罪人
異世界転生前の現実世界の話も書きたいのですが、時間がないことと、文系故に核戦争が始まった場合の世界情勢や地球環境の変化の知識と資料が自分の手元にないので書けません。
書くとしたら、自分が作家になってこの作品が実写化した場合「実写化なんて一部を除いてつまらないから一層、スレッズのように娯楽性を捨て、リアリティを追求しよう」という我儘を通す時でしょう。
時は経ち、一年が経った。
たった一年で世界は一変した。
他国も放射能で苦しみ、国交は全て途絶えた。
政府は死んだ。大多数の死傷者を出しながらも何一つ改善案を出さないどころか国民を見捨てた政府に対し、不満が爆発した国民が武力による反乱を起こした。
三ヶ月続いた内乱によって政府は事実上崩壊となり、日本は無政府状態となった。
かっと言って反乱軍が勝利したわけでもない。この反乱は両陣営があまりにも人員、物資や精神的な疲弊により、戦闘が継続できなくなっただけだ。
この反乱でいい方向に変わったことは一つもない。
平和という言葉は過去のものとのなり、死が常に隣り合わせ。場所によるが数メートル歩けば人の死体が転がっているのは当然。
転がる死体は限界を迎えた医療機関が見捨てざるえなかった人間達。埋葬もされず野晒のまま腐っていく死体はやがて疫病を撒き散らす爆弾となり、放射能と飢えで苦しむ人々を襲った。
崩壊前の政府の発表ではその当時の日本の人口は三千人を切っていた。
まさに地獄という言葉がふさわしい。そんな世界でもロウと光は懸命に生きていた。
「光、ご飯だぞ」
小さな廃墟の隅で蹲る光にロウは砂埃で汚れた乾いたパンを光に差し出す。
両親を殺して以降、光の心は死に、感情表現を一切しなくなった。
ただ、ロウに言われた通り歩き、ご飯を食べるだけのペットのような存在だった。
「調子はどうなんだ」
キリヤがロウの背後から光の様子を伺う。
「今日はいい感じだ」
「そうか」
無表情のまま、パンを食べさせられる光をキリヤは怪訝そうに見つめる。
「なぁ、これでいいのか?」
「……その話はなしって決めてるだろう」
「こいつは生きていない。ただ、生かされている。この世界でそれは酷だろう」
溜息を吐き、キリヤは光の傍に寄り、ボサボサの髪を撫でる。
「楽にさせてやらないか」
キリヤがそう呟くと、ロウは咄嗟に懐からナイフを取り出し、キリヤの首元に当てる。
光の最期の話になるとロウは例え、生活を共にする親友であっても殺意を向ける。
過保護を越えて、光と同様に依存に近い愛情を向けていた。
「それはお前の気持ちじゃないか?」
「……そうかもな」
ナイフが当てられ少しでもロウの逆鱗に触れば死ぬという状況でもキリヤは平然としていた。
「あの人が死んだ時だ。下手に生き残るくらいなら終わった方が幸せなのかって思った」
ロウは歯を食いしばり、思わず溢れそうになる涙を必死に堪える。
ほんの数日前だ。
ロウの恋人である先輩が死んだ。殺されたわけでも餓死にしたわけでもない。
廃墟のビルから飛び降りて、自ら命を断った。
三人共にその死に立ち合ったがロウですら止めることはしなかった。
放射能で体はボロボロであり、美しかった髪の毛は全て抜けていた。
嘔吐を繰り返し、殆ど寝たきりであった。
普通に生きることですら厳しい世界でロウ達に世話をさせてしまい、負担をかける。食料も限られているにも関わらず、労力にもならない自分の為に他人を殺してまで調達する。
愛するロウが仕方がないとは嫌々ながら人を殺し、苦しむ姿を見たくなかった。
他人を苦しめてまで生きたくない。まさに生き地獄だった。
だから、命を断ち、誰もがその意思を尊重した。
哀しい運命だが、それが彼女にとっての幸せだったのだ。
「……なら、俺達も死ぬか?」
「いや。光が生きたいというならそれでいい。俺だって知り合いが死ぬのは……ごめんだからな」
ロウはこの時、理解した。
先輩が死んでキリヤもかなりショックを受け、精神的に不安定になっていると。
「……すまない。馬鹿なことをして」
「本当だ。だが、お前の方が辛いだろ」
互いが互いの生まれた傷に塩を塗り合っていただけのことだったことを知り、何とか和解することができた。
その様子をじっと光は眺めていた。
光は迷っていた。
死にたかった。親を殺し、兄の足枷となる自分の存在をこの世から消してしまいたかった。
死にたいという意思を後押しするかのように先輩の出来事。
先輩は光と二人きりの時に何度も謝っていた。
ロウを奪ってごめんなさいと。
光が頼れる存在は後にも先にもロウしかいない。それなのに恋人としてロウの隣に座り、光の居場所を奪ったことに責任を感じていた。
誰よりもに優しく、思いやれる聖母のような女性を死に追いやった要因が自分だと思うと光は大きな罪悪感に襲われた。
それに死ぬ直前、不意に浮かべた満足そうな表情に憧れを抱いてしまった。
自分も死ぬのなら何か幸せを感じながらがいい。
そう願いを抱いた。
だが、死にたいと願っても今でも死の恐怖を克服できない。
生きたいという思いと死にたいという願いが毎秒、せめぎ合っていた。
しかし、実の両親を殺した光に望む未来が来るはずがなかった。
この数日後、光は見知らぬ男達に連れ去られてしまった。




