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39・英雄演説

  1944(昭和19)年6月20日、ワシントンDC


「今日は重大な発表をしなければならない」


 ルーズベルトは聴衆を前にそう口を開いた。


「既に喜びを分かち合う諸君らにはつらい話になるだろう」


「先日、カンペールの解放に成功した。しかし、オディエルヌ湾に上陸した昨年11月よりこれまで、我々は5万の英雄を失った」


 実際には大西洋での犠牲を含めれば、戦死者だけで20万に迫る酷さである。

 サラトガ、レンジャーも沈み、輸送船舶の喪失は数えるのがバカらしくなるほどに達している。

 さらに、つい最近までアイルランドから長駆飛来するしかなかった陸軍航空隊の疲弊は数字では読み取れない酷さに達してもいた。


「なぜこれほどの犠牲を払ってまでヨーロッパへと渡っているのか?皆にも理解して欲しい」


「敵は悪魔である。世界を闇に包まんとするその軍勢は、今日も古き歴史と伝統を持ったヨーロッパ各地で破壊の限りを尽くしている。我々しか、彼らを救い出せる者は居ない」


「我々アメリカ合衆国は神の導きにより建国された国であり、悪魔討伐は使命である。我々しか悪魔の討伐を行える力を有してはいない」


「5万もの英雄を失い哀しみに心打ちひしがれるのは私も同じ。しかし、ここで挫けては悪魔の跳梁を許してしまう。神によって我々に与えられた使命を忘れてはならない」


「まだ悪魔からの解放は始まったばかり。これからも多くの英雄が斃れる事になるだろう。しかし、我々には哀しみに打ちひしがれている暇はない。ヨーロッパを、世界を悪魔の闇から解放しなければ、我々の生きる大地すら危険に晒される。その様な事は断じて許してはならない」


「ここに集まった皆は覚えているだろう。憎き悪魔がパールハーバーを騙し討ちしたあの惨劇を」


「この世界の東西には悪魔が棲み、今も我々を狙っている。太平洋において、今日も悪魔に挑み続ける英雄が居る」


「彼らの奮闘に私は心から感謝し、尊敬する」


「しかし、悪魔は強大であり、さらなる英雄を求めなければならない。我々には使命があり、我々こそが英雄である。そして、我々は明日の英雄を求めている」


「我々アメリカ人は悪魔を倒し、世界に神の光と祝福をもたらさなければならない」


「アメリカ人よ。私により大きな力を。我々をさらに偉大な国とする力を貸して欲しい」


 演説を聴いた聴衆が割れんばかりの拍手と歓声で応える姿に、ルーズベルトは感極まる様に目頭を押さえるのだった。


「やれやれ、トンだ詐欺だな。たしかにヒトラーは悪魔だ。だが、お前は何だ?勇者や救世主とでも言うつもりか?世界を貪ろうとしているくせに」


 ビヤ樽然とした人物が呟く様にそう口にしながら、申し訳程度の拍手をルーズベルトへと送った。


 

 アメリカは大統領選の年に当たり、戦争の最中ではあるが、国内では選挙戦が華々しく展開されている。


 今のアメリカは一見すれば絶好調である。全てが華々しく右肩上がり、憂いなど何一つ感じさせない。


 それを体現するのが今のルーズベルトであった。


 だが、彼は追い詰められている。


 参戦からこれまで勝利と呼べるモノを何一つ得ること無く、ダラダラ戦いだけが続いている。

 政府は厳しく情報を統制しており、ブルターニュの実態も、ソロモンの実態も、アメリカ国内では知る事が難しい。


 カンペール周辺の戦場には夥しいアメリカ兵の遺体が横たわり、ソロモンの島々では乏しい食料に兵士が痩せ細っている現実など、演説に集まった聴衆は知る由もなかったのである。



「閣下、一先ずカンペールを奪い、橋頭堡は確保出来ました。ブレストは連日の爆撃で潜水艦バンカーを除いて見るべき目標もありません。ロリアンも似たような状態です」


 陸軍参謀長がルーズベルトにそう進言する


「ブレストやロリアンを更地にしてしまった事を、あの狂犬が喚いているのに、かね?」


 ルーズベルトはため息混じりにそう問い返す。


 実際、ブレストやロリアンは潜水艦バンカーしか建造物が見当たらないほど徹底した爆撃により、歴史的建造物も街の文化も何もかもが焼き払われ、破壊され尽くしていた。

 潜水艦バンカーとて、単に壊せないだけに過ぎない。


 演説にあったヨーロッパを破壊する悪魔とは誰なのか?ブルターニュの市民からは、違う答えが返って来そうな惨状であった。


「ブレスト、ロリアンともに湾内にも機雷を多数敷設済みです。一時より潜水艦による被害も抑えられている今こそ、増援を送るべきかと」


 参謀長はルーズベルトの嫌味に何ら答えずに進言を続けた。実際、ルーズベルトも自由フランス首班が迷惑なだけに過ぎず、ブルターニュの破壊をさして気に掛けてはいなかった。


「ならば、海軍としては陸軍の航空戦力が整い次第、主だった艦艇を太平洋へ回したい」


 参謀長に対してそう提案する海軍作戦部長は、チラッとルーズベルトへと視線を送る。


「だ、そうだ。私としても忌々しいナグモをどうにかしたい」


 ルーズベルトはその視線に応える様にそう口にした。


「わかりました。戦線が整い次第、実行出来る様に致します」


 ルーズベルトは選挙戦を大差で勝ち抜くためにも、劇的な勝利を望んでいた。


 こうして1944(昭和19)年9月、アメリカが誇る大艦隊が、大規模工事によって拡張されたパナマ運河を抜け、太平洋へと現れるのであった。

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>>こうして1944(昭和19)年9月、アメリカが誇る大艦隊が、大規模工事によって拡張されたパナマ運河を抜け、太平洋へと現れるのであった。 もはや生け贄の羊の群れにしか見えないです。 最近までジーク…
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