姿に一点の翳りも無い。
あまりに長時間見入っていると、魂魄が吸い寄せられ抜かれてしまうような恐怖を感じる。
それだけではない。
これは、浩平だけが感じるただの思い過ごしなのかもしれないが。
霞のようなものが彼女の周囲を覆い、彼女の本質を、ハッキリと見通せなくさせているような気がするのだ。
集合写真に加えられたコラージュのように、彼女だけ現実世界から遊離し、次の瞬間、幻のように消えうせても不思議ではないように思える。
彼女の神懸った容姿がなせる業なのだろうか。
どこか、現実味の足りない、浮世離れした印象である。
シタテルを見ながら、自分の考えに没頭していた浩平は、慌てて頭を振り、雑念を追い払った。
「副会長、会議はじまります。みんな待ってますよ」
浩平は事務的な会話を試みる。
「………、」
シタテルは目を伏せている。
「生徒会室から副会長を探しに来たんですよ」
「…………」
「副会長、会議が始まりますよー、会長も天音もエリドゥも、みんな待ってますよー」
努めて明るく浩平は話しかける。
シタテルは困った顔をして、鞄の紐をきつく握りしめた自分の手を見ている。
「…………もしかして、……俺と話するの、嫌ですか?」
早速、心の折れた浩平が、恐る恐る尋ねる。
シタテルは目を大きく見開き、ふるふると首を懸命に振る。
──何故、俺とは話してくれないのだろう……。
──生徒会の面々と一緒の時は、もう少し会話ができたのだが……。
──エリドゥやアジス会長が特別フランクなだけで、外星人とのコミュニケーションなんて、やはり儘ならないものなのだろうか……。
浩平は半ば諦め、シタテルから視線を外し、シタテルが眺めていた桜の木を見る。
ここの桜の木々が咲き始めた頃、浩平は天音の懇願に屈し生徒会に入ることになった。
学園の悪魔などと地球人生徒から言われていたエリドゥは恐ろしかったが、学園の女神シタテルと一緒に過ごせるのなら、生徒会も満更ではないんじゃないだろうかなどと、気楽に引き受けたのだ。
実際に接してみると、エリドゥは全然怖くないことが判明したが、シタテルとは未だに意思疎通が出来ていない。
しかも、だんだん、だんまりがエスカレートしているようにも感じる。
──……一、二年は授業別々だけと、宇宙科は三年になったら、外星人と一緒のクラスになるんだよな。
──……俺、やっていけるのか?
浩平は別にシタテルを嫌っているわけでも、彼女の態度に幻滅したわけでもない。
ただ、彼女が忌避する原因がどこかにあるのか、自分になにか落ち度でもあるのかと、心配になってくるのだ。
今もシタテルは、立ち尽くしている。
そんなシタテルを見ていると、浩平には漠然とした不安が生じる。
最近、浩平がよく見る夢。
その夢の中で、浩平は彼女と何度も会っていた。
……ような気がする……。
──ただの勘違い、それとも思い上がりだろうか?
浩平はシタテルに視線を戻す。
彼女は逡巡している。
浩平の顔を見ようとして視線を上げかけ、慌てて目を逸らし、またジリジリと視線を上げ、なにか言おうと口を開きかけ、思い直し唇を噛む。
「??」
目まぐるしく変わるシタテルの表情を呆気にとられて浩平は見つめている。
明らかに、浩平に何かを伝えるべきか伝えないでおこうかを迷っているようだ。
「ふぅぅぅーっ、」
不意に大きく一つため息をつき、なにか一つの決断を心の中でしたらしい。
彼女と出会ってから初めて、しっかりと視線が合った。
シタテルは浩平を見詰め、手を伸ばし、浩平の手をとる。
「ちっ! ちょっと! 副会長!」
突然の接触にドギマギしていると、シタテルは浩平をグイグイ引っ張って、自分が座っていたベンチの方へ誘導する。
「……ん、……ん!」
「す、座るの? 座るんですか?」
浩平を座らせるとシタテルは横に座る。
──近い近い近い……。
「…………、」
──何なんだ一体…。
シタテルは、自分の鞄から、ランチマットで包んだなにかを取り出し、膝の上でそれを広げる。
包みの中には、バナナが皮ごと二本入っていた。
「ん……、」
シタテルは、バナナを一本浩平に差し出す。
ブランド名だろうか、『完熟マグナム』と書かれたシールが貼ってある。
「あ、ありがとうございます」
浩平とシタテルは、ベンチで並んでバナナを食べる。
──あっ、ここに座ると、教室の俺の席真っ正面に見える……。
放課後も大分経ったとはいえ、地球人生徒も、外星人生徒も、まだ、かなりの数が校舎に残っている。
だが、かなり広いこの中庭にいるのは、浩平とシタテルだけだ。
放課後中庭に来る生徒は希なので、かなり目立つ。だからこそ浩平も、先程ここに座っていたシタテルが目についた。
「………、気まずいなぁ」
バナナをモグモグと食べる二人。
会話は無い。
太陽は傾き、ベンチの辺りは日陰になった。
浩平は急に寒くなってきた。
図らずも日向ぼっこを強いられていた浩平は、今に至って自分が風邪気味なのを思い出した。
──副会長に風邪移したら、外交問題だな。
──…………移るかどうかは知らないけど。
浩平は、シタテルに生徒会室に行くよう、やや強めに促す決心をした。
「副会! ……長」
浩平は、シタテルの方に向き直り、語気を強めに呼ぶつもりだった。
「…………」
浩平を見詰めるシタテルの瞳には浩平しか写っていない。
頬を赤らめ、告白を身構えているかのようなシタテルを見て、浩平は何も言えなくなってしまった。
『ヴーン、ヴーン、ヴーン』
「???」
シタテルは自分の鞄から携帯電話を取り出す。
「はい、あっお兄様。ええ、はい。こちらにいらっしゃいました。……はい。これから生徒会室に一緒に向かいます」
「???」
浩平はシタテルを伴って生徒会室がある第三校舎に戻ってきた。
──なんか、俺が迎えに来てもらった風になっているな……。
第三話 再び生徒会室
学園の女神と、お手々繋いで同伴出勤。
途中ですれ違う外星人生徒からは生暖かい微笑みが、地球人生徒からは驚愕と怨嗟の眼差しが送られた。
生徒会室の前まで来ると、戸越しにアジスの声が聞こえる。
「す、すんません、天音様!もう一局、もう一局だけぇ」
戸を開けると、アジスが天音に土下座していた。
高く掲げた尻がプルプル震えているガチなやつだ。
「チッチッチ、甘いなー、白アジ君。泣きの一局に、二度目は無いんだぜ。」
ブラックアマネはエリドゥの膝の上で腕を組み、アジスを冷酷に見下ろしていた。
どうやら接待はやめて本性を現したらしい。
「すいません、遅くなりましたー。ただいま帰還しました」
浩平とシタテルが引き戸を開けて生徒会室に入ろうとする。
アジスは、シタテルの姿を確認するやスックと立ち上がり、学生服の埃を手早く払い、生徒会長の席についた。
「遅いぞ副会長! 会議が1時間遅れてしまったではないか」
まるで別人のように真顔でシタテルを叱るアジス。
声変わりをしていない高い声なので、迫力はまったく無い。
「すいません、お兄様……」
目を伏せ、トボトボと副会長席に着くシタテル。
これがいわゆる『おにいちゃん』モードのアジスである。
普段はヘラヘラしているヘタレ兄も、妹の前では一応真面目ぶる。
付け焼刃なので真面目加減もたかが知れているが。
シタテルは、十歳くらいの子供に怒られて凹んでいるという、ダメっ娘スタイルになっている。
「浩平君を迎えにいくと息巻いて出ていったが、どこで道草食っていた?」
「副会長って俺を迎えに来てたんですか? 副会長の行き先スッ惚けて、俺を送り出したのは会長じゃないですか!」
「朝、浩平君の顔色が良くないとか、昼も具合が悪そうで、弁当に手をつけていなかったとか、シタテルが大層心配していたのでね。だから、浩平君が来る前に、様子見を兼ねて迎えにいかせたのさ。なのに、浩平君は放課後一人でやって来るから……。どうせ中庭の例の覗きスポットで、うすらぼんやりしていたんだろう」
「地球人の、男子生徒に話しかけるなんて、姫様にはハードル高すぎたのよ。でも、副会長、あたし言いましたわよね。浩平なんか、気にかけるだけ無駄のヘタレコンニャクだって」
「え? なんで俺の顔色やら、弁当の消費量が副会長に……」
「ふふっ、愚かな地球人め! エレヒの情報網をなめてもらっては困る。呼吸脈拍血圧諸々、本日の排尿の量とその成分、浩平君のバイタルサインはすべてモニターしているのだ!」
「な、何故?」
「……まあ、それはそれとして時間も押していることだし、会議を始めようか」
有無を言わさずアジスは会議を始める。
コピー用紙のプリントが天音により配られる。
『飛行能力者の規制問題について』
浩平はA4サイズのプリントの一枚目、案件一号と銘打った資料に目を落とす。
「飛行能力のある外星人の取り締まりと、ESP能力者の読心術の規制は、学園創立以来生徒と学校側との対立点だ」
『自由がいいじゃん』と主張する学生側と、『郷に入っては郷に従え』と主張する学校側とは、伝統的に対立してきた経緯がある。
しかし、人生を謳歌する事に、なによりの美徳を見出す外星人たちは、いつの頃からか抗争すら遊びの種にしてしまい、まるでゲームのように、風紀委員会との捕り物を楽しんでいる節がある。
奇跡的に生徒が怪我をする事は、年に数例あるかないかだが、物損事故は日常茶飯事で、特に飛行能力と念動力を兼ね備える『アプサラ人』と、風紀委員会能力者部隊との捕り物はすさまじく、一般生徒からは『幻魔大戦』と呼ばれている。
「空を飛べない地球人生徒の前で、自分の能力をひけらかして悦に入っているような連中なんだから、それ相応の罰を与えるのが筋でしょう」
天音がそう発言すると、アジスはちょっとため息をついて答えた。
「しかしね、天音君。飛行能力者っていうのは大概、飛んでいない時にはヘッポコな人が多いんだよね。とにかく足腰が弱くてねぇ。なんせ飛行を移動手段にして進化してきた人達だから」
「でも、昼休みにマッハで購買に殺到してチョコチップメロンパン買い占めたり、風圧でスカートめくって行ったり、やりたい放題ですよ」
天音は被害にあったらしく、妙に具体的な例を挙げて飛行能力者を断罪する。
「星陵爆翔族……」
「爆笑? なにそれ会長、お笑いグループ?」
「違うよ天音君。爆翔の『翔』は、飛翔の『翔』。風紀委員会の取り締まりが強化された新学期以降、ほとんどの飛行能力者はルールを守っているけど、規制に反発して、飛びまくってしまおうという集団。いわゆる飛行原理主義者さ」
「わかった会長! そいつらを壊滅させるのね!」
待ってましたとばかり、天音は身を乗り出す。
「まさか! 取り締まりは風紀委員会の仕事だよ。僕達は生徒会。飛行能力者に迷惑しているのも生徒だけと、自由に飛び回りたいってのも、やっぱり生徒なんだ。みんなが納得できること考えよ」
「会長は、なにか策があるんですか?」
「無いよ~」
「速答か! 偉そうに理想を語って、無いか!」
天音は机に突っ伏した。
「まあ、迷惑しているって方の意見は、天音君が代表して語ってくれたし、次は飛びたい人たちの意見を聞かないとねぇ。確か、三年の『シエロ』っていうアプサラ人が星陵爆翔族の頭らしいから、今度話を聞いてみよう」
「あ、あたし知ってる! 見境なしに女子をナンパする白学ランの紫リーゼントの人よ。この前、女生徒を抱えて4階の窓から飛び降りてたよ」
「ふーん飛び降りナンパねぇ……」
「いや、別に飛び降りながらナンパしてたわけじゃないんじゃないですか?」
「いやいや、わからないよ浩平君。『吊り橋効果』なんて言葉もあるんだ。非現実で女子のアムールがバーニングするのかもよ」
「一歩間違えたら傷害事件になりますよ」
「まあね。で、案件一号に関しては、来週の風紀委員会に出席して生徒会としての方針を伝えることになる。それまでに賛否の両論をもっと集めて、まず僕たちの意見をまとめよう」
「はい」
「んー、集めたところで並行線じゃないですかね」
「まあまあ天音君。そんで、ここからは次の案件なんだけど……」
各々、資料のページをめくる音がする。
「案件二号。外星人生徒と地球人生徒間の軋轢について」
「軋轢?」
「新入生や最近編入された地球人生徒と、外星人生徒との間で、言い争いや、かなり深刻な対立が発生しているケースがあってね。まあ、ほとんどが地球人生徒から突っ掛かっていく形らしいけど。教師連から生徒会としてなにかできないか、提案してほしいと依頼があったんだ」
「あたしや浩平みたいな『移住組』はともかく、留学生や新入生にはこの環境キツいかもね。わからんでもないわ」
「そうなんだ」
「それに……、」
「それに?」
アジスのおうむ返しの問いかけに、やや表情を曇らせた天音が答える。
「『マーナガルム』から通ってる外星人生徒は、少し怖いって、みんな言っているよ」
「……そうか」
暫し考え込んでいたアジスは、突然シタテルに話を振る。
「……ところで副会長、この案件についてなにか意見は無いかね?」
なにかを一所懸命書き込んでいたシタテルはビクッと背筋を伸ばす。
「…………り、……理解の……」
「声が小さい!」
アジスが一喝すると、シタテルはきれいなか細い声でしゃべりだす。
「相互理解の不足が不安をあおり、攻撃的態度になってしまうのではないでしょうか。新学期のうちにもっと交流の時間を増やしてみてはどうかと思います。美術、音楽等、言語や歴史認識等を介さない分野での交流プログラムの策定したり、エレヒへの見学ツアーを企画してみてはどうでしょうか」
ちゃんと話を聞いていたようだ、案外まともな意見を言うシタテル。
会長席の後ろにあるホワイトボードに、天音が出された意見を書いてゆく。
『相互理解の促進』
『交流の時間の確保』
「まあ、教員とも連携をとり、将来的にはそのような形に持っていくべきとはおもうが、今現在発生している軋轢に対してはどうしようか?」
アジスは浩平のほうを見る。
「風紀委員を一時増強して見回り要員を増やす計画を提案します」
浩平は起立し、ノートに書いておいた計画を発表する。
「地球人学生の間にも軋轢を憂慮する声があり、主に2、3年生の有志で自警団のようなものを組織する動きがあります。学園内を巡回し、声掛けと見廻りを交代で行う予定です。剣道部主将三年丙組、『伏木・十得』が中心人物です。他にも運動部員が主に名を連ね、60名ほどが名乗りを上げています。主だった者のリストがこれです」
アジスは浩平に渡されたリストに目を通す。
「これは『下照親衛隊』の幹部連じゃないか」
「ご存知でしたか」
浩平は地球人生徒の間では顔の広いほうだ。
謎の秘密結社『下照親衛隊』にシタテルの近況を訊かれることもある。
下照親衛隊の構成員は、地球人男子学生(一部外星人男子学生や女子学生)の間でかなりの数にのぼり、陰ながら権勢を誇っている。
三年丙組、伏木十得は、下照親衛隊の二代目総長である。
「知らいでか、シタテルに付きまとう悪い虫を排除するのは兄たる私の責務だ」
鋭い悪魔面で言い放つアジス。
「まあいい、折衝は浩平君にお任せしよう、正式にその有志達とコンタクトを取ってくれ、必要とあれば私か副会長も同席して会合する機会を設けよう。して、その有志連は何か見返りを要求してはいないのかね?」
「正式な要請は今後の話し合いの中で出てくると思いますが、俺が聞いている限りでは、参加者の所属する部活に対しての、来年の予算の優遇措置と、見回り行動中の部活への勧誘の認可です」
他にも副会長がらみの希望(お近づきになりたい系のやつ)が何個かあったが、浩平は敢えて伏せておくことにした。
「勧誘ねぇ、意見の対立からぶつかり合いを重ねるごとに、やがて友情と結束に昇華する。まさに青春だな浩平君!」
両手をガシッと合わせアジスは笑う。
「風紀委員会は外星人生徒の構成員が多い。今回の件にあまりしゃしゃり出てくるとかえって対立を深めることになりかねない。風紀委員会と連携しつつも、巡邏はその有志連のほうにお任せする形をとろう」
アジスがこう言うと、この案件については一段落ついたということになり、天音が議事録に書き込みを始める。
エリドゥは会議が始まると同時に、床に丸まって寝てしまった。
彼も一応生徒会の参議ではあるが、だれも彼には期待していない。
実質生徒会を切り盛りしている天音の愛玩用に在籍しているようなものだ。
エリドゥの寝息なのか鼻息なのか、鼻から漏れる「ぷー、ぷー、」という音が間抜けに響く。
一時、議事録への書き込みの手を止めて、天音が母親のような優しい視線をエリドゥへ向ける。
おそらく体中から愛情オーラみたいなものを発しているのだろう。
アジスにはそのオーラが見えているのかのように、微笑みながら天音とエリドゥを見ていた。
「地球人と外星人が、みんな君たちみたいになれたらねぇ。」
アジスが呟く。
会議が始まるまでは西日が生徒会室の奥まで射していたが、いつの間にか太陽は黒々とした雨雲に覆われ、ポツリポツリと、先触れの雨が窓に当たっていた。
浩平は先ほどからシタテルの視線を感じている。
あまりにもまじまじと見られているので、時々シタテルのほうを見ると目が合ってしまい気まずくなる。
浩平は意を決し話しかけることにした。
「あのー、副会長……、」
「…!……へ?」
シタテルは浩平をガン視していた自覚が無かったらしく、心底驚いて間抜けな返事をする。
「何か、その、俺の顔がどうかしましたか?」
シタテルは会議用に先ほど天音が配ったプリントの裏側に何か書いていたらしい。
隣の席のアジスがシタテルの手元を覗き込む。
「なんだい、副会長?それは!も、もしかして?……」
書かれているものを見て、見る見る顔が青ざめてゆくアジス。
ちらりと浩平のほうを見る。
ボンヤリと兄を見つめるシタテル。
アジスは、慌ててプリントをシタテルから奪い、クシャクシャに丸めて口に放り込んだ。
シタテルが「あああぁ。」と間延びした悲鳴を上げる。
アジスは欲張りなリスみたいに頬袋を膨らませているが、さすがに飲み込むわけにもいかず目を白黒させている。
天音がゴミ箱を抱えて駆けつけると、アジスはゴミ箱に向かって「ぶえっ!」とプリントの塊を吐き出した。
「か、か、か、会議中になんちゅう破廉恥なものを描きくさっとるんじゃ!シ、シ、シタテル、正気か!?」
狼狽したアジスが叫ぶ。
──会長をそこまで怯えさせるとは、いったい何が書かれていたんだ?
浩平が訊くより早く、
「えー、副会長、何描いてたのー?」
天音が興味を示し、ゴミ箱の中を覗き込む。
アジスは、すかさずゴミ箱を天音から奪い机の上に飛び乗った。
「えーい! 連綿と続く我が一族の名誉のため見せられんのじゃ、サモン! ジェ・ヴォーダン君!」
アジスの両目が光を放ち生徒会参議『ジェ・ヴォーダン君』を召還する。
不意に生徒会室の天井から暗幕のような物がバサっと落ちてくる。
その暗幕が、風船の人形に空気が入っていくように、見る見るモコモコと膨らみ、立ち上がった。
やがて黒い塊は、フードを目深にかぶり全身をマントというかローブというか、とにかく黒い布ですっぽり身を包んだ人物の形になり、生徒会室の真ん中に立っていた。
彼こそ生徒会参議で、今は風紀委員会に出向中の、謎の生命体ジェ・ヴォーダン君である。
「ジェ・ヴォーダン君! デス・いんてぐれいと!」
ジェ・ヴォーダン君めがけてゴミ箱を放り投げるアジス。
「キェエエエー!」と怪鳥音を発したジェ・ヴォーダン君の目の前で光が炸裂しゴミ箱は分子レベルに分解された。
「ゴミ箱は、生徒会の備品なの……」
ポツリと天音が言うと、
「……。キョ、キョエエエエー!」
光の粒子が空気中より集まり、ゴミ箱に再構成された。
「ご苦労様…」
中身が空なのを確認し安心した阿知須がそう言うと、ジェ・ヴォーダン君は衝撃的な登場シーンとは裏腹に、扉を開けて案外普通に退室していった。
どうやら上の階の風紀委員会室での会合に出席している最中だったらしい。
──なんだかどっと疲れた。
──それに、日差しが無いせいか寒くなってきた。
「っふああああああぁあぁー」
浩平は足元から這い上がってくるような睡魔に負けそうになり、堪えきれず大あくびをしてしまう。
「なんだ、浩平君。つまんないか、ジェ・ヴォーダン君の大技まで披露したのに…」
がっかりしてアジスは肩を落とす。
「いえあ、そういうわけじゃ無いんですけどね、なんていうか、春眠がぁ、暁をですねぇ、とにかく、最近夢見が悪くて、いや、悪い夢ではないんだけど、展開がめまぐるしい夢というか…………、じつは、あんまり内容は覚えてないんですけどね」
「支離滅裂だねぇ浩平君」
「こ…こぅへぃさん、顔が……、」
気がつくとシタテルが浩平の間近に迫っている。
「ふ、ふ、副会長、」
おずおずと浩平の額に手を当てるシタテル。
浩平の顔にドッと血が上る。
「イカン、大変だ、顔が真っ赤だ、熱があるんじゃないかな、保健室に行っておいで」
アジスがそういうとシタテルが真剣な顔で「私が付き添います」と、申し出た。
シタテルに抱えられるようにして浩平は保健室に向かった。
「………」
生徒会室には、絶賛お昼寝中のエリドゥと、なんとなく取り残されたアジス、天音の三人が残された。
「……会長」
「ん?」
「今日の会議は……」
「おひらきだねぇ」
「……会長」
「はい?」
「副会長って、普段は儚げで深窓の姫君って感じなのに、どうして浩平の前だと、すっとこどっこいになっちゃうんでしょうね」
ポツリと天音が言う。
「すっとこどっこいでもいいのさ。大歓迎だよ。……浩平君が来るまでは儚いだけだったからね」
ポツリとアジスが答える。
「いいんですか?連綿と続く我が一族のなんとかは?あんな、きわめて特徴の無い、鈍感で、女の子の心の機微なんて全然解らなくて、人がいい事くらいしかとりえの無い地球人が相手で」
「幼馴染だけあって、情け容赦のない人物評価だねぇ天音君」
先ほどまで目を通していた議事録のノートで、平安時代の貴族が扇か扇子でやるように口元を隠してアジスは言う。
「人と人との縁というものはねぇ、天音君、そんなに難しいものではないのだよ。出会うべき人は別にこちらからウロウロ探しに行かなくたって、出会うべきときに現れるものさ。そして出会うべき人たちってのは、出会ってしまえばどんな障害があろうと、自然にくっついてしまうものだよ」
「出会いを求める行為は全部無駄って事ですか?」
「無駄じゃないさ天音君。それに無駄な事をするってのは無駄じゃないんだ」
「??」
「君とエリドゥなんてどうなのさ、なんでエリドゥが好きなの?」
「うーんとねぇ、えりりんがお昼寝するとねぇ、『ぷー、ぷー』ってあれ、鼻息かしら?とってもカワイイの。あとね、えりりんの首の辺りにね、顔を埋めてギューってした時にするえりりんの匂いがね、好きだから」
もじもじしながら天音は答える。
「そんじゃ、僕をギューっとしてみてよ」
にっこり笑ってアジスは言う。
「へ?」
「ほら、早く、」
ニコニコしながら天音ににじり寄るアジス。
「えりりんの目の前で、う、浮気は出来ません!」
赤面しつつ天音は言う。
「大丈夫、エリドゥ寝てるよ、ほら、」
屈託の無い笑顔で、天音の膝の上に乗っかる阿アジス。
天音は小さなアジスを抱きしめて、鎖骨の辺りに顔を埋めてみた。
「どう?」
アジスは天音の顔を覗き込む。
「……………」
「道端で見つけた、人懐っこい野良猫を抱っこした気分…」
「がーん!」
アジスは頭を抱える。
「おっかしいじゃん!毛むくじゃらのエリドゥがダーリンで、何故この可愛らしい、天使のような僕が野良猫なのさ!」
「だって……」
「まあ、野良猫は不本意だけど、結果はこんなもんさ。天音君は本能的に知っているのさ。僕が『運命の人』ではないことを」
「ごめんなさい」
なぜか申し訳ない気分になってしまった天音。
「だけど、判ったでしょ。出会う人全員の首にギューっとしたら、本当に好きな相手なんかすぐにわかるんだよ」
「いきなりやったら変態ですよ、そんなこと。それに私にはもう、えりりんがいるからいいんです」
天音は床で丸くなっているエリドゥのアゴの下をゴリゴリしてやる。
寝ながらエリドゥはアゴを伸ばしゴロゴロを猛獣の唸り声のようなものを発する。
「そうだよねぇ、もう相手がいる人にレクチャーしてもねぇ」
「ところで会長は好きな人、いないんですか?」
「うん? 僕? 好きな人? そうだねぇ、天音君はエリドゥに獲られてしまったしなぁ、僕も浩平君かなぁ」
アジスはそう言うと、再び議事録をヒラヒラさせ平安貴族スタイルに戻った。
「私ってば狙われてたのですか? って浩平!? うげぇ、ボ、ボ、ボーイズ・ラヴってやつですかぁ!?」
恐怖のあまりエリドゥの首にしがみつく天音。
「君たちの星と僕の星(とうの昔に木っ端微塵ですが)。別々の星で進化して奇跡のように出会った二人!それに比べて性別の差なんて小さいじゃないか!」
目をキラキラさせてアジスが言う。
気付くと天音は心底軽蔑した目でアジスを見ていた。
「やだなぁ、天音君。いつもの愉快な冗談だよ。はははははは。いやだな、そんなケダモノを見るような目で見ないでおくれよ。目に涙を溜めて。…っちょっと、頼むよ、マジで」
アジスは必死に取り繕おうとするが、その日以降、彼と天音の間にはなんとなくギクシャクとした空気が漂うようになった。




