六話
「洗濯物、私もやります」
大きな桶を抱えて洗濯しようとしている陽子さんとおけいさんに声をかけた。
「ありがたいですが、流石にお嬢様にやらせるわけにはいきませんよ。私達の仕事がなくなってしまいます」
陽子さんが丁重に断る。
「そうだお嬢様。おりんと一緒に旦那様からの贈り物を整理したらよろしいんじゃありませんか?お手伝いはそれが終わってからお願いします!」
にっこりと笑っておけいさんと陽子さんが通り過ぎる。そう…そうね、まずは貰ったものを仕舞わなくては。
「おりんさん、旦那様からの頂いたものを仕舞いたいのですがお手伝い願えますでしょうか」
「勿論ですお嬢様!」
着物は備え付けの箪笥にドレスや洋服は洋服箪笥の中に仕舞っていく。
「きゃー可愛い!お嬢様が羨ましいです。旦那様から愛されていますね」
「愛されて…なんて」
これは小鳥遊家の婚約者に相応しく飾り付ける為であって決して私のためじゃない。私なんかのために本当に物を贈ってくれる人なんていなかった。だからこの先もいるはずがない。私は卑しく穢らわしい女狐なのだから。
大量にあった着物や洋服を全てしまい終わった頃には夕食の準備をする時間になっていた。台所に向かう途中、私はおりんさんに尋ねる。
「あの、この屋敷には使用人は他にはいないのですか?」
小鳥遊家本邸ほどじゃないにしろ、広大な屋敷だ。私が寝ているのは母屋で、あとは離れと使用人用の離れと客人用の離れがあった。
「女中は皆住み込みです。あとは通いの庭師が二人と運転手が二人ですね。男手が必要な場合は本邸から下男が来ます」
「そう…なんですか」
少ない。世間的に見れば多い方なのかもしれないが、小鳥遊家よりはるかに貧しかった狐塚家のほうが使用人は多かった。
「本邸の方は何十人っていますよ」
「そうなんですか。少ない人数で…凄いですね」
「えへへ、ありがとうございます」
少し頬を赤らめおりんさんは頭をかいた。
「お嬢様が作る洋食、楽しみにしてます。私にも味見させてくださいね」
「ええ、勿論」
******
黄金色に揚げたコロッケを皿にキャベツの千切りと共に盛り付ける。そのほかには煮豆と野菜のたっぷり入った煮物、茄子の糠漬け、わかめと油揚げの味噌汁、透き通って艶やかな白米。
そのどれもが満足のいく出来になっていた。狐塚家の神経質な盛り付けを見慣れてしまっていたせいか随分盛り付けに拘ってしまった。
いきなり慣れない洋食だけ…にするわけにもいかず、春海さん達に和食のおかずも作って貰ったのだ。
「わぁ、美味しそう!旦那様もきっと御喜びになるはずです」
「そうかしら」
失礼だが、あの朴念仁の表情が変わることがあるだろうか。美味しいと思ってくれるのだろうか。
(庵司さんは美味しいと思ってくださるのかしら)
ふとそんな事を考える。おりんさんの愛されていますね、が再び蘇り顔が赤くなる。料理の作り手として食べてもらう人に美味しいと思ってもらいたいものは至極当然な考えなわけで。だから、照れる…なんておかしいのだ。
「お帰りなさいませ、旦那様」
帰ってきた庵司さんに向かって深々と頭を下げる。
「ああ、ただいま」
「旦那様、夕食の用意が整っております」
春海さんがそう言って軍服の上着と帽子を預かる。そのまま庵司さんは居間へと向かった。配膳されている食事を見てピタリと庵司さんの動きが止まる。
(もしかして洋食はお嫌い?だからいつも和食を…)
ドッと汗が噴き出すのを感じた。なら私がしたことは余計なこと以外の何物でもないではないか。震える声で私は尋ねた。
「旦那様、どうなされましたか?」
「いや…洋食か、誰か作れた者がいたかと思っただけだ」
「じっ…実はそれは私が作ったのです」
庵司さんが驚いたように目を見開いたのがわかった。
「あっ、えっと。他のおかずは和食ですので…。お気に召さないようなら…」
「本当に貴女が作ったのか?」
「はい、私が作りました」
怒られるのではないかと震えた。女狐が作った飯など食えるかと。拳が飛んでくることも覚悟して目を瞑った。
「そうか」
罵倒も飛んでこず拳も飛んでこなかった。代わりに返事は優しく声色だった。座って庵司さんは一番最初に私が作ったコロッケに箸をつける。
「美味い」
ポツリとした呟きだったがそこにぶっきらぼうな感じはなかった。
「ほ…本当…ですか?」
目頭が熱い。褒められたのは…初めてだった。いつも私に向けられた言葉は優しいものではなかった。だから…
「何故、泣く?」
「もっ…申し訳っ…ありませ…ん。嬉しくて…つい」
嬉しいと感じたのはいつ振りだろう。いつ、こんな暖かくて優しい感情を抱いただろう。いつ、誰かにこんな優しい言葉を掛けてもらえただろうか。
黄金色のコロッケはサクサクの衣に肉汁たっぷりのひき肉と甘いじゃがいもが入っていて自分で言うのもなんだがすごく美味しかったが、少し涙の混じった味がした。
******
「あら?ごめんなさぁーい。でも、女狐が作った料理なんて誰も食べないわよ」
女学校の家庭科の時間。調理実習で私が作った料理は床に散らばっていた。
「将来の旦那様が可哀想。その前に結婚できるかどうかすら怪しいけれど」
「女狐が人間様と結婚できるはずないじゃない!」
あははっと笑いが響く。私は床に散らばった料理を拾い集めていた。
「あははっ!みっともなく拾い集めてるわ」
「自分で食べてなさいよ。女狐には床に落ちた食事で十分よ」
どうして私にこんな事をするの?そんな疑問はとうの昔にわかっている。私が女狐だから。どうして私は蔑まれるのだろう。私は何をしてしまったんだろう。
そんな気持ちは降り注ぐ暴言と暴力の前に屈し消えてしまった。
大人しくしていればすぐ済むから。謝っていれば早く終わるから。口答えしちゃダメ、反抗しても敵うわけない。ただじっと耐えるの。それが私の処世術。
苦しい、辛いそんな感情押し込めて。嬉しい、楽しいそんな感情抱いたことがない。私の人生に希望はない。あるのは果てしなく続く絶望だけだと思っていた。
「美味い」
優しい声が響く。私は単純だ。そんな一言で今まで抱いたことのない感情…嬉しいが感じられるなんて。感情を押し殺してきた努力はどこへ行ったのか。こうも簡単に私の感情は弾け、今だって次は何を作ろうかと布団の中で考えている。
今日はよく眠れそうだ。




