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二人でプリクル  作者: 機動戦士Zガンジス
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3

 …──某県某所。


 息せき切って歩を進める、一対の影がある。大きな影が小さな影。ぴったりと重なり合い、えっちらおっちら、なだらかな丘を登っていく。


「ハァハァ……巧くいきましたな、お嬢様」

「うん。ありがとう、爺や」


 使用人の老いを感じさせぬ屈強な背中の上で主の少女は無垢過ぎる謝辞を述べた。


 ◆◆◆


 彼女を少しでも知るものならば、羨む以外の感情を覚えるのは難しいだろう。

 だが偶像としてどこへ行ってもちやほやされ、注目される生活。裏返せば心安らぐ事のない毎日。満たされすぎれば毒も同じ。

 今彼女に与えるべきは安らぎだと言うのに、『彼』の雇い主は何故気付かないのか──汚れ仕事から足を洗い、堅気に身を置いていた元・怪人は、己が真に仕える主の境遇を不憫に思った。

 しかし己は今やただの執事。やらか(・ ・ ・)()ば職を失う。過去の蓄えで生活に差し障りはないが、人生の張りだけは取り戻せない。

 極めて理性的な判断。脛に傷持つ身だ、生きるのには慎重さが必要──そんな臆病な仮面を打ち砕いたのは、ある日の彼女の、ちっぽけな我儘だった。


「あのね、パパ、ママ。3人でと一緒にお出かけしたいの」


 対する両親の返答はといえば、にべもなかった。母は撮影、父は事業の打ち合わせ。

 賢い彼女は聞き分けた。両親の愛情と信頼を傷つけぬ為に。

「いい子ね」──それを見届けた両親はそれぞれの仕事場へ。可哀想に、せめて頭の一つで撫でればいいモノを。


 見送りを終えた彼女が、そっと落とした涙──理由はそれで充分過ぎた。娘の孤独を顧みない両親に、少し灸を据えてやろう──。

 ただし、本当にさらう訳ではない。シンデレラよろしく0時には邸宅へ戻す。それまでに彼女に、有り余る思い出を捧げよう。

 そして己は姿を消す。堅気に戻って十年余り、主人を失うのは辛いが、全てをなげうってでも彼女に悦びを──追憶に身を委ねながらの上り坂、わずかに『彼』の足元がふらついた。


「爺や、大丈夫? ひーちゃん歩く?」


 心優しい主の声に微苦笑を返し、『彼』はなお壮健である事をアピール。頂上まで50メートルを全力疾走。風を切って景色が流れる。


「わぁ……! すごーい! パパよりはやーい!」


 背中越しに響く天使の囁き。この声を聞くだけで疲れも吹き飛ぶ。やはり幼女はいい。太陽の下でこそ、彼女たちは最も輝く。

 とうとう丘の頂上へ辿り着いた。時刻は昼下がり、快晴──海と太陽が見える穏やかな場所。彼方を舞う海鳥たちが空のカンバスに弧を描いて祝福する──Hallelujah!


「みてみて、爺や! うみ!! きれい、ひろい!」


 晩秋の丘を駆けまわる、小さな天使。その後ろ姿を父性たっぷりに追いかける元ペ・ドゥー。時折腕時計を眺め、この先の事を考える。15時過ぎ。少し時間は押しているが、もう少し彼女に外の世界を教えてあげたい。……そうだ、パレードはどうだろう。少し遠いが、今ならギリギリで間に合うかもしれない。


 のどかな追いかけっこに励む二人の真上を、何かが過ぎった。海鳥か何か──それにしてはあまりに早く、あまりにも重い風切り音。

 垂れ目がちな目をまんまるに見開いて、ちまちましい指でその一点を指差す。ペ・ドゥも続いて空を見上げ──とっさに天使を庇い地に伏せる。わずかに遅れて、激震。


 ろくに手入れもされていない、赤錆びた無骨な手斧(マジカル・ステッキ)

 突き立つ刃は血に塗れ、原始的(プリミティブ)残酷(クルーエル)な鈍光を放つ。幅広の刃に刻まれた一文──『Bihaindo yuu』。

 老執事の背筋に電撃的な予感。振り向いた矢先に一瞬の幻視、日本海沿岸。赤とピンクに塗れた愛らしい少女が、変わらぬ姿で佇んでいる。宿敵の助手と瓜二つ──否。


 怨ずるが如く艶やかに、少女の姿のBBAが嗤う。その周囲を舞う、一匹の巨大過ぎる蝉。過度にデフォルメの利いたメロンパンのような身体から、淡く燐光を放っている。


「捉えましたわ──愛しい人(ペ・ドゥー)




 ◆◆◆




 ──時は少し遡る。



 二人が遊具室で熱帯夜を過ごす間、コトは全て終わっていた。本物の怪人がまんまとひーちゃんを攫っていったのだ。

 知らせを運んできたのは総帥本人、監禁室の痴れた空気に激怒したのは言うまでもない。怒れる父にSATUGAIされる一歩手前でホシが割れた──驚いた事に、この屋敷のベテラン執事だと言う。


 新たなる任務──番犬から猟犬へ。ただし失敗すれば命はない。

 仲良く尻を蹴飛ばされ、屋敷を追い出されたセミリンは、眩い時代の全てを失ってしまった哀れな女──垂家救命阿を静かに見下ろした。蹴りだされたまま、微動だにしない。


「……これも成り行きだ。ひーちゃん様の追跡の間、よしなに頼む」

「フフ……追跡ですって……? 冗談はよし子さんよ。私にはもう何もないっていうのに?」



 本人の言うとおり、その様は抜け殻だった。アレほど躍動していた肢体から力が抜け、自らを支える事も出来ずに力無くしおれている。場末の娼婦でもかくや(・ ・ ・)の煤けた微笑。

 その表情に──無性に腹が立った。


「目を覚ませ、この売女ッ!!」

「ああっ……!」


 すぱぁーん! とセミリンの平手一閃、小気味良い音を立てジュメアの小柄な体が車田風に吹き飛んだ。しかしセミリンは止まらずまくし立てる。


「確かに貴女は終わっている! いい年でその格好、無理のあるキャラ設定、ネーミングセンス……! どれをとっても少女という存在を愚弄している!」

「分かってるわよそんな事ッ! だから何? 夢ぐらい見させてよッ!」


 再びの口論が始まった。ぱっと見幼い二人の聞くに堪えない悪口雑言、飛び交う卑語に門前を預かる男達も戸惑いを隠せない。

 たっぷりと場末感漂う痴態をさらけ出し、語彙もそろそろつきかけた頃──。


「いい加減にしろバカ女! 一体いつまで腐ってるつもりだ!? 」

「腐ってなんか無いわよひょうろくだま! 女にしばかれるおたんちんの癖に、偉そうにしないでよッ」

「そう、それだ!戦う術だ! お前にはそれが未だあるだろう!?」


 突然まろびでた予想外のセリフに、ジュメアの背筋が痺れた。


 ──何よ、この男。何でいきなりこんな事を言うの? アレほどいがみ合ったというのに、コレではまるで……励まされてる、みたいじゃない……!

 しかしジュメアのトキメキなど無視して、一体自分が何を口走っているのかも自覚せず、尚も少年騎士は言葉を紡ぐ。


「……魔力(じょしりょく)もない搾りカスの動きに、僕は一切ついていけなかった! お前の……貴女の深い技術には、そこにだけは敬意を表する……! 言うなればそう、とてもおしゃ(・ ・ ・)()だった」


「──!!」


「それほどおしゃまな動きを身につけるのに、貴女は一体何年を費やした!? そもそも何故(・ ・)、貴方はそれを身につけた? 今からそれを、思い出してもらう」


 言うやいなや、セミリンはそっとマジカル走馬灯を起動する。回る回る、メルヒェンの影。瞬間──想いは過去に飛ぶ。



 ◆◆◆



 …──ジュメアがまだ本当におしゃまだったあの頃。


 彼女は探偵ではなく、ただの少女だった。

 そんな彼女の隣家に住む、元傭兵の冴えない中年探偵。とても放っておけない──だって彼ってば、AKで狙撃しようとしてたのよ? ぶっちゃけあり得ない!


 凸凹コンビの刺激的な時間、黄金の日々。学校へ通う事も忘れて夢中になった。

 しかし──それも度が過ぎれば災いを呼ぶ。伝説の誘拐魔との対決──敵の卑劣な罠──相棒と分断され、彼女は拉致された。

 目隠しをされ運ばれたどこかで、彼女は気丈にも叫ぶ。


「どうしたの変態さん? 手を出しなさいよ! それがお約束というものでしょう!? エロ同人みたいに!」

「それは……出来ない。BBAを愛でるのは美学に反する」

「は?」

「俺の守備範囲は6-12歳だ! 異論は認めないッ!!!!!」

「……は?」


 そう、当時彼女は十三歳。前日に誕生日を迎え、ギリギリの所で怪人の守備範囲を外れていたのだ。

 その為幸運にも彼女の操は護られた訳だが──屈辱は残った。

 助けに来た師匠の腕の中、ジュメアは静かに臍を噛む。個人的な事情ができた。


 そして師匠も、捜査の途中で死んでしまった。子犬を守ったのだという。可哀想なテレンス、仇は取るわ──……。



 ◆◆◆



 全てを思い出した彼女の両目に火が灯ると、後はあっという間だった。

 持参したマジカルGPSとグーグレを組み合わせて広域サーチ。圧倒的な潜在魔力値(じょしりょく)を観測。擬態に変化したセミリンが上空から急行し偵察、ジュメアが得物を手に風の様に走る──そして、現在に至る。


「……──全く。君は本当にしつこいな」

「しがらみと言うのは靴底のガムと同じ。しっかり取り除かないからこうなりますの」


 彼我の距離、7メートル。ギリギリ間合いの外で助かった……しかし安堵はまだ早い。

 気配だけで周囲を探る。どうやら他に仲間はいないようであった。ただし、人間(・ ・)のと言う注釈がつく。


「……そのグロ物体は?」

相棒(・ ・)ですわ。おしゃま少女には優秀なマスコットが必要──そうでしょう?」

「そうだな。とう(・ ・)が経ちすぎた君にはふさわしい」

「貴様っ!騎士を愚弄する気かッ!」


 罵倒にいきり立つセミリンを、そっとジュメアがたしなめる。まだ若いセミリンとは違い、この辺りの駆け引きはさすがの貫禄だ。

 しかしその様なやり取りにまるで頓着せず、まあるい目を更に丸くした天使少女が一歩、歩み寄る。


「せみさん……しゃべれるの?」

「ひーちゃん様……私は妖精、セミリンティヌス。貴女を魔法の国へ案内する為、お迎えに上がりました」

「まほうのくに!?」


 俄然少女の興味をそそる魅惑的なキーワード。予想以上に食いつきがいい──セミリンは更なる力を言葉に込める。


「偉大なる女王と我が国の民が、あなた様が訪れるのを今や遅しとお待ちしております。あなた様に来ていただかねば、私達の国は滅んでしまうのです」

「たいへん! すぐいかなくちゃ!」


 魔法の国の危機と聞いて、彼女は居てもたってもいられない。

 セミリンの語る真摯な響きに嘘の色はなく、今彼女に最も必要な思いが込められていた。

 即ち、『あなたが必要』──両親から欲しかった言葉。


 魔法にかかったように、少女の足がふらりと一歩を踏み出せ──ない。振り返れば忠実な執事がきつく少女の手を握り締めている。


「なりません!」

「どうして? せみさんがかわいそう!」

「魔法の国ならこの爺めが! 京葉線で一本ですぞ!」

「あそこはちがうもん! なかのひとがいたもん!」

「なりませんお嬢様! それ以上は!」

「いやっ! まほうのくにいくの!」

「聞き分けてください、お嬢様っ!! ご両親をおいて置かれるのですか!」


 鬼札の一言を、ここで使う。あとはもう祈りを込めて見つめるだけだ。

 ペ・ドゥはひーちゃんの人となりというものを知っている。知りすぎている程に。

 とても素直で、想いを裏切れ(・ ・ ・)ない(・ ・)。そこにつけ込むようで悪いが、彼女を守る為ならば──……!!


 少女の逡巡、揺れる瞳。視線が絡み合った時間はほんの数瞬。主の足が立ち止まる。

 揺らがぬ信頼に安堵しかけた。


 だがしかし──その日の彼女はほんの少し違った。背伸びがしたい気分だったのだ。

 パパもママもいない初めての遠出。少しだけ気が大きくなっていて、一人でだって、出かけられる──そう思っただけなのに。


「あ…れ……?」


 ──一体どうして、急に眠、く……。


 一歩を踏み出しかけて、力の抜けた少女が傾ぐ。その小さな体を受け止める。たおやかな首筋を打ち付けた手には、奇妙なほど現実味がない。


 やった。やってしまった。理由はどうあれ、仕える主に手を上げてしまった。

 衝撃のあまり膝から力が抜ける。まっすぐ立っていられない。厭な汗、不自然な鼓動。

 何もかもが不愉快で何より不愉快なのは己の堪え性の無さで己が己の意思を裏切った事が未だ信じられず己の封じたはずのケモノが目を覚ます。

 グラグラ揺れる身体に合わせて軛が解ける。今までどうにか繕ってきた紳士の仮面が剥がれて落ちた。

『継母の鏡』を使うまでもない──『彼』こそは全国のパパ・ママを恐怖のどん底に叩き落とした“怪人”。絶望の丘に響く、慟哭の歌。

 

「……お帰り、我が宿敵(ペ・ドゥ)。そしてもう一言言わせて頂くわ──『ざまあみろ』」


 ジュメア高慢な嘲笑にピクリ、と背中が震えた。

 振り返る双眸に奈落の光。呼気をハァハァフゥフゥ荒げている。


「口を慎め、3X歳。 靴底のガムになりたいか?」

「お生憎様、もう(・ ・)なってるわ。貴方がそうさせた」


 余裕綽々相棒を伴い、そっと宿敵の傍らを通り過ぎるジュメア。未だ大地に突き立った手斧を引き抜く。背中越し、微かに体温だけが混ざり合う。


「……そうか。それほどまでに憎んでいたのか。BBA呼ばわりを──……」


 静かで乾いた声の後、急速に周囲の空気の重力が増すのが分かった。

 伏せた瞳に力を込める。吐息を一つ。空気は驚くほど冷えていて、頭の芯が醒めていく。いよいよだ──最早舞台は整いすぎるほどに整って。

 ここまで己を導いた相棒がそっと囁く。


「さあ、ジュメア。淑女の時間は終わりだ」

「ええ、セミリン。──輪舞(お ど)りましょう」


 決着を前に、胸に宿るは復讐の炎、殺意と情念がその身を焦がす。その手に持った双刃が、鈍く陽光を跳ね返した。


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