01勇者二人
城門の前で、リザルトは腕を組み、壁にもたれて待っていてくれた。
俺の姿を見つけると、片眉を上げる。
「アルサトス。どうだった。謁見は?」
「……緊張した」
喉の奥がまだ乾いている。王の視線、重臣たちの沈黙、広間の空気。思い出すだけで胃が重くなる。
「だろうな。コミュ障のお前には敷居が高すぎだろ?」
「……うん」
否定できない。
リザルトは小さく笑い、俺の隣に並んだ。
城下町を抜け、石畳を並んで歩く。
「で、これからどこへ行くんだ?」
「……北へ」
「まさか、一直線に魔王城を目指すわけじゃないだろうな?」
「………」
「おいおい、正気か? いくら勇者に選ばれたからって、最初から魔王に立ち向かえる力なんてあるわけないんだぞ」
そんなこと、言われなくてもわかっている。
だが――
早く終わらせたい。
この戦いを。
この世界の不安を。
そして、俺自身の迷いを。
「……わかっている」
「お前は頑固だからな。言っても聞かないんだろうな」
リザルトはひとりごちて、それ以上は何も言わなかった。
目指すは隣町。
日のあるうちに到着したい。
そのためには、森を抜ける必要がある。
危険は承知の上だ。
森に足を踏み入れると、空気が変わる。
木々のざわめき。湿った土の匂い。
――うなり声。
低く、重い。
気づけば、大狼に囲まれていた。10匹ほどか。
俺は剣を抜き、構える。
背後で、枝がきしむ音。
「まかせた」
見上げると、リザルトはすでに木の上だ。
……まあ、いつものことだ。
狼が一斉に地を蹴る。
「右だ!」
リザルトの声が飛んでくる。いつもどおりだ。
考えるより先に、体が動く。
右へ薙ぐ。
牙をむいて飛びかかってきた狼の喉元を斬り裂く。血飛沫。悲鳴。崩れ落ちる巨体。
「後ろ!」
振り返りざま、剣を振り下ろす。
背後から跳びかかった狼の頭蓋を割る。
「左!」
踏み込み、突き。
「すぐ上!」
跳躍。
空中で回転しながら斬撃を叩き込む。
森に静寂が戻る頃には、五匹の狼が地に伏していた。
残りは恐れをなして逃げていく。
剣を収めると同時に、リザルトが軽やかに木から降りてきた。
「たいしたことなかったな」
「……ああ」
息は乱れている。だが、怪我はない。
リザルトは戦わない。
自ら刃を振るうことはない。
だが――
その指示は、いつも正確だ。
死角。間合い。気配。
俺が見落とすものを、すべて拾い上げてくれる。
ひとりでは、こうはいかない。
俺が剣なら、
リザルトは目だ。
俺が前に出るなら、
あいつは背後を守る。
そのおかげで、俺は“剣聖”と呼ばれるようになり、
ついには勇者にも選ばれた。
だが、それは俺ひとりの力じゃない。
リザルトが傍にいてくれてこそ――
俺は勇者になれた。
「さ、行くぞ。勇者様」
「……ああ」
森を抜ける光が、前方に見える。
俺たちは並んで歩く。
俺たちは、二人で一人前。
勇者二人。
そういうことなのだ。
◇
リザルトとの出会いを、ふと思い出す。
十年前。
俺が七歳のときだ。
俺は街の剣術道場に通わせてもらっていた。
男は皆、剣士に憧れる。
俺も例外ではなかった。
だが――
ひ弱で、内気で、声も小さい俺は、上達が遅かった。
素振りも、打ち込みも、人より遅れた。
それでも、憧れだけは本物だった。
やめたいとは、一度も思わなかった。
そして、目をつけられた。
道場一の腕を持つ、年上のいじめっ子に。
「稽古をつけてやるよ」
そう言われるたびに、俺は道場の隅に連れていかれた。
稽古と称して、一方的に打たれる。
防げない。避けられない。
ある日。
いつものように叩きのめされていたときだった。
ふいに、一撃が俺の頭を直撃した。
――ごん。
鈍い音が、頭蓋の奥に響いた。
視界が揺れる。
足が崩れる。
倒れ込む。
「おい、今のはやばいんじゃないか……」
そんな声が遠くに聞こえた。
だが、体が動かない。
頭が割れるように痛い。
俺はうずくまり、両手で頭を抱えた。
そのときだった。
「大丈夫。立てるだろ?」
すぐそばで、声がした。
薄目を開ける。
俺と同じくらいの歳の、知らない男の子がしゃがみ込み、俺を覗き込んでいた。
不思議な目だった。
冷静で、落ち着いていて、どこか確信に満ちている。
その言葉を聞いた瞬間――
霧が晴れるように、頭がすっきりした。
痛みが、遠のく。
俺は、立ち上がっていた。
自分でも驚くほど、自然に。
剣を、構え直す。
「おいおい、まじかよ」
いじめっ子が目を見開く。
「アルサトスのくせに、生意気だ」
踏み込み。突き。
「右に避けて」
男の子の声。
反射的に、右へ跳ぶ。
俺がいた場所を、剣先が空しく裂いた。
「そのまま、剣を左に」
体が勝手に動く。
俺の剣が、相手の小手を正確に捉えた。
「いっ……!」
いじめっ子が剣を落とす。
「そのまま、振り抜け!」
迷いなく、振る。
木剣が胴を打ち据える。
深く入った。
「ぐふっ」
いじめっ子がうずくまる。
取り巻きたちが駆け寄る。
「やりやがったな!」
一斉に剣を向けられる。
足が、すくみかける。
「残心。正面に構えろ」
静かな声。
俺は、言われるままに剣を正面に構える。
呼吸を整える。
視線を逸らさない。
その姿に――
「……」
取り巻きたちは、気圧されたように後ずさる。
いじめっ子を抱え、捨て台詞を吐いて去っていった。
道場に、静寂が戻る。
「たいしたことなかったな」
さっきの男の子が、軽く言った。
俺は、ようやく息を吐く。
「助けてくれて……ありがとう」
「僕はアルサトス。君は?」
「リザルトだ」
それが、始まりだった。
それから、剣の稽古のときは、いつもリザルトが傍にいてくれた。
試合のときも。
「一歩踏み込め」
「今だ、突け」
「焦るな、待て」
そのとおりに体を動かすだけで、俺は勝てた。
いつの間にか、いじめっ子は俺に近寄らなくなった。
恐れをなしたのだろう。
そして、しばらくすると――
俺は「天才剣士」と呼ばれるようになった。
誰も、リザルトの指示のおかげだとは思っていない。
はた目には、ただの声援にしか聞こえないのだろう。
それでも。
内気で、コミュ障で、友達のいなかった俺に、
ただ一人。
ずっと隣にいてくれたのは、リザルトだけだった。
親友。
俺は、そう思っている。
今も。
◇
魔王が誕生した。
一年前のことだ。
北の空が、三日三晩、赤く染まった。
雷鳴のような咆哮が大地を震わせ、魔物が活性化し、国境の村が次々と襲われた。
王国は即座に動いた。
魔王討伐のための――勇者を。
国中から実力ある戦士をスカウトし、
選ばれし者に“勇者”の称号を与え、
王命のもと、魔王討伐へと送り出した。
勇者は、俺ひとりではない。
豪腕の戦斧使い。
聖剣を継ぐ騎士。
奇跡を操る神官戦士。
何人もいる。
そして、その頃には“剣聖”と呼ばれるようになっていた俺にも、声がかかった。
王城での謁見。
「アルサトス。そなたに勇者の称号を授ける」
そう告げられたとき、
広間の視線が一斉に俺へ向いた。
胸が詰まり、言葉が出なかった。
だが、断る理由はなかった。
魔王は倒さねばならない。
他の勇者たちは、それぞれ仲間を連れて旅立った。
幼なじみの魔術師。
信頼厚い騎士団の部下。
酒場で出会った凄腕の冒険者。
皆、自然に“パーティ”を組む。
だが――
コミュ障の俺に、そんな相手はいない。
誰かに声をかけることすらできない俺に、
「一緒に世界を救おう」なんて言えるはずがなかった。
勇者であっても、
俺は、俺だ。
だが。
俺には、リザルトがいる。
「二人で魔王を倒そうぜ」
軽い調子だった。
だが、その声には迷いがなかった。
胸の奥が、熱くなる。
リザルトと二人なら――
魔王も、倒せるだろう。
そう、信じている。




