■01話 キモいから服着ろ
春。何かと物事が新しくなる季節。この新鮮な感じが好きだなと教室を見渡す女子、石灰シーエは思う。
高校2年になって様変わりしたクラスのメンバー。1年の時に仲良くなった友人とクラスが別になってしまうのは寂しいが、別に友達でなくなる訳でもない。交流は持てる。それよりも今は──新しい出会いを。
シーエ
「よ! ウチの名前は石灰シーエ。今日からヨロシクな!」
と、シーエは隣に座った男子、苦土エムジに話しかけた。
エムジ
「あぁ、よろしくな」
* * *
新学期の投稿初日は新担任の自己紹介に軽いガイダンスと、早めに学校が終わるものだ。終礼の挨拶を終えその後は解散もとい、シーエにとっての自由時間。
これは隣のイケメン男子との交流を深めるべきだろうと話に花をさかせる。
交友関係は多い方が人生は面白い。幸い隣の男子──エムジも会話に付き合ってくれる。というか初対面なのにかなり話が合う。
シーエ
「ほえー、生物の授業が好きなのか」
エムジ
「あぁ。石灰もそうみたいだな」
シーエ
「シーエで良いよ」
エムジ
「なら俺もエムジで」
シーエ
「りょ。いいよね生き物!」
生き物は良い。とある理由で生物学にのめりこんだシーエにとって、その話題を共有できる相手に出会えたのは嬉しい事だった。
互いにどんな生き物が好きか、それは何故かを語っていたらいつの間にか時刻は夕暮れ。教室にシーエとエムジ以外の人間はいなくなっていた。
さてさて、そんな話の合う相手を見つけたならもっと仲良くなって確信的会話をするためにも、前提をすっ飛ばしますか。
周囲に人がいなくなった今こそチャンスである。
と、シーエはおもむろに下半身の衣服を脱ぎ去りエムジに迫る。
エムジ
「何やってんだお前、キモいから服着ろ」
しかしエムジの反応はシーエにとって意外なものだった。
シーエ
「……珍しい反応だな。照れでも驚きでもなく、純粋な嫌悪を感じる」
エムジ
「そりゃキモいからな。何でいきなり服脱いでるんだ」
シーエ
「いやー、ウチって性的な目で目られることが多くてさー。まぁそれはウチが頼まれれば誰とでもヤるのが理由の一つでもあるけど……」
エムジ
「1年の時に噂で聞いたことがあるな。頼めばヤらせてくれる最高の女子がいるって。それがお前か」
シーエ
「そそ」
エムジ
「なんでそんな事してるんだ?」
シーエ
「いやー、ワンチャンエロいこと出来ないかなって探りを入れられてる期間がウチ的に一番鬱陶しいんよね。毎回『可愛いね』とか言ってくるのが面倒くさい。だからさっさとヤって、その次のステップに行きたくて」
エムジ
「それで俺とヤろうとした訳か。だとしても誰とでも肉体関係を持つには理由が弱く感じるが」
シーエ
「ウチはセックスが好きなのでねー」
エムジ
「そうは見えねーが?」
シーエ
「……ほう。なぜそう思う?」
シーエはエムジへの興味をいっそう強める。単に自分に興奮しない男というだけで面白いのだが、ここまで自分の本心を見抜いて来る相手にはいまだ出会ったことが無い。
エムジ
「お前からメス臭さを感じねー。俺も何度か女性に迫られた事はあるが、皆必死さというか、息が荒いというか、そういった通常ではないオーラがあった。でも今のお前は至って冷静だ。俺に対して興奮してるように見えねー」
シーエ
「すごいなお前。そんなのわかるのか」
エムジ
「で、そんなセックスが好きではないお前が何で複数人と関係を持つ?」
シーエ
「んー、好きではないって言うと語弊があるな。セックスは好きだよ。そこに性欲が乗ってないってだけだ」
エムジ
「どういう事だ?」
エムジはエムジで懐疑的だ。下半身裸で自分にしゃべりかける女。そういった迫られる経験は過去にした事があるが、目の前の女子、シーエのそれはやはり今までと違う。
エムジもまた、シーエに対して興味を強めていった。
シーエ
「ウチは生き物が本当に好きなんだ。セックス、つまり性行為は繁殖のための行為だ。それをしてる間、ウチは自分が生き物だと実感する。醜悪な生物のサイクルの中にいると」
エムジ
「醜悪」
シーエ
「生き物ってキモいじゃん? さっきウチが服を脱いだ時にキモいと言ったお前ならわかると思う。性行為って気持ち悪いだろ」
エムジは目を見開く。この感覚、自分がずっと感じていて周囲には伝わらなかった感覚をシーエは持っている。
もしかしたら、こいつなら自分の悩みを、内面を打ち明けても良いのではないか。
エムジ
「わかる。わかるが、だからこそ何でその醜悪と思う行為をわざわざするんだ?」
シーエ
「ウチはキモいものが好きだから」
エムジ
「えぇ……」
シーエ
「いや引くなよー。キモいからこそ、ウチは生き物が好きなんだ。見ててゾワゾワするっていうか、感情が大きく動くっていうか……。それにウチはMだから、キモい行為をしてる自分に酔えるんだよ」
エムジ
「えぇ……」
シーエ
「だから引くなって!」
何か思ってたのと違う。エムジはそう思ったがそれはそれとして自分と同じ感覚を持っていることは確かだ。それを嫌悪しているか、歓迎しているかの違いはあるが。
エムジ
「つまり俺を使って自慰行為をしようとした訳か」
シーエ
「そうそう! まぁでも一番大きな理由は、さっき言った煩わしい男女の前座をすっ飛ばしたいってのだけどな」
エムジ
「なるほどな。お前からメス臭さを感じない理由がわかった気がするわ」
シーエ
「逆にお前からも微塵もオス臭さを感じない。生命の営みをキモいと思ってても、それとは別に性欲はあるものじゃないのか? 少なくともウチにはあるぞ。まだ十代だからあまり強くはないが、三十路にもなれば性欲に支配されるだろう」
エムジの疑問は大体氷解したが、シーエ側が感じている違和感はまだ消えていない。
霊長類ヒト科の男性は、多くの場合思春期に見境なく女性に発情をするものだ。これはヒトという種の本能が影響している。野生下でのヒトは1頭のオスを中心にハーレムを生成する生態をしている。
そのためオスは多数のメスに発情し、交尾をし、自分の群れを作り上げる。
反対にメスは一度妊娠すると次の子を産むまでに時間をとられるので、よりよいオスの遺伝子を欲しがる。そのため基本的に思春期のメスは簡単にオスの交尾を受け入れず、より強く優秀な個体を選別するようになる。
これが性欲の正体である。20代、30代となるとホルモンバランスの都合でこの男性側の性欲の方が強いという状況は変わってくるが、少なくとも10代ではそう出来ている。
しかし目の前の男子、エムジからはその性欲を一切感じないのだ。
エムジ
「俺自身よく分かんねぇんだ。他の男子が当たり前に話してる、エロいって感覚が、俺には理解できない」
シーエ
「……アセクシャルか」
シーエは納得する。アセクシャル、無性愛者。性欲という概念が無く、誰にも発情しない人間。
現代の地球はヒトにとって環境がすこぶる良く、弱肉強食とは無縁である。そのため野生の時の本能を持ってない個体も問題なく成長できる。
社会的にも多様性の時代である。エムジの様な人間がいること自体はなんら不思議はなかった。
エムジ
「診断してもらった訳じゃないから確定では無いがな。似たようなもんだと思う。だからその感覚を理解したくて、生物学を学んでる。共感は出来ずともシステムとして理解は出来るからな」
シーエ
「なるほど。面白いなお前。互いに生物が好きでも、その動機はまるで違う。性に嫌悪感を抱くのは同じだが、距離のとり方はまるで違う。ウチら、少し似ててその実結構違うな」
エムジ
「おれもお前みたいなのには会ったことが無いな。俺の内面をここまで話した相手も初めてだ」
シーエはエムジへの興味を一層深める。
エムジは自分の内面を初めて吐露する。
2人の高校生の交流はこうして始まるのだった。
シーエ
「なぁエムジ、友達になろうぜ。お前とは楽しい話が沢山できる気がする」
エムジ
「そう思うならまず服を着ろ。じゃないとキモくてお前の方を見ることも出来ん」
シーエ
「えー?」




