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◆◆◆Epiloogu◆◆◆
どこまでも冷たく透明な潮風が、挽歌のように吹いていた。夕間暮れの雲とともに熱狂を洗い流していく。
「もしもし、総帥ですの? 終わりましたわ──ええ。ひーちゃんは無事。疲れてお休みになられてるわ。今頃ねずみの夢でも見てるのではなくって? 黄色と黒、どっちかまでは分かりませんけど──……」
返り血まみれの刃を弄びながら、あくまでおしゃまに彼女は笑う。成すべき事をなした女の顔。晴れ晴れとしていて、どこか寂しくもある。秋の終わりとよく似た表情。消えない影。
その足元、未だ眠る天使の横で、セミリンはそっと蝉型義体の前肢を這わせる。
……ようやくここまで辿り着いた。後はひーちゃんを祖国へ連れ帰り、魔法少女へと覚醒させる──それでお終い。だと言うのに、この違和感は何なのだろう……。
戸惑いに身を任せていると、ジュメアが短い通話を終えた。心中模索を打ち切って、互いの視線を絡める。
「さっすが金持ち、迎えはヘリだそうですわ。連れて行くなら今のうち……セミリン?」
「……ああ」
差し迫る刻限の中、思い浮かぶ女王の顔、首都ファーブルの街並み。己の双肩にのしかかったモノの重さに目が眩む。
しかし事情はどうあれ、やろうとしている事は執事と何も変わらない。いや、もっと始末が悪い。
闘争と暴力への誘おうというのだ。拒絶されるのならまだいい、納得も出来る。だが──暴力は時として愉悦を刺激する。
もしこの少女天使が、相棒の様な残骸になってしまったら……。恐らくセミリンは一生、自責と後悔に苛まれるだろう。
国か、可憐な乙女の魂か。
真に救わなければならないのは、どちらなのか──決めかねている内、彼方からヘリの爆音。
……──決断の時がきた。
──Tuu deisu afutaaa。
「ヒャ……ヒャハハッ……ヒャッ…ハァッ……」
しなびたモヒカンを揺らし、一人、走る男──ジャ・アーク・ディス帝国少将、風魔キラーは敗走の最中であった。
急いで引き返し、国に戻らねばならない。このままでは戦は──否、国の存亡さえも危ぶまれる。
(くそっ……!! 何なんだアレは! 一体何だというのだッ……!?)
心中毒づくその背後で、聞き飽きた断末魔が上がる。胸中を満たすは怒りではなく恐怖。ともすればすくんでしまいそうな意思を奮い立たせて足を運ぶ。
もうすぐそこまで、『アレ』が迫ってきている。目指す地点、マウント・クヌギは遥かに遠く。
◆◆◆
怨敵ル・インセクトリアの首都、ファーブル。女王コンチュリアが住まう王城まで目と鼻の先と言う処で、突如行軍が止まった。
かと思えば突然転身し、静止する上官をまるきり無視して遁走を開始した。怒号と狂騒が交錯。同族同志で斬り結び合い、行くも進むもままならない。
そして混沌の最中──それは突然吹き荒れた。白とピンクのツートンカラー。巻き起こる芳香は薔薇の香り。甘ったるすぎるほどの──。
それは右へ左へ自在に動き、屈強で名高いモヒカン兵たちを次々と切り刻む、巻き上げる、薙ぎ倒す。さながら竜巻。
ものの数分で何もかもが崩壊。それでも尚飽きたらず、本陣めがけて『それ』は野蛮に、無慈悲に襲い来る──……!!
およそ現実味のない光景。居並ぶ高官達はぽかんと口を開けたまま眺めるばかり。
ただ一人思考を放棄しなかった少将のみが、自慢の毒ガス兵器『ヴァル=サンヌSX』の散布を命じる。が──それさえも遅きに失した。
相打ち覚悟の毒ガスも、逆巻く颶風は寄せ付けない。
僅かな手勢に向けての屈辱の転身命令。クヌギの森に入るあたりで散開を命じる。
こうなったら誰でもいい、誰かが生き延びてこの事を伝えなければならない、その事だけを強く言い含め、己もまた巨木の影に身を隠す。
彼方、明後日の方角で破壊音が轟いた。
その音の遠さに、少将はにわか安堵を覚える。まだ大丈夫──……近くに『アレ』は来ていない、その筈だ。
と、その時──。
大きな栗の木の上で、己以外の何かが息づく音がした。
望郷を沸き立たせる、懐かしく物悲しく響き。斜陽に相応しい鳴き声。
辺り一帯に響く大音声──不思議な事に、耳をふさいでも効果がない。岩に染みこむようにして、脳髄を直接震わせる。発狂寸前。口からはしたなく涎が零れ落ちる。
続けて大気を引き裂く風切り音。背をもたせた巨木が、唐突に爆ぜた。
少将、悲鳴さえも許されず、吹き飛ぶ。寸毫の意識喪失の後、明滅する視界と意識を持ち上げる。人影に目を凝らす。悪夢のようだ──……。
一対の視線。獣のように野生的で、昆虫のように冷酷な。
立ち枯れた華の様な女。両手に在るは鈍色の手斧、彼女の周囲を飛び交う、一匹の巨大過ぎる蝉──。
「ヒ、ヒィィィッ! なっななん! なななななんなんだ貴様らァッ!?」
無様な悲鳴が一体どちらの癇に障ったのか、それは分からない。彼の命脈を断つべく放たれたのは、全くの同時。
赤錆びた衝撃と、狂気を纏う一人蝉時雨──その2つを認識する間もなく。
帝国の奸雄の命運は、いともあっさり尽きた。
「……いい質問でしたわ、少将閣下。……でも残念、私達まだコンビ名がありませんの」
「何だかきまりが悪いね、ジュメア」
「ええセミリン。帰ったら名前を考えましょう」
「とびきりおしゃまな奴をね」
◆◆◆
……結局、セミリンはひーちゃんを連れ去ることをよしとはしなかった。
血は己の血で贖われるもの。例えいかほどの窮地であろうとも、誇りと命をかければ切り開けぬ道はないと──そう思い知らされたのだ。並び立つ、一人の魔女との出会いによって。
少女を乗せて飛び去るヘリを見送った後、異界への扉を開き、背後を振り返る。
煮えたぎる夕日の中で佇むシルエット。
セミリンティヌスは胸中で静かな敬意を払い、そっと扉をくぐる。
(……さようなら人間界。また、いつか)
短い時間だったが、しかし濃密な一時であった。
故郷の空気を胸いっぱいに吸い込む。漂う戦火の香り。死と火の匂い。ああやはり、そしてならばこそ──死力を尽くすと決意したその直後。
「御待ちなさいなNAITO様。REDIIをエスコートもせず、一体どこへ行くつもり?」
嗅ぎ慣れた毒花の芳香が、戦火の匂いと混ざり合った。
◆◆◆
首級を手に帰途に着く二人の視線が重なり、思わず同時に微笑みを交わす。
互いに、決断に後悔はない。むしろ、これ以上ないほどしっくり来ている。少々予定と違ったが、戦の勝利に陛下もお喜びになるだろう。
──この後、彼らはマウント・クヌギを超え、国を陥れた報復の旅へ。ジャ・アーク・ディス帝国唯一最高神ワルモンデウスの暗殺に成功。残党を始末した後は同盟国シートンに駆けつけ、謀反を企てた宰相・ムツゴロウを断罪。近隣の災禍の種を綺麗に刈り取ると共に、今度は体制崩壊を目論むテロリスト達への抑止力としてその腕を振るう──…。
その数えきれぬ武勲により、二人は後世『蛮酷神』と呼ばれる事になるのだが──それはまた、別のお話。




