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二人でプリクル  作者: 機動戦士Zガンジス
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 天蓋に銀砂を散りばめたような夜空を、滑るように舞うモノがある。

 不思議な事にそれは淡く光を放ち、時折風に流されて右へ左へと蛇行する。

 機械的な運動ではありえない、ひどく生物的な動き──もし夜目と遠目が利く者が見たならば、さぞ不審に思うに違いない。

 幻覚か、あるいは何かの作り物ではないのかと。


 季節はもうじき冬──だというのに、寒空の下、優雅に舞うは一匹の蝉だった。


 無論、ただの蝉ではない。まず大きさが極めて不自然なのだ。丁度メロンパンぐらいのサイズの、各所にデフォルメの聞いた丸っこいフォルム。

 蝉特有のややグロテスクな異相を、どうに(・ ・ ・)かこう(・ ・ ・)にか(・ ・)可愛らしくまとめあげた風情。


 些かこの姿形(なり)は不自然に思われやしないか……とは思うものの、己が操れる呪的義体はこれと精々と2・3種類のみ。空を飛べるのはこの蝉型だけだ。

 ましてや火急の案件ともなれば、多少の不都合・不自然さには目を瞑らねばなるまい──魔法の国の使者・セミリンティヌスはそう己を納得させ、いっそう強く羽を震わせた。

 眼下に地上の星の瞬きを見ながら、己に課せられた使命を思い出す為、マジックアイテム『マジカル走馬灯』の起動式を読み上げる。


 とにかく、時間がないのだ。一刻も早く彼女に目覚めてもらわねば、彼の祖国の魔法の国は大変なことになってしまうのだ。


 ◆◆◆



「率直に言って、このままでは我が国は滅びます」


 覚悟と諦念の入り混じった、疲れきった声。

 女王・コンチュニアの放った一言は実に衝撃的であり、女王の衛士見習いとして配属されたセミリンティウスは、思わず彼女お気に入りのティーカップを取り落としそうになり、慌てて取り繕ったが、少しだけ遅かった。並々と注いだ上質の樹液ティーが僅かに溢れ、蜘蛛職人が織り上げたカーペットに琥珀のシミを転々と作る。しかしそれを咎めるでもなく、コンチュニアは窓際から自らが治める国土を展望している。穏やかで文化的な、数千年の歴史を誇る古風な街並み。しかし視線を更に遠くへ伸ばせば、彼方、霊山マウント・クヌギの奥には煤けた煙が幾筋も立ち上っていた。確かあのあたりは、『不死』の異名を持つ偉大なるコクロ師団が守備する最終防衛線だ。


「……今、何と?」

「先日、ヘラクレーテ将軍から告げられました。ジャ・アーク・ディス帝国少将、風魔キラーの師団が首都ファーブルに迫ってきていると」

「そ……」

 そんなバカな──。口からまろび出る寸前で言葉が止まる。絶句というものを初めて体感した少年衛士は、四肢の隅々がしびれたまま動けない。


 たかが宮仕えの少年衛士とて、城内で交わされる経過報告が全く聞こえてこないわけではない。マウント・クヌギには峻険な山々の各所にりっぱな砦が築かれていて、ちょっとやそっと押した所で崩れるはずもない。ましてや不死のコクロが守っているのだ。勝ちを得ないにしても負けはない、ありえない……そう思っていた。


「……国民を悪戯に刺激せぬよう、(わたくし)が伏せさせていました。しかし、それももう限界……。風魔キラーは非道にも、自らが開発した毒ガスを使って、戦局優勢であったマウント・クヌギのコクロ師団を壊滅させたとの事」


「毒ガス!? 馬鹿なッ! 連中め、皆殺しにでもする気なのですか!?」

「今更聞くことではないわ。彼らはその名の通り邪悪な国家よ。そう(・ ・)しなければ気が済まない、そうせねば立ち行かない──彼らの信条がそうさせるの。はじめから戦わないという選択肢は存在しない」


 それでも我らが王国、ル・インセクトリアが繁栄を紡いでこられたのは、ひとえに膨大な数の国民が一丸となって生み出す生産力と、将軍ヘラクレーテ・不死のコクロを始めとする精強な軍備あってのことだ。

 この数の力の前に、ジャ・アーク・ディスの蛮族どもは手でまねき、これまでは平穏無事でいられたのだ。

 片割れのコクロが討ち死にし、残るヘラクレーテも既に老境の域。帝国の悪辣な手段にどこまで抗しきれるかは定かではない。では、どうすればよいのだ──……!? 唐突な破滅の予兆に、室内が静まり返る。……ややあって、彼方砦の方で爆炎が上がる。


 その光景を見届け終えると、ようやく女王は振り返った。


「ですが、手は未だあります」

「本当ですか!?」


 驚きの声を上げる少年衛士に、女王は力強く頷き返す。そして魔力の輝きとともに、ストレインジタブレットを召喚。マジカルグーグレを起動してから手招きをする。

 少年が画面を覗きこむと、そこにあるのは王国諜報機関がまとめあげた資料であった。妖精界と繋がり深い人間界の少女の写真が数点とプロフィールが羅列されている。



山代(やましろ)日美子(10)』



 山代財閥総帥・山代和王わお、母・ハリウッドの有名女優オードリー・ヤマシロの一人娘として、イギリスにて生を受ける。

 幼少時のIQテストで190のスコアを叩き出し、飛び級で6歳にしてエディンバラ大学文学科博士号を修得。同時に父の故郷・日本に移住。現在は東京都日野市在住、『情操教育の一環として』某小学校4年2組に在籍。母方の血を色濃く受け継いだゆるふわウェーブのかかった金髪と、少しタレ目だが大きく愛くるしい青い瞳がチャームポイント。

 性格はいたって温厚、人間関係も良好で、友人の数は非常に多い。趣味のバイオリンでドイツ国際jr.コンクール優勝、バレエでも同様の成績を残す。

 のみならず、母と共に高級ブランドの広告に出演したのを切欠に、現在日本で最も有名な子役としての顔も持ち合わせている。

 通称『ひーちゃん』……とにかく微に入り細に入り、入念すぎるほどに調べあげたデータが連綿と続く。壮大かつ華美な修辞語にまみれた報告書を些か辟易しながら斜め読みするセミリンティウス。しかし最後の一点、極めて重要な項目──『潜在魔力値』の値が、胡乱げだったセミリンティウスの目を引いた。


「こんな……これは何かの間違いでは?」

「いいえ、マジカル・グーグレが導き出した確かな数字よ」

「……ですがこれは」


 ありえない。千年以上の時を生きる、圧倒的魔力を誇る女王。その女王が1グロスは必要な数値──即ち無限に等しい数字が紙面に踊っている。

 何かのバグか、それこそ子供が戯れに設定するような数字(パラメータ)だ。こんな数字がもし本当に真実だとすれば、それはまさしく天上の存在になれるはずだ。


「そう、まるでそう(・ ・)なるために生まれてきたような子なのです」

「……ですが、本当にそんなモノが存在するのですか? あ、いえ。……陛下のお言葉を疑うわけではないのですが」


 もう千年も女王を務め上げている、偉大過ぎる存在を疑う事など許されはしない。


「まだ若い貴方が疑うのも無理は無いわ。……でもね、私が貴方ぐらいの頃、一度だけ見たことがあるの──伝説の魔法少女(メアリー・スー)を」


 その存在については、セミリンティウスも知っている。ただしお伽話、あるいは神話上の存在としてだ。

『世に邪悪はびこる時、異界より現れたるものが世界を救う──』そんなお伽話だ。


「これほど膨大な魔力を持つのは、『人間界』にすまう『プリテック・ハート』の持ち主のみ。……それも貴方と同じ年頃の少女だけ」

「それが、彼女だと?」

「ええ。髪の色や年齢は大分違うけれども……間違い無いわ。魂が酷似している──卑弥呼(あの子)と」


 確信を込めた秘めやかな声に面を上げると、女王はやはり疲れた、しかし未だ希望の熾火が底に眠る眼差しで頷いてみせた。



「我が騎士、セミリンティウス……。貴方に命じます。風魔キラー及びジャ・アーク・ディス帝国を打ち倒す為、山代日美子と接触するのです」


 ──騎士、と。


 敬愛する女王が確かにそう告げた瞬間、セミリンティウスの四肢には再びの電流が(はし)った。


「は……」


 熱い、吐息が漏れる。言葉にならない。偉大なるル・インセクトリアの女王・コンチュニア直々の、早過ぎる拝命──。

 高鳴る鼓動と、重すぎる使命に、ついに膝が崩れる。傅かずにはいられないセミリンティウスの若くたおやかな背を、女王が柔らかく包み込む。

 ついで、首筋にかかる熱い雫。


「まだ幼い貴方に、このような試練を与えねばならない事を、恥ずかしく思います。しかし私が真に信頼し、役目を果たしうると思えるものはもう、貴方しかいないのです──…」



 ◆◆◆



 故郷を出てから何度目かわからない追憶を終えると、危うく地上の建築物にぶつかりかけた。高度が落ちている。

 マジカル走馬灯は過去の出来事を鮮明に思い出せるが、長時間見続けていると気持ちよくなってしまうのが難点だ。


 しかし肉体は使命に実直であり、気が付けば山代本宅付近と辿り着いていた。最もこれも、女王から手渡されたマジックアイテム、ワンダフルGPSのお陰である。

 気を取り直して高度を上げ、邸宅周辺を緩く旋回、周囲の状況を見回す。小高い丘の一等地に築き上げられた、『城』としか例えようのないメルヒェンな建築物。それをサーチライトが下から煌々と照らしあげ、物々しさと幻想的な美しさの入り混じった姿を浮き立たせている。


 日本有数の大富豪の邸宅だけに警備は厳重だ。玄関には屈強そうな男達が群れをなし、中庭や裏口、高くそびえ立つ尖塔など、要所要所に似たような姿形が見て取れる。

 無論目に見えないところにも色々(・ ・)と潜んでいる事だろう──やはりこの義体を選んでよかった。空でも飛べなければ、到底侵入などできない警備体制だった。



 ◆◆◆



 窓際の木枠にしっかと足を絡ませ、義体に備わったチャンネルをon。さぁ、ここからが本番だ。


(聞こえますか……ひーちゃん様……僕は今、魔法で貴女に話しかけています……目覚めるのです……聞こえますか……)


 蝉型義体に内蔵されたマジカル短波を繰り返し送信するも、反応は芳しくない。

 だが、確実に彼女であろう。カーテンの隙間からかすかに覗く室内、サイドテーブルに置かれた瀟洒なランプが、ベッドに沈んだ彼女の、金糸のような金髪を浮かび上がらせている。

 顔は見えないが、ことこの国において金の髪は非常に珍しいと、グーグレが教えてくれている。間違いはない、はずだ──……。


 しかしこのままでは埒が明かない。こうしている間にも美しい王国が、首都ファーブルが非人道的な兵器の脅威にさらされているのかもしれないのだ。

 あの美しい故郷を、そして敬愛する女王の事を思う──胸が、張り裂けそうに痛む。

 その痛みの前には、空き巣紛いの比例を働く罪悪感の痛みなどとるに足らないことだった。


「……『蟷螂の斧(マンテ=ィス)』」


 魔力の起動式を立ち上げると共に、舞い踊る。烈風が綺麗な真円を描くようにして吹き抜けた。

 その軌跡に義体の足先を引っ掛けて引っ張ると、かぽり(・ ・ ・)と間抜けな音を立てて外れ、丁度セミリンティウスが通れるだけの穴が開いた。

 そこにお尻から飛び込むと、繰り抜いたガラスをピッタリと嵌めこみ直す。夜気で風邪を引かせてしまうのは忍びない。必要以上に羽音を立てない様、慎重にまいながら『ひーちゃん』の枕元に着地した。


 そのまま揺り起こそうとし、はた、と前肢の動きを止める。


(流石に、蝉型義体(このからだ)じゃまずいよな)


 そう思い直し、呪的義体を解き、少年衛士の装いに立ち戻る。女王陛下が一発で気に入った、無垢で愛くるしい美少年の姿。やはりこの姿こそが最もしっくり来る。

 少しでも警戒されぬよう、セミリンティウスは柔らかな表情を作ってTake2に望む。そっと『ひーちゃん』の体を揺すってみる。


 しかし。


 その手応えはおよそ少女が眠っているとは思えぬほどに固く、無骨な質感──違和感が走ると同時、素早く布団をひっくり返す。金髪のかつらを被せた、粘土細工の(デコイ)

 そして胸元のあたりに翻る張り紙にはこう書かれてある。


『Bihaindo yuu』


「──ッ!?」


 グーグレ翻訳では対応できない謎の文字列。だが予感が背後に振り向かせる。瞬間、嘶くようにして声が上がった。


「かかったわね! このド悪党ッ!!」


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