第1話 出会い
「はぁー、やっと終わった」
入学式が終わり、今は自分の部屋に戻って休憩中だ。
生徒代表の挨拶のせいで、私の精神は疲れてしまった。何度やってもあの場所に立つのは慣れない。
しかし、ここからもっと精神を削るような予定が入ってるのだ。
国王との対面。立場が上の人と会話をする時の張り詰めた空気は、いつもドキドキして何を話していいかわからなくなる。
騎士団団長の娘として、恥のないように頭の中でシミュレーションをする。
どれほど時間が経っただろうか、部屋にコンコンと鳴り響いた。
「エリザベルお嬢様、お時間です。準備は良いですか?」
「大丈夫だよ。さっさと行こう」
少し憂鬱だったが、起こるものはしょうがない。だったら、今後話す機会が多くなるであろう、上の立場の人との交流に慣れておく為だと前向きに考える。
最低限の言葉遣いと、礼儀作法をしておけばなんとかなる。後はもう……なるようになれだ。
自分の部屋を出て、外に待機させてある馬車に向かう。
マリベルが扉を開けると中には、ゴリラのようにゴツいムキムキな筋肉に豪華な装飾をされた鎧を纏った男性がいた。私の父上です。
「お、来たな。……ふっ、緊張してるなお前」
「いえ、そんな事は……」
「顔に出てるぞ。そんなに緊張しなくても、今日は国王としてではなく、一人の友人として会うんだ。多少の無礼は許されるさ」
私は席に座り、扉の方を見るとマリベルが一礼をしているのが見え、それと同時に扉が閉まった。
やっぱり彼女は付いてこないのかと少し残念に思っていると、馬車が動き出す。
まだ動き出したばかりだというのにドキドキしてきた。
「……なんか久しぶりだな、こうやって2人で出かけるの」
父上が優しく微笑みかけ、昔を懐かしむように瞳を閉じた。
「お前が子供の頃は良く、荷物持ちとして買い物に行ったり、魔法の練習に付き合わされたりと色々やったな」
「そうですね。でも、そんな機会がどんどん無くなっていきましたね。だから、少し寂しかったです」
私達には母がいません。私は顔すら見たことがないのです。
父上曰く、私を産んですぐに家を出て行ってしまったのだとか。離婚ではなく、どうしても外せない用事あったようです。
無論、父上は止めたそうです。
「そうか。それは申し訳なかった。なら、今度一緒に買い物にでも行くか?」
「えぇ、それは嬉しいけどお仕事は?」
「そんなの副団長にやらせるさ。だいぶ落ち着いたし、やつ1人でも大丈夫だろう。それにずっと仕事してると気が滅入る」
「ふふ、そんな事したら副団長さんに怒られますよ」
いつもは、朝食の時に挨拶を交わす程度しか話せなかった日々。でも今日は違った。
久しく父上との会話で私も楽しかった。学校での出来事や友達との遊んだ事などたわいもない話ばかりだった。
元の世界ではこんな事はあり得なかった。
私の父と母は、悪い意味で自由人で、家族という言葉なんてただの肩書きに過ぎなかった。
だから、こうして父親とだけでも話をしたり、遊びに行ったり出来たのはすごく嬉しい事だった。
そして、目的地に着いた頃には心は落ち着いていた。そばに父上がいるからかもしれない。
理由はどうであれ、国王と出会う覚悟はできた。気負わないでいつも通りの礼儀作法をすれば良いのだ。
父上が顔パスでお城の中に入っていくのを見て、私その後に続く。
お城という事もあり、中はとても広くて部屋や道が多くあり、1人では玉座にたどり着くのは無理そうだ。
かなりの距離を進んだところで、父上が一つの扉の前で立ち止まり、それを開くと仕事机に頬杖をついて座っている1人の男性の姿があった。
「来たぞ!レオハルト!」
「おお、待ちくたびれたぞ、ジーク」
レオハルト・ルリエーヴル現国王。父上が使えるべきである主人である。
しかし、今はそんなのを気にしない。お互いタメ口で話すし、冗談を言い合ったりもする。
「いやー、最近忙しくて、お前と会う機会もなくってな」
「俺が騎士団団長になるし、お前は国王になったからな。立場を考えれば仕方がない事さ」
「まあそうだな。最近、歳をとった事を実感するよ」
そんな会話をしながら、父上は部屋にあるソファーに腰をかけた。そして、父上に手招きされて、その隣に私は座る。
「さて、エリザベル嬢、息災であったか?私の事は覚えてあるかな?」
「それは勿論のことです。私達の国の王なのですから」
「すまん、語弊があったな。子供の頃に一度顔を合わせたことがあったのだが、どうだろうか?」
「それなら覚えています。うろ覚えですが」
物心がついた頃の話だ。
前世の記憶を思い出して、頭の整理をしていた時に父上と、当時まだ王子だったこの方に会いに行った。
ただ、そこでの記憶が曖昧な部分が多いのだ。1人の女の子に会ってそれで……思い出せない。
「そんで?お前の要件はなんだ?意味もなく、俺の娘を呼ぶ訳がない。今更顔を見たいだなんて、おかしいだろ」
「まあそうだよな。実は今日は……いや、今日からエリザベル嬢にお願いしたいことがあるんだ」
薄々、何かあるだろうなと思っていた。むしろ、そう思わない方がおかしいだろう。
相手は国王であり、そうないプライベートの時間を私個人の為に使うなんてあり得ない。
何を言われるか分からないから、私は身を構えて国王の言葉に耳を傾ける。
「其方には、私の娘と友達になり、共に学校へ行ってほしいのだ」
「……え?そ、それだけですか?」
呆気に取られた私は、思わず聞き返してしまう。
耳を疑った。随分とあっさりとした内容に、私は何かの冗談じゃないかとさえ考えた。
「しかし、国王に娘さんがいらっしゃったんですね。知りませんでした」
一度もそんな話を聞いたことがなかった。単純に、私の情報網が甘いだけだったか?
「無理もない。娘の存在を知るものは、この国で一部のメイドとジークと……いややめておこう」
「どうして、その一部の人しか知らないんですか?」
「……細かい事は聞かないでくれ、それをいう権利も答えも持ち合わせてはおらんからな。とにかく、娘の事をよろしく頼むぞ。部屋へはメイドが案内しよう」
「それではエリザベル様、早速お部屋に案内します」
「うわぁ!い、いつの間に」
その人は私と同い年くらいのメイドで、蒼く長い髪を靡かせて、気だるそうな顔をしているのが印象的だ。
……しかし、どこかで見たことがあるような。
マジマジと彼女の顔を見ていると、彼女は顔を背け扉の方に向かって歩き始めていた。
私は慌てて彼女の後を追う。
廊下に出て、しばらく歩いていたらメイドが口を開いた。
「お久しぶりですね。と言っても、私の事を知らないかもですけど」
「……いえ、ちゃんと覚えてますよ。同じクラスのユリアンカさんですよね」
流石に同じクラスの生徒は覚えているが、学校とメイド状態での雰囲気が全然違っていたので、最初は分からなかった。
学校での彼女は、笑顔を絶やさない、明るくて可愛らしい子というのが印象だった。
でも今はその笑顔をする事はなく、クールで大人びた雰囲気を感じる。そのせいで全くの別人、又はお姉さんかと思った。
「しかし、同い年の貴方がメイドをやっているなんて」
「私はお嬢様に命を救われた身。行き場所のない私をメイドとしてそばに置いてくださったり、学校にも行かせてもらえて、感謝しきれないです」
そんな事を言うが、学校に行きながら、メイドとしての仕事をこなすなんて、私には到底出来るとは思えない。
「そんな事はさておき、エリザベル嬢に一つ忠告が」
前を歩いていた彼女は急にこちらへ振り返り、私の方に向かって歩いてきた。
「お嬢様に変な気を起こさないでくださいね」
「……はい?」
「お嬢様がいくら可愛いからって急に告白したり、襲ったりしたいでくださいよ。むしろ、私がしたいくらいなので」
「あのユリアンカさん?」
「お嬢様は貴方に会いたがっていましたが、私は貴方のことが気に入りません。何もしていない貴方が、お嬢様の目に留まるなんて。私のお嬢様を返してください」
涙目になりながら、胸ぐらを掴まれユサユサと揺らされる。
聞きたいことがいくつかあったが、とても聞ける様子ではなく、彼女が落ち着くまで待つことにした。
正直、困惑していた。
彼女がこんな感情的になるなんて到底信じられない。さっきまでのクールな感じはどこかに消え、今は幼い子供がわがままを言っているようだ。
「失礼しました。少々後払いを働き、申し訳ありません。何か聞きたい事はありますか?」
「いやー、そうですね。……うん、大丈夫です」
気になることがあったが、それをまた聞こうとすると面倒になりそうだからやめておいた。触らぬ神に祟りなしとはこの事だろうか。
彼女は再び前を向いた歩き出し、扉の前で歩みを止めた。
その部屋は廊下の端っこの方にあり、物置部屋と言われたら疑いなく信じてしまいそうだ。
「お嬢様の部屋はこちらにございます。どうぞ中へ」
そう言って、扉を開き中に案内される。
私が中に入ると扉が閉められて、部屋は少し薄暗くなった。
こんな時間まで眠っているのか、カーテンのせいで光が届かなくて、不気味さを感じさせる。
部屋を見渡す。綺麗に並べられた本棚、机に上に放置されたノート、埃一つなさそうな床に、一際目立つ大きなベッド。
とりあえず、私はそのベッドに向かい歩こうと一歩踏み出した瞬間。
「誰?」
可愛らしい声が聞こえた。どこか懐かしく、たった一言なのに、私はその声が好きになった。
ベッドがモゾモゾと動き、声の正体が顔を出した。
長く真っ直ぐ伸びた金髪の髪に、雪のように白い肌、整った顔立ちに炎のように赤い瞳。
彼女の姿に昔の面影を見た。私は彼女を知っている。
そう昔の国王に会いに行った時に見た。
「あっ、久しぶりだね、エリザベル。10年ぶりだね」
霧で包まれた記憶の断片が、徐々に開かれる感覚。
「元気だった?」
笑顔を向ける彼女に、私はまた目を奪われるのだった。