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第9節:襲来体、出現。

 Lタウンの閉鎖から一週間が経った。


 封鎖ラインに仮設された本部テントの中で、少尉が苛立ったように言った。


「何故、参式は姿を見せない?」

「それに関しては、焦っても仕方がないだろう」


 室長は、少尉を軽く嗜めてから捜査課長に訊く。


「まだ、政府からエリア0への進入許可は降りないのですか?」


 この場に居るのは、通信士含めて四人。

 全員が野戦服を身に付けていた。


「上は、そこら辺に関してかなり否定的なようやな。実際の被害に対して、エリア0の解錠はリスクが高いんちゃうか、って話になっとるようやで」


 疲れた顔で目頭を揉みながら、捜査課長は答えた。

 室長は小さく呟く。


「何をしているんだ、一体……」 


 警戒体制、特殻との協力までは上手くいった。

 被害を最小限に食い止める体制を作り、現状で発見された人相不明(ノーフェイス)は二十人。

 始末した襲来体は、参式が始末した二体を含めて八体。


 Lタウン外での被害は皆無。

 上等と言える成果だ。

 なのに、肝心のエリア0への進入許可が出ない事には、最初に少尉の言った通り、ただの無意味な時間稼ぎをしただけになる。


「このまま襲来体を駆逐して事件終了、や」

「馬鹿な事を。何故襲来体が出現したのか、原因も分からないままに事件が解決すると本気で考えてるのですか?」

「それを俺に言われても、どないも出来んよ。刑事部長から聞いた話やしな」


 そこに、司法局員が襲来体との交戦に入ったという報が来た。

 相手をしているのは、マサトと井塚のペアらしい。

 少尉は立ち上がった。


「どこへ行く?」

「現場へ。ここで実りのない話をしているよりはマシだろう」


 少尉は出ていった。

 室長は、鼻から息を吐く。


「私も出ます」


 捜査課長に言い置いて天幕を出た室長は、装殻を通して入っていた連絡に対して折り返した。


「どうだ?」


 通話に応じたのは、フラスコルシティ司法局刑事部長、空井シノ。


『輸送経路は確保しました。襲来体融解弾(ウィルスバレット)は、今から三日後にそちらに』

「何故そんなに掛かる?」

『運び屋が、寄り道をするそうで』

「何?」


 室長が眉根を寄せると、シノの含み笑いを漏らした。


『理由は秘匿しますが、ご安心を。必要な措置です』

「仕事だろう」

『私の判断ではありませんので』


 シノは、はぐらかした。

 しかし室長は追求しなかった。

 言い方はともかく、本当に秘匿されているのだろう。


『あの女にも資料を送りましたが、そちらの方の状況は?』


 室長が状況を説明すると、シノの声に険が混じる。


『……あの性悪。一体何を遊んでいるのですか』

「大阪区を預かる面々は癖が強い。手こずってるんじゃないのか?」

『あれに限ってそんな事は有り得ません』

「……信頼しているのかいないのか知らんが、せめて名前で呼んでやれ。仲の悪さは相変わらずか」

『どこに仲良く出来る要素があるのです!? 今回も、無理矢理貴方とマサトを引き抜かれて、こちらでどれだけ調整に手間が掛かったと思ってるんですか!』


 室長はため息を吐いた。

 シノがこれほど感情を露にするのは、彼女が絡んだ時くらいのものだろう。


「三日後だな?」

『はい』

「分かった」


 室長は通話を切り、一人どこかへ消えた。


※※※


 Lタウン内の廃ビルの一部が、衝撃音と共に碎けた。


 飛び散るコンクリートの破片と共に、中から三つの人影が飛び出して来る。


 一つは、脈動する鉱物のような人型の異形、襲来体(イミテイト)

 もう一つは、三対の翼を持つ捌式(テータ)

 そして最後の一つは、捌式に良く似ているがより無骨で、灰色の外殻を持つ装殻者(ベイルドマン)


 執行者(エクスネイク)陸式(ゼータ)


 司法局員に支給される一般的な装殻(ベイルド)だ。

 基本装備である麻痺弾銃(パラブレッド・ガン)を構え、襲来体を牽制する。

 幾つかが外殻を掠め、襲来体の動きが鈍った。


「良いぞ、やれ!」


 機を伺っていた捌式に、陸式を纏った井塚が怒鳴る。


出力解放(アビリティオーダー)―――!」

承認(レディ)


 捌式の声に、補助頭脳(サポーター)が応え。

 剣撃形態(スラッシュモード)で展開した、両手に握った超振動刃(スタッグバイト)が唸る。


 そのまま、宙を駆けて襲来体に向けて急降下しつつ。


「〈双顎振動(ヴァイブレイド)〉!」


 射程内に入った(インパクトの)瞬間、時間差で双刃を十字に振るった。


「ギュキィィ……ッ!」


 金属が軋るような鳴き声立てて、襲来体が砕け散る。


「被害は!?」

「全員避難しとる。咄嗟にしちゃ、俺とオメーは中々の連携やったんちゃうか?」


 装殻を解かないまま親指を立てる井塚に、マサトは頷いた。


「井塚さん、最初に思ったより予想外に強くて助かってるよ」


 スタッグバイトを畳んで前腕部に収納(ジョイント)すると、マサトは腰に手を当てて井塚を見た。


 索敵能力、状況判断力、戦闘技術。

 井塚は、どれを取っても一流に近い能力を有していた。

 正直、何で室長が彼を室員に選ばなかったのかが、不思議な位だ。


「僕、この状況が終わったら井塚さんを室員に推薦しようか?」

「遠慮しとくわ。ぶっちゃけ、責任ってぇ奴は嫌いやねん。気に食わねぇ奴の尻拭いまで、させられたぁないんや」


 マサトは笑った。


「僕と一緒だ」

「せやろ? 俺ぁ、今の立場でぼちぼち……ん?」


 そこで、装殻に通信が入った。


『ひ、東第八区画っ! 襲来体が、さ、三体同時に出現しました!』


 緊迫した声に、マサトは再度意識のスイッチを入れ替えた。


「井塚さん!」

「おう! こちら第六班、今から東第八に行くで! 詳しい状況が分かる奴ぁおるか!?」


 少し間を置いて、幾つかの返答。


『こちら第四班! 襲来体との戦闘で一名負傷!』

『こちら第七班! 特殻の少尉と合流、共に現場へ向かっています!』

『こちら十三班! 襲来体に対して、黒い装殻者が出現! 交戦しています!』


 最後の報告に対し、井塚が鋭く声を上げる。


「十三班! 黒い装殻者の該当情報は!?」

『え、AB-03……!? が、該当の装殻者は《黒の装殻(シェルベイル)》……!』


 答える捜査員に声が震えていた。


『《黒の装殻(シェルベイル)》ーーー参式(ザ・サード)です!』


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