体育
「よく間に合いましたね、マスター」
「更衣室と授業場所が近かったからな、でも精神的に疲れた……」
「あなたも着てくればいいのよ」
「そしたらセーレにもまじまじと見られないな、検討しておく……」
日頃の訓練のおかげで、息切れするようなことはないが、更衣室での舐めるような視線が思い出され、ぞわっとする。別に同性愛を否定するわけではないのだが、自分を対象にするのはやめていただきたい。
今いるのは一般棟からほど近い大体育館。もちろんこうして体育も行われるが、他にも主要なイベントや全校集会などではここが使われることも多い場所だ。周りの生徒たちの顔は暗く、だらだらとした雰囲気が漂っている。閉め切った館内は熱気が充満していて、いるだけで汗が噴き出してくるのだから、そんな中での訓練……もとい体育はやる気が出なくても仕方がない。かくいう自分もテンションが高いわけではない。
出席をとり終わった体育科の師匠から、夏季に入って一回目の授業ということで、これから先しばらくの授業の説明が始まる。ちなみに去年の夏季の授業はランニングだった。太陽の照り付ける暑さの中で走ることは、確かに体力の向上にはつながったかもしれないが地獄のような内容だった。
「えー、全員の出席が確認されたのでさっそく説明を行います。これから先夏になるということで、体育の授業ではしばらくの間水泳を行います」
この朗報に生徒は色めきたつ。泳ぎが苦手な人にとってすれば盛り下がるところなのかもしれないが、さすがに軍の高校。そんな人は見受けられない、運動が得意な人がほとんどなのだ。
「静粛に。水泳は着衣で行います。体にかかる負担がそうした方が大きく、トレーニングになるからです。もし泳げない人がいたらこの後申し出るように。2日で100m泳げるように篠宮師匠がしてくれるそうです」
体育科でもないのにあの人はどんな荒業を使うつもりなのだろう……。自分も泳げる人間なので心配はない
が、怖いもの見たさで見てみたい気はする。
「それではプールへと移動して下さい。残りの時間でちょっとしたレクリエーションを行いますので、3分後には全員がプールサイドにいるように。解散!」
生徒たちは、レクリエーションという言葉にワクワクしながらも、さっと移動を開始する。プールまで3分とは、小走りしないと間に合わない時間設定だ。無駄にできる時間はない。しかし、そんな中ユミだけは違った。座ったままぼーっとして立とうとしない。
「どうした?体調でも悪いか?」
「……あ、なんでもないわっ!気にしないで」
「本当か?めずらしいな、一番テンションが上がりそうなのに」
「……心配ありがと、さぁ行きましょう」
そういうと出口の方へ早足に行ってしまう。なんとなく気にはなるのだが、行かなければならないのは確かなのでとりあえず後を追いかけた。
――3分後、指示通り全員がプールサイドに並んでいた。着衣水泳だから着替えの必要がなかったことも要因としてあるのかもしれないが、もし着替えがあったとしてもギリギリ間に合っていただろう。この学校はそういう学校だ。
青いプールをバックに、満足げな先生からレクリエーションの内容が伝えられる。
「それではまず2人組を作ってもらう。ペアが組めたら水の中に沈んで、どちらの方が長く沈んでいられるかを競ってもらう。勝ったら2ポイント、負けたら0ポイントとする。1試合終わるごとにペアを変え、最後に最多得点の奴が優勝というわけだ。同じ相手との試合はなし。優勝者には……よし、最高級の焼肉食べ放題ペア券でも進呈しよう」
思わぬ副賞がついたことでさらに生徒達のやる気は高まる。なんとなくペア券というところが、お昼の番組か何かの商品っぽさがあるが、それはともかくとして、焼肉食べ放題はあまりにも魅力的で暴力的な誘いだ。これは頑張らねば……。
「マスターまずは私と組みましょう。それからすぐに私がリタイアしますので、これで2ポイントいただきです」
隣にいたカレンが耳打ちをしてくる。周りもそんな状況なので、まずは2ポイント確保するというのは常套手段だろう。
「いや、俺は最初ユミと組む」
「は!?」
隣でぶつぶつと何かを言っていたユミだが、いきなり名前を出されたことで素っ頓狂な声を上げる。
「なんで私なのよ、あなた達もポイント取りに行けばいいじゃない」
「いや、そうじゃないんだ。そのポイントは終盤の方が生きる、とにかく俺と組んでくれ」
「なんなのよ……お断りするわ、私はまずこのゲームに参加したくないもの」
「そうか……じゃあセーレでいい。手を貸してくれ」
「お安い御用だ、しかし、手は抜かないぞ?」
「いや、それでいい。ありがとう」
「なぜマスターは私と組んでくれないのですか……貧相な体だからですか、そうですか」
「勝手に拗ねるなって、ちゃんと作戦があるんだから。いいか……」
ゴニョゴニョと耳打ちをして、作戦を伝える。すると、納得したのか、見つめてくるカレン。
「さすがマスター。思っていたよりずるい作戦ですが、これなら勝てるかもしれません」
「そういうなって、さあいくぞ」
準備体操を終えた各人はそれぞれ水へ飛び込んでいく。俺もカレンの手を引いて一緒に入水すると、体が急に冷やされて最高の爽快感が駆け巡る。
「ははっ気持ちいいな!」
「夏って感じです!」
「うむ、この感覚はこれからの楽しみになるだろうな」
「ところでセーレ、お前のご主人様はなんで入らないんだ?さっきの様子を見るとなんとなくわかるけど」
「御察しの通りユミはだな」
「待って!言わないで!」
ユミの必死のストップも意味を成さず、セーレから事実が告げられる。
「泳げないんだ」
「「あーやっぱり」」
「なんで言うのよ!しかも、カレンも凪も揃って納得しないでよ!」
「だって隣でぶつぶつと泳ぎたくない泳ぎたくないって言われたら流石に気がつきますよ」
「水に入りたくない理由なんてそれしかないしな」
「うるさい!仕方ないじゃない、人間得手不得手はあるものなのよ!」
真っ赤になって言い訳をするユミ。別に悪いなんて言ってないのだが……。まぁどちらにせよ篠宮師匠がなんとかしてくれるだろう。
「む、そろそろ始まるようだな」
「ああ、じゃあ頼むぜ、カレン」
「お任せください。マスターこそ遅れないでくださいね」
「それでは着衣泳レクリエーション、水中闘争スタート!」
水しぶきをあげて全員が水中に潜った。