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二人でプリクル  作者: 機動戦士Zガンジス
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『もしかして:Behind you(後ろを見ろ)』


 グーグレが正しい綴りを検索するかしないかの一刹那で、『それ』は突如吹き(・ ・)荒れた(・ ・ ・)。さながら竜巻。白とピンクのツートンカラー。巻き起こる芳香は薔薇の香り。甘ったるすぎるほどの。目を眇め、両の(かいな)で護らねばなければならない程の衝撃がセミリンの真横を駆け抜け様、背後からとびきりの衝撃が首筋へ。

 すこぶる硬くて重い鈍器の一撃。頚椎が歪み、セミリンの視界が激しくブレる。霞む。嗚咽も悲鳴も許されない。しかしほんの一瞬、生死の狭間をたゆたった意識は主観時間を圧倒的スローモーションに引き伸ばし……セミリンは確かにそれを認識()た。──少女、だ。


「ぐはあっ……!」


 ──ひーちゃん様か?

 ──それにしては随分と手荒い!

 ──まさか敵襲? 風魔キラーの手のものか!?


 馬鹿なありえない僕の面は割れていないし極秘作戦のはずだ申し訳ありません陛下貴方のセミリンはやらかしたかもしれませんがこのような事態に陥るとは全く読めずましてや私はアドリブには弱いのでございます。


 分割される思考。更にノイズが混ざり一つ一つが有機的につながること無く、断片的で意味が無い問いが千々に乱れて虚無へと飛んでいく。すこぶる不快な脳みそのカクテルを体内に抱えたまま、セミリンの意識と唇はキャンバス・キスを余儀なくされた。




 ◆◆◆




 ……寒くて暗くて、重くて痛い。


 深い酩酊の中をさまよっていたセミリンを救い上げたのは、そんな嬉しくない感覚の四重奏だった。ついでどぎつい花の香り。震えるまぶたが微かに開く。


「──ここ、は……」


 薄闇色の景色の中。等間隔に足元に並べられた蝋燭が、地べたの低い所を照らしだす。パンジー、コスモス、キンモクセイ等、背の低い鉢植えが幾つも出鱈目に並んで小路を作っている。

 天井は高く、かなり広い。部屋の奥のほうでカラカラと水車が回り、せせらぎが聞こえた。

 不思議な空間──どこか仕える城のお庭に寝ている──そんな感想を覚えた時、小さな鈴の音のような、それでいてどこか粘着質な声が響いた。


「お目覚めのようね、“怪人”」

 声とともに、蝋燭の炎がかすかに揺れる。声の主が数歩歩み寄り、その姿を妖しく浮かび上がらせた。少女だ。しかしひーちゃんではない──その事に安堵と失望、両方を覚える。


「まずは質問の答えを。山代家の『遊具室(プレイルーム)』よ。総帥が『遊び』で使う部屋を今回特別に提供して貰いましたの。……全くいい趣味してるわ。私好みの玩具が、こおんなに沢山。貴方もそれ(・ ・)、お気に召しまして?」


 彼女が顎をしゃくって指し示したのは、セミリンの両手両足を拘束するプラスチック製のハンド・カフだった。ご丁寧に指錠まで。くわえて服は脱がされ、身に着けているのは下着のブリーフ一丁のみ。何とも屈辱的な格好・姿勢だが、セミリンにとってはごく慣れ親しんだ姿勢でもある。眠れぬ夜を過ごす陛下をお慰めする内、幾度もこのような部屋に連れ込まれた。めくるめく一時であったように思う──……オートで起動しかけたマジカル走馬灯を慌てて止め、努めて平静を装うセミリン。インセクトリアの騎士は慌てない。

 未だ霞む視界を頭を振ってハッキリさせると、圧縮詠唱でマジカル・グーグレを通じて検索を命じる傍ら、眼前の少女をよく観察する。


 白皙の美貌に漆黒のストレート、前髪は一直線に切りそろえられ、ドレープまみれのゴシックドレスに身を包む。ミスマッチなのはベージュと黒のチェック柄のインバネスコート、それから小さな頭に乗った鹿撃ち帽。古めかしいパイプを口に横咥えし、手元で革製の責具──九条鞭を弄んでいる。淫猥な微笑は、甘ったるすぎて胸が悪くなりそうだ。


「……サイテーの気分だ」

「それは結構」


 そしてギラギラとした眼差しを向けながら、幼女はくるくる、いやさギュルギュルとセミリンの周囲を輪舞(まわ)って見せた。優雅でありながら切れ味鋭いピルエット。間違いない、竜巻は(・ ・ ・)彼女(・ ・)


「けれども私は絶好調! そしてエレクチオンその手前ッ! 今ようやく! 怨敵を追い詰めたんですもの! 覚悟なさい“怪人”ペ・ドゥーッ! 積年の恨みはらさでおかずに居られるものか! 人権に手厚い警察屋さんの保護を受けられるとは思わないことねッ!!!!」


 キャホ!キャホホゥ!!──甲高い笑いを上げつつ少女が踊る。再び風の魔物と化した少女はセミリンの周囲をギュリギュラ四周、耳元に綺麗に着地。仰ぎ見れば唐突に凍った冷たい視線がセミリンを射抜いていた。


「さァ────……審判の刻限(と き)よ、ペ・ドゥ。何か言い残すことはあるかしら……?」


 あまりにも冷酷な響きに、セミリンは慄いた。

 しかし彼には御役目があるのだ。その勘違いを正すことに、奇妙な申し訳なさを覚えながら囁く。


「……僕はペ・ドゥじゃない」


 ──舞い降りたるは沈黙。早鐘を打つ鼓動が、相手にも聞こえてしまいそうなほど。天使が通りすぎるのに、たっぷり一分は経過した。


「……ン? Paadun(なんですって)?」


Yuu() masuto() havu() za() wrongu() paasonn()


 ──再びの沈黙。そして再起動。


「嘘よォォーーーーッ!! あり得ないわ!! 私には分かる! 臭いがするのよ! 土臭い人さらいの匂いがねェーッ!?」


 どさくさに紛れて酷い物言いをしながら、再びの狂乱に陥る少女。勢いに負けぬよう、セミリンも声を張り上げた。


「本当だッ! 僕は異世界ル・インセクトリア王国騎士、セミリンティヌス! 我が国の危機をお救いしていただきたく、ひーちゃん様への使いとして馳せ参じた! 断じて怪人などではない!!」

「読めたわ! それが今回の『設定』ね!? はっ、語るに落ちたわね! そんなに都合よく妙な存在がやって来るもんですか!!」

「違うッ! 本当に偶然だ! 女王陛下に誓ってもいいッ! 」

「どこの陛下よそいつは! 無実だというならソイツが来ればいいのだわ! 正々堂々と表から!」

「貴様、陛下を愚弄するか! 万死に値するッ!!」


 不毛な怒鳴り合いで互いの唾液を顔中に交換し、ゼイゼイと声を荒げる二人。三度目の沈黙が互いの心に虚しさと幾ばくかの冷静さをもたらした後、セミリンが口を開いた。


「……その、ペ・ドゥって言うのは何者なんだ」

「どこまでもしらばっくれるのね……いいわ。思い出させてあげる。己がいかに罪深いかを思い知るがいいのだわ」



 ◆◆◆



 その日、山代財閥総帥の本宅に届いた一通の手紙は世間を、そして何より総帥その人を大いに動揺させた。


『拝啓 山代和王殿 20XX年某月某日、貴方の最愛の娘を頂戴しに行く。無駄だとは思うが精々戸締りは厳重に。私の手は長く、そして静かに伸びるぞ。 ──怪人“P(ペ・ドゥー)”』


「なんと言う事だ……」


 経済界にその人ありと呼ばれた帝王の顔が恐れと嘆きに歪む。

 何よりも大事な一人娘が「普通」ではない事など、とっくに気づいていた。あまりにも神に愛されすぎている。いつか、彼女は大事に巻き込まれるのではないか──嫌な予感は当たるものだ。


 よりにもよって、かつて世間を震撼させた幼女専門の誘拐犯が相手とは──。

 しかし、嘆いてばかりではいられない。このまま笛吹き男気取りに怯えていては、日本の経済王たる山代の名が泣く。

 震える拳で内心の動揺を握り潰しながら、背後に控えた部下たちに命じた。


「護衛が必要だ。金に糸目は付けん、極上の連中を拾ってこい。誰に喧嘩を売ったのか、近眼野郎に思い知らせてやれ」



 ◆◆◆



「……で、その内の一人がこのア・タ・シ☆ お呼びと有らば即参上!肉体(からだ)は子供! 頭脳はおしゃ(・ ・ ・)()! 人呼んで美少女冥☆探偵ジュメア! 垂家(たれいえ)救命阿(じゅめあ)が、ひーちゃんを全力でお守りするわ!」


 バッチリ決めた逆ピース+上目遣いにご満悦の様子の垂家某。その痛ましさと毒々しさの中間の生命体を余すこと無く視界に入れたセミリンは──考えるのをやめた。

 ──そうこうしている内にグーグレが解析終了。ざっくばらんなリポートが視界の中で揺らめく。目を引くデータが一つ。転瞬、思わず我に返る。


潜在魔力値(じょしりょく)たったの5………ゴミめ」

「ああン?」


 若くして女王にお目通りのかなったエリート意識が、我知らずの蔑みの呟きを吐き出させた。これは酷い。思わず鼻で笑ってしまうほどの才能の無さ。普通人間界の女児といえば、平均的に高い魔力を持つのが常だ。その力はヒーちゃん様ほどではないにせよ、鍛え上げれば一刻の勇者として成り立つほどである。しかし眼前の少女には才気は全く感じられない。はっきり言ってセミリンの足元にも及ばぬような取るに足らない存在──だが、セミリンはそんなモノに敗れた。魔法などという小賢しい手段を一笑に付す野性的な身のこなし……全く、人間界は不思議に満ち満ちている。


 冗談の様な存在と奇妙な状況にタガが外れたのか、セミリンの笑い声は次第に大きく高くなる。

 哄笑と呼ぶにふさわしい堂々たる笑いに、冥☆探偵と名乗った少女の鼻先に小皺が浮かんだ。


「……何だか私、今のでとっても心が傷つきました。お陰で冤罪が発生するかもしれませんわよ?」

「元より期待していないさ。好きにすればいい。だが真実は決して負けない。せいぜい今を楽しんで、後で死ぬほど後悔しろ」

「……上等ですわ」


 手元で弄んでいた鞭の穂先を握り締め、おしゃま少女は一層笑みを深める。


(──陛下。どうか僕にご加護を……!!)




 ◆◆◆




 ……──数時間後。一対の熱い喘鳴が、遊具室の気怠い虚空に木霊する。


「はぁっ……はぁっ……いかがかしら……思い知りまして……?」


 半ば恍惚とした視線がセミリンの白い肢体に走る幾条ものミミズ腫れを艶かしく撫で回す。


「はぁ……はぁ……まだまだ……手ヌルいな……」


 対してやはり喘ぎながらもセミリンは決して口を割ろうとはしなかった。当然だ。この程度の責めなど、夜の女王陛下に比べればまさしく『お嬢ちゃんの手習い』に過ぎない。

 しかし少々滾ってしまったのも事実。決して気取られぬよう精々苦しい振りをしながら、セミリンは静かに覚悟を決める。次は何だ。あの奥のほうでゆっくりと回っている水車のようなものか? それともあの三角の木馬か?薄暗い部屋の中、揺らめく蝋燭の火がが視界に入る。艶かしく誘う踊り子のよう。──水槽も悪くはない………。


「フフ……流石は私が終生のライヴァルと認める男……そう簡単に認めませんのね」


 一歩、二歩。ちまちまと歩を進めるジュメアの瞳には悪夢のように淫らな熾火。そっとミミズ腫れを撫でる指先に、微かな違和感を覚えた。年季の入った角質。カサついていて、瑞々しさの欠片もない……何かがおかしい。歪んでいる気がする。これではまるで熟れ過ぎた婦人のような──。


(まさか──……?)


 アドリブが苦手なセミリンだが、事ここにいたっては奇跡的に閃いた。陛下から賜った魔法の道具を呼び出すべく圧縮詠唱開始。……何故これを最初に使わなかったのかと後悔をしながら。


「『継母の鏡(シンデ=レ・ラ)──ッ』!」


 セミリンの背後で目がくらむ光の奔流とともに、突如一枚の鏡が現れた。不思議な事に鏡自らが光を放ち、セミリンの後ろ姿、それからジュメアの面貌を照らしだす。驚愕する童女の表情。それが歪んで、最も残酷で正確な原初の真実を浮かび上がらせる──完璧な偽装(けしょう)を施された面貌が崩れ落ちる。額に小皺が、目元にはくま。ほつれて輝きを失った髪質。気になるお肌の曲がり角。本当にギリギリのラインで『女』を保った疲れた女の顔。


「……これ、は……? わたくし……ですの?」


 セミリンは声には出さず、ゆっくりと、しかし深く頷く──的中(ビンゴ)の手応え。

 マジックアイテム:継母の鏡(シンデ=レ・ラー)は、写したものの原初の姿を暴きだす。

 くわえて一度暴かれたが最後、どれほど取り繕おうと、もう元には戻れない──……だが、これは。あまりにも無慈悲でむごたらしい──。


「……問おう。それが貴女の本性か?」


 この世で最も恐ろしい深い虚ろを見たものの叫びが、遊具室の静謐を吹き飛ばした。

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