イジメは続くよどこまでも
至福の時間を邪魔されたた飛鳥は、口をへの字に曲げる。怒りの感情を顔にはりつけたまま振り向いた。
背の高い男たちが立っている。幸い、この前自販機の前でたたきのめした奴らとは別人だった。みなカジュアルだが清潔感のある服装をしているし、やに下がった笑みも浮かべていない。
男たちは黙っている飛鳥をよそに、暢気な笑みを浮かべる。
「よう、山賊ちゃん!」
「……どこのどなたでしたっけ」
飛鳥は殺気を隠さずに出し、箸を二本まとめて握りしめる。その状態で拳を高くあげた飛鳥を見て、男たちが壁まで後ずさった。
「部の飲み会で会ったじゃん。その箸の持ち方怖えよ!!」
男たちに言われて、飛鳥は警戒を解いた。そういえば、部長の後ろに個性のない茶髪男がいたような気がする。しかし、わざわざ声をかけられるほど親しくもないはずだ。こいつらは何をしに来たのだろう。
「何の用?」
「最近山賊ちゃん、部活こねえじゃん。どうしてんのかなって」
舌打ちをしたいのを我慢して、飛鳥はぶっきらぼうに言った。
「……忙しいんで」
「えー、そんなことないでしょー」
「来てくれないとつまんないなあ」
飛鳥が雑に断っても、男たちはにやにやと笑いながら距離をつめてくる。彼らがなにがしたいのか、飛鳥にはすぐに察しがついた。いくつになっても、みんなで一人をいじめたい奴らというのはいるものだ。
「行く気になったら行くんで。とりあえずほっといてください」
「今日来ようよー」
「そうそう、山賊ちゃんいねえとつまんないし」
飛鳥がきつめに言っても、男たちの態度は変わらなかった。痛い目みないとわからんか、と飛鳥が立ち上がりかけたところで、つばきが動いた。
「……ご本人がイヤだと言っておられるのに、無理強いするのはどうかと思いますが」
つばきが凛とした雰囲気をまといながら言い切った。男たちが目を見開いて背筋を伸ばす。
「いや俺たちは、その方が楽しいと思って」
一人が、ぼそぼそと言い訳を始めた。しかし、つばきは全く動じず絶対零度の視線を投げ返す。
「楽しいか決めるのは本人でしょう。それでもしつこくおっしゃるなら、こちらも人を呼びますわよ。あの暴行犯たちみたいに退学になって、不快な思いをしたいのでしょうか?」
これを聞いた男たちは目を見合わせて、後退りし始めた。彼らが食堂から出て行くのを確認してから、飛鳥は肩をすくめる。
「ごめん、助かった」
「厄介なことになっているようですね」
「いじめってのはややこしくてねえ」
「誰か先生に相談した方がいいのでは?」
「あたしが言ってもねえ」
「全く……お願いですから、無茶はしないでくださいまし」
つばきが形のいい眉をひそめた。飛鳥は気遣いに感謝しつつ、頭を下げる。
「それにしても、あの暴行犯ってまさか?」
「ええ、昨日私たちで成敗した連中のことですよ。さっそく処遇について掲示が出てたでしょう?」
「そうだったっけ」
飛鳥は入学してから掲示板をまともに見たことがない。細かい字がびっしり並んでいるのを見ると、目がちかちかしてくるのだ。
「さすがに名前まではのせてませんけど、全員退学。余罪もありそうなので、警察も調べているようですわね」
「そう……じゃあ、これからは学内で顔合わせなくて済むわけね」
飛鳥が笑うと、つばきが食後のお茶を飲みながら続けた。
「ええ、喜ばしいですわ。しかし退学にまでなるのは、運が良かったと言うべきでしょうね。今回は特に、未遂ですから」
「は?」
「そんな本物の山賊みたいな顔をしないでください。結果だけ見れば、彼らは私たちと喧嘩をしただけでしょう? まだ誘拐も暴行もされてません」
確かに、と飛鳥は腕組みをした。喧嘩だけなら、男たちの親も情状酌量を求めるはずだ。処分が出たとしても、せいぜい停学がいいところだろう。
「じゃあ、なんで今回は退学に?」
「たまたまです。ほら、つい最近、有名私立大学で強姦事件があったでしょう」
つばきに言われて、ようやく飛鳥は思い出した。確かに、大規模な事件だった。
サークルの主催するパーティーで、何も知らずに来た女性を数十人まとめて酔いつぶし、それはそれは派手に行為に及んだものらしい。
「あったねえ」
「あれが連日報道されているものだから、学長も理事会も厳しめの態度をとったようですよ。件の学校と違って、全国放送されたらひとたまりもありませんから」
「ふうん」
「良いことだと思いますわ。あの連中も明らかに強姦目的でしたし、退学になったほうが世のためです」
「そうだね……」
飛鳥はうなずいて、冷えた唐揚げをたいらげた。
☆☆☆
「つばきさんが今日は作ってくれるの?」
「楽しみにしてますね」
うきうきと跳ねるような足取りで、みーちゃんと華がはしゃぐ。いつもは腕まくりして台所にいた二体は、今日はリビングで待機している。
今日炊事をするのはつばきで、飛鳥と鼓がアシスタントをやることになっていた。母に習ったので、とつばきはずいぶん自信満々だ。
張り切って材料をテーブルに並べるつばき。それを横目に、鼓がつぶやいた。
「で、あの子の腕はどうなのさ」
飛鳥は口を濁す。
「いや……お母さんに習ったとは言っても、その人も下手だと思う。基本的に代々お嬢さん育ちだし」
「了解。そのつもりで手伝う」
アシスタントたちがひそひそ話をしている間に、つばきは身支度を終えていた。ピンクのエプロンをつけ、髪をひとつにまとめて笑う姿は、同性の飛鳥から見ても実にかわいかった。これで料理がうまければ言うことはないのだが。
「では、始めましょうか」
「うん、今日は何にするの?」
「わたくしは和食がなじみ深いので、今回は和風で。ご飯とお味噌汁、ぶり大根を作ります。実家からごま豆腐とかぼちゃの煮物を持ってきましたので、品数は十分でしょう」
そんなに張り切って大丈夫か、と飛鳥は思った。なんせこの前卵焼きで四苦八苦していたのである。しかし、結局言い出せなかった。
「ご飯はもう華がたいてくれてるから、実質作るのはぶり大根と味噌汁くらいかね」
鼓はさっそく、タッパーからゴマ豆腐を取り出して盛りつけ始めている。飛鳥はゴマ豆腐というのは黒いものだと思っていたが、つばきが持ってきたものは白くて本物の豆腐のようだった。
「へえ、きれい。白いの初めて見た」
「白ゴマを使うと白くなるんですって」
二人が会話している間に、鼓はゴマ豆腐の上にきざんだ紫蘇の葉をのせている。
「ちょっとでも緑が入った方がきれいだろ?」
「うん、ばっちりばっちり。鼓も料理上手だね」
「あたしゃ切ると盛るしかできないよ」
そう言いながら、鼓の方はあっと言う間に盛りつけを終えた。さて、これからが本番だ。お手並み拝見しましょうか、と言いたげに、飛鳥たちはつばきの作業をのぞき込む。
つばきはちょうど、大根を十センチ幅の輪切りにしているところだった。飛鳥と鼓はそろって目を見開く。




