第7節:交渉(後編)
「……それは、我々に対する侮辱か?」
「ただの事実だ。君にはやはり、事件の質が違う事が理解出来ていないようだな」
室長は、睨み付けるように少尉を見ている。
逆に少尉も、冷たい目でそれを見返していた。
無表情同士だと思っていたが、こう見ると無表情にも種類があるんだな、とマサトは思う。
「君は、以前の襲来体殲滅作戦の概要を知っているか? 《黒の装殻》四名、当時の政府軍志願兵部隊千名を中核に、総数五万に達する人員で襲来体殲滅作戦を行った」
「勿論知っている。自らの部隊創立に関わる話だ。その当時の志願兵が、後の特殻となった」
圧し殺したような声が、彼の語る言葉を重くしている。
それに対して平然と言い返す少尉に、室長は続けた。
「作戦での戦死者数は、隕石中枢を狙った志願兵で五百、作戦全体で五千名だ」
五千名。
その数字が大きすぎて、室長の後ろで立ったまま聞いていたマサトには、咄嗟にピンと来なかったが。
「入念な準備をして、四人もの《黒の装殻》が居て、その被害が出たんだ。大阪区司法局所属の人間が全滅した所で、戦死者の数にすら届かん」
この司法局に居る全員を合わせたよりも、多数の人が死んだ。
「そして戦死者の中には、当時司法局員だった、俺の親父も含まれている」
親父―――室長の父親が?
マサトは予想もしなかった人物の名前が出てきた事に驚き、同時に、どこか遠くに感じていた話が急に現実味を伴って襲ってきた。
室長の父親が、死んだ五千人の中に含まれている。
それはつまり、襲来体を放置すれば身近な人が死ぬ、という事だ。
今、司法局内でマサトが親しくしている誰かも。
大して親しくはなくとも、顔を知っている者も。
視界を見渡す限りの見知った顔が―――全員死んでいる光景を幻視して。
マサトは、背筋が怖け立つのを感じた。
想像しただけで吐き気を催すような、景色。
「分かるか? たかが参式一人に手こずるような名ばかりの特務部隊では、束になった所で奴等は潰せん。そればかりか、敵を増やすのに貢献する事になる。俺は、それを知っている」
「名ばかりか。言ってくれるな……ならば、貴様なら襲来体に対して打つ手があるのか?」
「今ならまだ、君達に全て任せるよりは可能性がある」
室長は、表示したホロスクリーンに地図を投影した。
「現在確認されている襲来体は、未確認のものを含めて三体。場所は大阪区近隣ではあるが、Lタウンの中だ。まずはこのラインを封鎖する」
地図のLタウンと大阪区の境に当たる部分が、赤く明滅した。
「ここを封鎖したまま、内部での探索を四人一組で行う。エリアを分けて、大阪区に近い所から虱潰しにだ」
Lタウン内部を細かく網目状に分けるラインが走った。
「戦闘員を1人以上配置し、襲来体を発見したら即殲滅。人相不明を発見したら報告。探索者の生体波動は装殻とのリンクで常に監視し、定時連絡も10分間隔で行わせる。まずは大阪区に侵入させない事を前提に、二十四時間体制で防衛線を構築するんだ。その上で人相不明の人数を大体でも良いから把握出来れば、敵の総数と、どの程度侵食されているかが分かる」
室長が提案したのは、人海戦術と防衛戦略だ。
特殻の様な、少数精鋭、突撃戦術という、矛としての役割に特化した部隊は苦手とする部分だろう。
少尉は、地図を睨みながら問いかける。
「現状維持と、防衛攻勢を行った場合、それぞれの被害状況のシミュレーション結果は?」
「おおよそ、10対1だ」
地図上に流れた被害予測の広がり方が赤い円と青い円で示される。
Lタウン内のエリア0と思しき場所を中心に、赤い円が大阪区を呑み、青い円がLタウン内に留まっている。
が、それだけだ。
「時間稼ぎにしか思えないが」
被害は確かに小さくなっているが、殲滅出来ている訳ではない。
広がる速度が速いか遅いかの違いでしかなかった。
だが、室長は平然と言った。
「そう、時間を稼ぐんだ。エリア0への突入許可が出るまでの時間をな。その為には、確実に襲来体を殺せる人材がチームに必要になる。……つまり、君たちだ」
「我々に指揮下に入れと?」
「違うな、合同捜査だ」
室長は地図を消した。
「君が言ったんだろう? これが襲来体案件であると確定するまでは、今回の件はあくまで参式捕獲任務と遺体が奇妙な殺人事件でしかない。同じ場所でそれが同時に起こったから合同で捜査をしている。それだけの事だ」
「それが通ると?」
いつの間にか少尉の目は真剣になっていた。
事の重大さは、実際に体験した人間でなければ分からない部分がある。
「いつまでもは、無理だ。しかし余計な横槍が入る隙は少なくなる。せめて、突入許可が出るまで保てば良い」
「大阪隕石……そこに何がある?」
少尉は、体験者の意見を無視する程の馬鹿ではなかった、という事だ。
室長は、息を吸い込んでから告げた。
「封印された、襲来体心核だ」
少尉の真剣さに対して、室長も同じ鋭さで応えていく。
「それは何だ」
「奴等の親玉、あるいは本体だ。襲来体は単体生命体ではなく、群体生命体だという事が判明している。蟻や蜂のような社会性のな。手足に過ぎん襲来体を、幾ら潰しても無意味だ。すぐに増える」
「イミテイト・コアとやらが、女王か」
「そういう事だな」
「良いだろう」
少尉は決断した。
「だが、あくまでも一時的な協力だ。こちらは参式を捕らえるまで。そちらは襲来体を退治する目処が立つまで」
「それで構わない。……お互いに準備もあるだろう。チームとしてローテーションを組む為の準備に三時間。いけるか?」
「可能だ。では、三時間後にこちらを再度尋ねさせてもらう」
少尉はうなずいて、席を立った。
※※※
「あの、ゴメン」
捜査室に戻る道すがら、マサトは前を歩く室長に謝った。
「何がだ?」
振り向きもしないまま、室長が言う。
「いや、交渉の時。途中で邪魔しちゃって」
「交渉は全て予定通りだ」
「え?」
マサトは伏せていた顔を上げた。
「お互いに合意を取り付けるための茶番だからな」
室長の顔は、前に向けられていて見えない。
「ど、どういう事?」
「組織の上に立つとな。後ろに背負った看板に対するデモンストレーションが必要になるんだ。必要な事を必要と口にするだけでは、納得しない連中だからな。少尉との会話は、メンツや矜持という言葉で益体もない自尊心を満足させるだけの豚共を納得させる為の見せかけ……対立し、譲歩したように見せただけだ。お互いにな」
「え、演技だったの?」
「別に打ち合わせちゃいないがな。交渉ごとは、お互いに譲れるラインを定めてから落とし所を探るもんだ。今回は思惑が一致してたから楽なもんだった」
あのやり取りが、楽。
マサトには信じられなかった。
側からは、本当にお互いの揚げ足を高速で取り合いながら自分の主張を押し通そうとしていたようにしか、見えなかったのだ。
「じ、じゃあ、僕がミスっても問題なかったって事?」
「同席させても問題ないから同席させた。誰もお前に交渉スキルなど期待していない」
その、余りにも冷たい口調に。
マサトは、思わず首を竦めた。
「……うん、ゴメン」
「理由もないのに謝るな」
そのまま捜査室に帰り、マサトは椅子に座った室長の斜め後ろに立って彼の頭を見下ろす。
襲来体の事が分かってから。
室長はいつにも増して苛立っている、とマサトは思っていた。
それに合わせて、マサトは室長の顔色を伺うようになり。
室長の機嫌が右肩下がりに悪化していくのを、ずっと見ていた。
ミスらしいミスはしない。
しかしどこか性急な室長に、マサトは不安を覚えていた。




