69 最終話
ガラン侯爵邸の朝食はやはりとても豪華。
今朝は白桃もある。大好きな果物だけど、これを食べると朝から幻想的な逢瀬の塔での淫靡なキスを思い出して顔が熱くなる。乱れたシーツの上だからなおさらだ。
「……もうちょっと体力つけないと駄目かな」
ぽそっと呟いたのを耳聡い侍女が聞き付けて頭を振る。
「逆です。もっと体力を抑えてもらうよう進言いたしましょうね。今日もゆっくり過ごしましょう若奥様。……あの体力おバカ狼、溺愛しすぎまじでただの鬼畜。若奥様が身体鍛えてなかったら……」
うん?後半ブツブツ何言ってるの?さすがに愚痴かしら?いつも昼までベッドで過ごしてて、アリーが出来るからと、奥方の務めを頼んでばかりで申し訳ない。
隣国からガラン侯爵邸に帰宅するとダーマッドは、ここでの初夜のことが心残りだったらしい、過ぎた時間を取り戻すかのようにほぼ連日わたくしを求めた。
とても優しいし、えーと、とっても気持ち……いい……のだが、彼の底なし体力に身体が追いつかない。初めてのときの遠慮はなんだったんだ。無理をさせたくありません、て。
気持ちよす、幸せすぎて次の日のこと考えられずにダーマッドを止められないわたくしもいけないのだろう。
……幸せな悩みだ。
わたくしの部屋にはいつも綺麗な花が飾られている。
お茶の時間には凝ったスイーツがそっと添えられている。朝食だけでなく昼食、夕食もわたくしを喜ばせる珍しいメニューや丁寧に作られた料理が並ぶ。
ダーマッドは夕食はもちろん、昼食もわたくしと一緒にとるためにわざわざ帰ってくる。
衣装部屋には少しずつドレスや手袋、靴など小物が増えている。直接渡してくれることもあるが宝石箱にも、新しいものがひっそりと紛れ込んでいる。
贅沢をしたいわけではないがこっそりと贈られるもののどれもがわたくしの好みのど真ん中で、素直にとても嬉しい。
アリーが内緒ですけど、と教えてくれるにはダーマッドだけではなくてガラン侯爵夫妻からの贈り物も紛れているとのこと。王宮では贅沢をしてなかった、残念ながら父親似のわたくしの性格を考慮してくれてるのか。ばれないように気を付けてくれていると思うとくすぐったい気分になる。
毎朝宝探しのようにアイテムが増えてるか確認する習慣が出来てしまったのは、黙っていた方がいいのだろう。
どれだけ大切にされているのだろうか。嫁いで来てから毎日が幸せだ。
窓の外ではいつものように侯爵邸の護衛たちと一緒に朝の鍛練に励むダーマッドがいる。
そして毎朝鍛練中のわたくしの夫に挨拶してから登城する元婚約者の伯爵令嬢も。いつもはさっさと馬車に乗り込むのに今日はなにやら楽しそうに話し込んでいる。
初めて会った時から好き、とダーマッドは言ってくれたがその時の彼には婚約者のシャルロッテがいたのだ。王城でもいつも一緒で仲良さそうだった。
ダーマッドの愛を、今は全く疑ってない。けど、ふたりの婚約と破棄までにどういう経緯があったのかを全く話そうとしてくれないダーマッドにもやもやする。
シャルロッテは休みの日以外は朝早く侯爵邸を出て夜遅くに帰ってくるためわたくしと顔を合わせることは少ない。たまに会ったとしても夕食の席なので、こんなことをシャルロッテに訊くのは躊躇われる。
そういえばシャルロッテは王城になんの仕事をしに行っているのだろう?ご令嬢の仕事といえば通常王族の侍女だが普通は住み込みだ。実は文官なのだろうか?
ずっと、もやもやするのも嫌だし、どうしたものか……。
「やぁグィネヴィア、元気かい?ダーマッドとは仲良く……やってるようだね、うん」
兄のエセルレッド王子が寝室に入ってくるとベッドにいるわたくしに白々しく挨拶した。
お風呂に入ったし、シーツも取り替えられてるけど、まぁ元気そうなのに起き上がれない新妻とか理由はお察しだろう。恥ずかしい……。
「お久しぶりです。ごきげんようお兄様。なにかお急ぎの要件でも?」
妹とはいえ女性の寝室に入ってきたのだ。なにかあるに違いない。ずいぶんとご機嫌そうだな。
「はは、ちょっと早めにグィネヴィアの耳に入れておきたくてね。半年後に結婚することが決まった」
「まぁ素敵!おめでとうございます!それでお相手は?」
「今日は迎えに来たんだ。廷臣たちの前で父上が婚約を発表してくれる」
失礼します、とシャルロッテがわたくしの部屋へ入って来た。ダーマッドも一緒だ。え?
「これまでお伝えできなくて申し訳ありませんでした、グィネヴィア様。妃教育がある程度終わるまではエセル様とのことは口外禁止で婚約も認めてもらえなかったんです。わたし、呑み込みが悪くて二年も掛かってしまって」
恥ずかしそうに、愛らしいシャルロッテが兄のエセルレッド王子を見つめながらそう言った。
王妃となるのだから後から苦労するよりは先に学べた方がいい。機密を守れるかといったことも確認されたのだろう。我が兄ながらイケメン王子が恋人だなんて誰かに話したくてたまらなかったと思う。
ここに居候しているのは毎日登城するには伯爵家の町屋敷は遠すぎるからとのこと。……あれ?若い男子、しかも元婚約者がいたのは気にされなかったのかしら?
色々と喜ばしいことなのに、うーんもやもやが晴れない。
「妃教育はとても大変だったはずだよ。頑張ってくれてありがとうシャーリー。また婚約式の日取りは改めて知らせるから、その日はちゃんと動けるように、な?」
ぎゃーーーやめてお兄様恥ずかしい!真っ赤になって固まっているわたくしを尻目にふたりは時間だ、と手を繋いで部屋を出ていった。
ダーマッドが無事婚約出来て良かったー、とニコニコしている。
これは今訊くべきよね?
「え?シャルロッテとの婚約……あぁ……」
ダーマッドはわたくしの方を凝視して、口許を手で押さえて黙り混む。
え?なんか言いにくいことでもあるのだろうか?
「いや、ほら……もしかして、ヤキモチ?」
……そういうこと訊いてないんだけど。
もしかしなくても思いっきり、何年越しかわからないくらい年季の入ったヤキモチですが何か?ちょっと怒った顔をして見せるとダーマッドが真っ赤になった顔を両手で覆ってしゃがみこむ。
「……グィネヴィアが、私にヤキモチとか…その顔…か、可愛い……え、初めて会ってわりとすぐに婚約のこと知ったの?そんな前からヤキモチ焼いてくれてたんだ?」
「そうよ、ヤキモチ。だからどういう経緯があったのか教えてったら……もう、ダーマッド!」
床に踞ったまま頭を抱え込んでいる。耳まで赤い。
「……ごめん、うわ……嬉しい。嬉しすぎる……ちょっとまって……」
額から汗を垂らして、本気で照れているダーマッドはとても可愛いけどちゃんと話してもらわないと。
落ち着いたダーマッドが嬉しそうに、まだちょっと照れながら話してくれた話は拍子抜けするようなことだった。
きちんと領境が決まるまでの争いを抑える為の便宜上の、解消することが端から決まっていた婚約?シャルロッテのことは妹同然で女性として見たこともない?
ダーマッド自身全く婚約していたつもりがないために完全に忘れていて、わたくしに申し開きするとか意識を掠めたこともないらしい。なにそれ……。
すっかり拗ねて布団を頭から被ったわたくしをダーマッドがぽふぽふと撫でてくれる。
「言ってはくれてたけど、本当に子供の頃から、初めて会った時から私のことを好きでいてくれたんだ。嬉しいグィネヴィア。大好き」
ダーマッドもお布団に潜り込りこんできた。わたくしに覆い被さって掛け布団が小さなテントみたいになっている。お布団の中は暗くてダーマッドの顔は見えないけど何だか楽しい。
「ふふ、寝る時間でもないのに。お布団の中で遊んでるなんて子供みたいねわたくしたち」
「そうだね子供だね、今の私たちは」
キスをしてくる。深い甘いキス。
「……子供はこんなキスはしないわ」
「子供の時に、グィネヴィアと両思いってわかってたらこれまで出来たはずのキスを取り返したい」
そう言ってたくさんのキスをしてくる。わざとちゅっと音を立てるのが可愛くてふふっと笑うと耳や首筋にもキスをしてきた。くすぐったい。
「何度キスして抱き締めても信じられない。グィネヴィアとこうして愛し合っているなんて夢みたいだ。初めて会ったあの日に、絶対に手の届かない高嶺の花に恋してしまったと諦めていたのに」
酔った時にも似たようなことをもっと色っぽく饒舌に言ってくれてたけど、素面でもちゃんと言ってくれるなんて。
それはわたくしも同じ。諦めたはずの初恋。
「わたくしも夢みたい。一目惚れだったの。ずーっとダーマッドが、好き」
蕩けるような深いキスを何度も何度も重ねる。唇が痺れてくるとダーマッドの手が身体を触り始めた。
え?今、朝なんですけど?夜明けまで愛し合った後の。
「私もずっと愛してるグィネヴィア。初めて会った日から、これまでこうして触れ合うことが出来なかった分を取り返「だめーーーー!これ以上はむりーーーーー!」
ぷっとダーマッドが吹き出してごろんと横たわる。
「しないよ。そろそろアリーに寝室立ち入り禁止をくらいそう……もうすぐ仕事に出ないといけないし。それまでこうしてていい?」
ダーマッドの温かい腕が優しく慈しむようにわたくしを抱き締めた。
本編終了です。最後までお読み頂きありがとうございました。
入れるタイミングを逸したエピソードが少々あるのでいつか余話を上げるかもしれません。




