第30話|おかえり
「穏便に手を引いてもらう、完璧な作戦だと思ったんですけど……。上手く行きませんでしたね」
疑似陽光が消えた庭に、星空の帳を降ろして。
お風呂でホカホカになった後、お布団の上で隣に横になったアルセルさんに、小さな声でそう言えば、珍しく殊勝な私の態度に驚いたのか、アルセルさんが一瞬ポカンとした顔をしました。
けれどすぐ、
「散々、力の差を見せつけてやったから、まあ、おいそれと手出しはしてこないだろう」
と、小さな子供にでもするように、優しく笑ってくれました。
アルセルさんの幸せを一番に考えてあげられなかった、自分の駄目さを痛感します。
それでも――
幼い頃からずっと、そうやって自分だけを甘やかしてくれる存在に憧れていた私が、思わず瞳を潤ませ、その肩に頭を預けようとした、その時でした。
「そうだ、忘れていた!!」
アルセルさんが突然、そんな大声を上げ跳ね起きました。
「戦利品だ」
そう言って、アルセルさんがギン君から渡されたあの大きな鞄から嬉しそうに取り出してみせたもの、それは――
卵とベーコンと牛乳。
そして、お城で使っていた、フカフカの枕二つでした。
「どうだ?!」
敷いた枕の上に問答無用で寝かされて、酷くキラキラした目で聞かれ、
「え……あぁ、その、とっても寝心地がいいです。これなら首を寝違えることもなさそうです」
と答えれば、アルセルさんは『そうだろう、そうだろう』と、辺境伯位を賜ったときよりも、ずっと誇らしげな顔をしました。
それがおかしくて思わず吹き出せば、
「いらないならやらんぞ」
いたずらっ子のような顔をしたアルセルさんに、私のフカフカ枕を取られてしまいました。
「返してください!」
仕返しに、今まで使っていた手作り枕を投げつければ、すぐさま同じものが飛んできます。
こうして私は、様々な感慨にふける間もなく、以前アルセルさんに断られていた念願の枕投げを、心ゆくまで堪能することとなったのでした。
眠りに落ちる直前――
「おかえり」
アルセルさんが不意にかけてくれたその言葉に、私はちゃんと返事を返せたでしょうか。
それは、自分でも分かりませんが……。
それ以来、私の夢の中に黄色いあの人が現れることは、もうありませんでした。
◆◆◆◆◆◆
眠る前――
ヒナタに王宮から持ってきた枕を見せれば、彼女が困惑しながらも、首飾りやドレスを贈った時より明らかに嬉しそうな顔をしたので、思わず笑ってしまった。
『穏便に手を引いてもらう、完璧な作戦だと思ったんですけど……。上手く行きませんでしたね』
ヒナタはそう言うが……。
自分はヒナタのおかげで人間の姿を取り戻し、再び日の光の下を歩くことが出来た。
そのうえ、二人揃って無事にダンジョンへ帰ってくることも出来たのだ。
これのどこが上手くいかなかったというのか、やはり全く理解出来ない。
でも……。
きっと今はまだ、分からないままでいいのだろう。
何故なら、地上とは違い、ここにはまだ沢山の時間があるのだから。
そんなことを思いながら目を閉じようとした、その時だった。
こちらを見ていたヒナタの顔が、酷く心もとなさそうに見えて。
「おかえり」
思わずそう言えば――ヒナタが笑った。
本物の陽光よりも、かつて恋い焦がれた、太陽のような淡い金髪よりも、ずっと眩しく、愛おしい。
長く降り積もった雪を溶かし、もう一度春を連れてくるような。
そんな、ヒナタという名にふさわしい暖かな笑顔だった。
スースーというヒナタの寝息が聞こえ始め、さて自分もいい加減寝てしまおうと思った時だった。
寝返りを打ったはずみで、枕の中に忍ばせておいたまますっかり忘れていた箱で額を打った。
枕の中から取り出し、そのビロードの箱を開ければ、なんとなく照れくさくて首飾りと一緒に渡せなかったサファイアブルーの指輪が、誰に使われた事も無い綺麗な状態のまま収まっていた。
一瞬、眠るヒナタの指に嵌めて驚かせようかと思って――
そんな勝手な真似は、やめることにした。
そうして、いつか、食い物や生活雑貨よりもこれを喜んでもらえる日が来たら渡そうと、オレはそれをまた自分の枕の中に仕舞ったのだった。
たくさんあるお話の中から、この作品を見つけて最後まで読んでくださり本当にありがとうございました。




