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水音を聴く修復士は、干上がる街で恋をする  作者: 銀細工ナギ


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15/20

技師資格を奪われる日

 議会へ向かう朝、リゼットは水路の音で目を覚ました。


 細い流れの奥に、金属を擦るような不快な響きが混じっている。昨日までなかった音だった。彼女は外套を羽織り、急いで仮設水路へ向かったが、そこに着く前に、見知らぬ男たちが工房の印を掲げて立っているのを見つけた。


「リゼット・アーデンだな」


 先頭の男が羊皮紙を広げた。


「部品商会の正式な告発状だ。お前は資格のないまま技師を名乗り、都市の水路を不法に操作し、修復費を横領した疑いがある」


「私は監督官の委任を受けています」


「その委任自体が無効だ。王都の技師資格審査会は、本日付でお前の資格を停止する」


 男は別の紙を差し出した。


 そこには、リゼットの名前と、技師資格停止という文字が並んでいた。理由として記されたのは、無許可修復、記録の改ざん、住民を扇動したこと。どれも事実とは逆だった。


 周囲にいた住民たちがざわめいた。水を汲みに来た子どもが母親の背に隠れ、夜通し弁室を守った老人たちが前へ出ようとする。


「嘘だ」


 誰かが叫んだ。


「この人がいなければ、病院区は水を失っていた」


「記録を見せろ!」


 声が重なった。しかし男は動じなかった。


「騒ぐな。反抗する者は、証言の信用を失うぞ」


 その言葉に、リゼットの胸の奥が冷えた。告発は彼女一人を狙ったものではない。住民が声を上げれば、共犯者に仕立てるつもりなのだ。


 そこへエドガーが駆けつけた。彼の手には、王都から届いた封蝋付きの命令書が握られている。


「監督官殿にも通達がある」


 告発人が告げた。


「本日中に王都へ帰還せよ。都市の混乱を招いた責任について、監査局で事情を聴取する」


「私がここを離れると思うか」


 エドガーの声は低かった。


「命令です。従わなければ、あなたも職務放棄と見なされる」


 リゼットは彼の横顔を見た。怒りを抑えているのが分かる。水門を閉じるときと同じ顔だった。力を込めすぎれば、古い弁は壊れる。だが、緩めれば濁った水が一気に流れ込む。


「エドガー」


「何だ」


「帰還命令には従ってください」


 彼が振り向いた。


「君を置いていけというのか」


「違います。あなたが王都へ行けば、向こうで命令の偽造を証明できます。ここに残れば、私と一緒に反逆者にされる」


「君は資格を奪われようとしている」


「資格は紙です」


 リゼットは停止通知を見下ろした。


「私が直した水路の音まで、奪われるわけではありません」


 そのとき、仮設水路の下から、短い衝撃音が響いた。


 リゼットは反射的にしゃがみ込み、板の継ぎ目へ耳を当てた。流れが乱れている。誰かが下流側の弁を半分だけ閉じたのだ。水圧を上げ、夕刻までに破裂させるつもりだろう。


「弁を開けて!」


 彼女が叫ぶと、住民たちが一斉に動いた。だが告発人の男たちが行く手を塞ぐ。


「資格停止中の者が水路に触れることは許されない」


「このままでは病院区が止まる!」


「それが本当なら、正式な技師を呼べばいい」


 リゼットは男の顔を見た。水の音を聞いていない者の顔だった。壊れる瞬間まで、壊れていないと思い込む顔。


「なら、見ていてください」


 彼女は腰の工具袋を外し、隣にいた少女へ渡した。


「ミナ、赤い印の付いた留め具を探して。老人会の人たちは、下流の圧力計を見て。誰か、病院へ走って知らせて」


「でも、触るなと言われたぞ」


「私が触る必要はない」


 リゼットは住民たちを見回した。


「これは私の資格で直す水路ではありません。ここに水を必要とする人たちの水路です」


 最初に動いたのは、昨夜弁室で共に働いた鍛冶屋だった。次に、荷車を押していた若者が工具を拾った。ミナは板の下へ潜り込み、赤い留め具を見つけて声を上げた。


 男たちが止めようとしたが、住民の輪がそれを阻んだ。


 エドガーはその光景を見つめ、やがて命令書を二つに折った。


「私は王都へ向かう」


 リゼットが振り向く。


「本当に?」


「ただし、逃げるためではない。監査局へ、君の記録とマルタの証言を届ける」


 彼は公印の付いた封筒を差し出した。


「議会で審査を開かせろ。公開の場なら、住民は証人になれる」


「あなたが戻れない可能性もあります」


「それなら、戻る場所を君が守ってくれ」


 胸の奥で、水の音が一度だけ澄んだ。


「約束はしません」


 リゼットは封筒を受け取った。


「あなたが戻るまでに、全部を明らかにします」


 エドガーは頷き、馬車へ向かった。出発の直前、彼は振り返った。


「リゼット。資格を失っても、君は技師だ」


「それは私が決めます」


「ああ。だから、君自身で決めろ」


 馬車が去った後、仮設水路の弁が開いた。濁った水が一度だけ跳ね、それから正しい流れを取り戻す。


 リゼットは停止通知を折り畳み、工具袋の底へしまった。


 資格を奪われる日が来たとしても、技術まで奪わせるつもりはなかった。


 そして翌朝、彼女は住民たちを連れて議会の扉を叩いた。

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