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第6節:交渉(前編)

 記録媒体の中に映った映像は、参式( ザ・サード)による装殻者の虐殺映像。


 では、なかった。


「これが、襲来体(イミテイト)?」

「そうだ」


 マサトの問い掛けに、室長はうなずいた。

 司法局の会議室でホロスクリーンに投影された映像は、恐らくは参式の視界映像だろう。


 襲われた装殻者が、殺される直前に奇妙な生命体に変質した。

 目に当たる部分のない、赤み掛かった鉱物が脈動しているような生命体だ。

 フォルムは人間に酷似しているが、決して人とは相容れないだろう。


 生物として異質。

 そう確信させる生命体が、参式によって首をねじり取られ、地面に倒れ伏した。

 途端に、鉱物のようだった頭部が再び変質し、人の頭に変わる。


「かつて、襲来体の情報を民間に秘匿出来た理由がこれだ。司法局に保管された記録を調べたが、奇妙な事に、奴らは死の直前に人に擬態するらしい」

「理由は分かってるの?」

「確信はないが、本条に連絡を入れたら返答があった」


 相変わらず仕事の早い人だな、とマサトは思った。


「ハジメさんは何て?」

「中身は完全に別物だが、外観は人そのものだから、だそうだ」


 端的極まりない室長の言葉に、マサトは首をかしげる。


「ゴメン、僕にも分かるように説明してくれない?」

「外的情報を剥ぎ取る、というのは、そのままの意味だという事だ」


 襲来体の外見変化を擬態と呼んではいるが、実際は整形なのだと言う。


「人間でも同じだが。もし整形した人間が居たとして、死んだからと言って元の顔には戻らないだろう?」

「そうだね。って事は、一体の襲来体は一度擬態したら、別の人間に擬態しない限り一生そのままって事か」

「もっと不可逆である可能性もある。一度擬態したら、二度と他の人間には成り代われないのかも知れん、というのが、本条の見解だ」

「……それ、凄く不便じゃない?」


 もし仮に襲来体の目的が潜入なら、一度バレてしまえばそれまでだ、という事になる。

 マサトはさらに続けた。


「なんか、人に成り代わる事そのものが目的みたいな……」

「お前の直感は、いつも思うが物事の本質を突いてくるな。論理的でないのが惜しいが」

「褒めてないよね? それ」

「……言葉受け取り方は、受け取った本人の問題だな」


 自分の言葉の意図を明言するのを避けて、室長は続ける。


「そう、奴らの目的は成り代わる事そのものあるのかも知れん。遺体を『人相不明(ノーフェイス)』に変えるのも同様の理由だな」


 これも過去の事件の時の話だが、人相不明を解析して分かった事は、襲来体は外観を剥ぎ取っているのではなく溶かしているのに近いらしい。

 金属を熱して、鋳型で固め直すように。


「死体が残っていては、成り代わるのに不便だからな」

「それなら、遺体を完全に溶かしちゃえばいいんじゃないの?」

「人を形も残さず消すのに、どれだけの火力、薬品や時間が必要だと思ってる。外観だけ分からなくしてしまえば、後は身元が特定される前に腐るのを待つ方が合理的だ。全員のDNA情報が保管されてる訳でもあるまいし」


 技術は発達しても、人類は何度も未曾有の災害に襲われている。

 情報面での不足が目立つのは仕方がない。

 死体には生体波動もなく、顔も体表もなく、装殻もなしとくれば、確かに個人の特定は難しい。


 映像は、二体目の襲来体を殺害した所で途切れていた。


「さて。では、今の特殻の責任者の顔を拝みに行こうか」


 感情を動かす事もなく映った人の生首を一瞥して、室長は立ち上がった。


「相手さん、この記録媒体を寄越せって言ってるけど」


 ホロスクリーンの画像を消して、マサトはチップを室長に手渡した。


「欲しいと言うのならくれてやるさ。目的を聞き出してからな」


 味方にすると人遣いが荒いが、敵に回すと厄介極まりない。

 どっちが不幸か甲乙つけ難いな、とマサトは本人にバレたら嫌味の嵐を降らされそうな事を考えた。


※※※


「襲来体の情報は公開しない。この映像を何かの取引に使うのも禁止させて貰う」


 対話の席についた特殻隊長、海野少尉はいきなり要求を突きつけた。

 大阪区司法局の客間。


 お互いに腰掛けたソファは上等だが、殺風景な部屋だ。

 部屋の空気は最悪。

 くつろぐ事を目的とした面会でないとはいえ、ハブとマングースの睨み合いに同席した事をさっそく後悔するマサトだった。


「秘匿する目的は?」


 室長の質問に、少尉が答える。


「諸君が知る必要はない」

「その言い草は認められないな。司法局は政府軍の下部組織ではない」

「現在、我々の作戦行動は全ての指揮系統に優先される」

「参式が目撃されているからか?」


 室長の問い掛けに、少尉は答えなかった。

 室長は続ける。


「その参式が、本物である保証は?」

「確証はないが、外観情報は一致している」

「君達は、襲来体というものがどういう存在か、正しく理解しているのか?」


 あ、室長怒ってる、とマサトは思った。

 知性派を気取っていて頭の回転も早いが、そもそも室長は短気なのだ。


「かつて《黒の装殻(シェルベイル)》は、襲来体と接触した。その際に外観情報をコピーし、現在参式に擬態している可能性がある」

「それで?」

「この案件は、《黒の装殻》捕縛案件ではなく、襲来体撲滅案件にシフトすべきだ。どちらがより危険度が高いか、まさか認識していない訳ではないだろう?」


 特殻の《黒の装殻》の捕獲任務は、法的にも最優先となっている。

 だが、襲来体の出現については、また事情が異なる。


 元来襲来体案件は、軍でも司法局でもなく、厚生局の管轄なのだ。


 そもそもの問題として、襲来体は人ではない。

 奴等の知性は人類と同程度とされているが、分類は飛来生命体……言うなれば害虫だ。


 高い毒性を持つ危険生物、例えばスズメバチなどが都市部に数百万規模で大量発生した場合、公的機関から人員を総動員して駆除に当たるだろう。


 襲来体の出現は、それと同様の災害と認定される。

 指揮系統の優先度に対して、室長は厳密には指揮系統に左右されない事案である事をカウンターに使っているのだ。


 しかし、少尉は揺らいだ様子もなく続ける。

 

「二つの案件を並行してはいけない理由は? 現在確認されている参式が襲来体の擬態である、という確証がない以上、二つは別の案件だという認識で間違いはないと思うが」

「ほう。ならば話は早い。襲来体の件はこちらで捜査する。で、ある以上、襲来体出現の証拠であるこのチップは渡せない」

「逆にそちらには、本当に襲来体が出現しているという確証があるのか? 現時点で、だ」

「……ないな」


 室長が苦々しげに否定する。

 その件は、これから参式に倒された個体を調べれば正式に判明するが、現在は解析待ちだ。


「ならばそれは、チップの譲渡を拒否する理由にはならない。正式な書式を揃えて出直す事だ」

「それを言うなら君もだな。チップの譲渡に関する命令書があるのか? ないなら、いかに指揮権を盾にしても無意味だ」


 二人は一歩も引かない。


 少尉の方にも書面はないのだろう。

 どの時代でも当たり前の話だが、公的機関で正式な承認を得るのは時間が掛かる。

 報告書を作成し、認可を得た上で、命令が下るのだ。


 だからこそ、少尉は現場の判断がまかり通るあの場でチップを確保したかったのだろうし。

 室長は、正式に上の判断が必要な事案を盾に取るが出来ている。


 どちらも時間稼ぎなのか。

 あるいは、何かしら手があるのか。


 マサトには判断が付かなかった。

 その内に室長が再び切り込む。


「現在の状況証拠からは、相手が襲来体である可能性の方が高いだろう。暫定的に可能性が高い方がチップを所持するのは妥当な所だと思うが」

「仮に参式を襲来体と仮定するならば、何故、あの参式は同族である襲来体を襲ったのかな?」


 少尉の言葉に、マサトは驚いた。

 それを見て室長は舌打ちし、少尉は微かに笑

みを浮かべる。


 しまった、とマサトは思った。

 室長が不利になる要素を相手に与えてしまった事になる。

 少尉は続けた。


「こちらが襲来体の件を把握していないと思っていたのだろうが、元々特殻は対襲来体を目的とした組織を前身としている」


 少尉の話は、マサトが初めて聞く話だった。

 流石に軍事関係までは、司法局の学科内容にはない。


「殺された二人が襲来体の可能性が高い事位は、既にこちらも把握済みだ。大方、チップの記録映像にはそれが映っていたのだろう?」


 図星だった。

 少尉は最初から一貫して、表情も変えずに続ける。 


「勿論、襲来体の事が確定すればそちらへの対処も行う。しかしその主体はあなた方ではなく、我々だ」


 少尉は背筋を伸ばし、膝に両手を置いた綺麗な姿勢のまま室長を見つめた。


「チップを渡せ。それは我々が保管する。元々あなた方に、拒否権はないのだ。もし正式に命令が下った際、任務を妨害したとして処分を下す事も可能なのだという事を忘れるな」


 マサトは室長の劣勢を悟った。

 しばらく黙り込み。

 それでも、抵抗する。


「……正式な命令書を持ってくる事だ。たかが一部隊が片手間に対処できるほど、襲来体は甘い存在ではない」

「何?」


 少尉の眉が、微かに跳ねた。


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