18・G作戦
1942(昭和17)年11月8日、地中海
南雲は独伊が占領し、利用可能となったスエズ運河を通って地中海へとやって来ていた。すでにイタリア軍の一部はエチオピアへと向かい、植民地回復作戦を始めている。
わざわざ地中海へとやって来た目的の一つは、独伊で不足しているであろう天然ゴムの搬入である。
日本はマレーと言う天然ゴム産地を掌握しており、スエズ運河の開通を祝って送り届ける事になったのである。
そして、もう一つの目的はジブラルタル攻撃であった。
「なぜイタリアはこうもイギリスを野放しにしているんでしょうね」
アレクサンドリアで聞いた話を思い出して源田がそんな事を言う。
「言ってもせん無い話ではあるが、ドイツもイタリアもジブラルタルまで往復できる戦闘機を有していないらしい」
草鹿がそう言うと、唖然とする源田。
「それで地中海を戦場にするなど、冗談にも程があります」
そんな会話を聞いていた南雲も、内心同意するのだった。
なにせ、ドイツやイタリアにゼロ戦とまでは行かずとも、もう少し足の長い戦闘機さえ装備していれば、ロンドン空襲もマルタ包囲戦もこうは苦労していないはずなのだが、彼らにはそう言う発想がない事に呆れていた。
「それにしてもイタリア軍人の喰いつきが凄かったですね。よほど空母に興味があるらしい」
当時、イタリアも空母建造を開始していたが、資材不足をはじめとする諸問題から進捗は遅れ気味であった。
「G作戦の帰途、イタリアを訪れて空母を見学させよとの軍令部からの指示もあるし、どうせ帰れば新型機に転換するから、機体をいくらか引渡しても良いらしい」
南雲艦隊は開戦以来戦い詰めであり、インド洋作戦が上手く行き過ぎた事もあって未だ満足な改修や機種の更新が行われていなかった。
時折シンガポールで整備や電探の改造や交換が行われはしたが、それだけであり、あとは現行型機の補充を受けるばかり。すでに基地航空隊にはゼロ戦三二型の配備がはじまり、その性能差に驚く事もあったが、自分たちは手に出来ていなかった。
「そうでした。帰還後はゼロ戦ではなく母艦用の新型艦戦、新型艦爆に更新が待っているんでした!!」
源田はその話に気分が高揚していた。
新型艦戦とは、怪文書にあったF8Fベアキャットを参考に糸川技師が弄り倒した艦上戦闘機「海風」である。
同時に要求された寿の複列化によって2000馬力を得た新型エンジンを搭載し、最高速度は650キロを謳う新鋭。武装もベルト給弾化された九九式20ミリ二号機銃を4丁備え、増槽マシマシであればゼロ戦二一型にも劣らない航続距離を誇る。
ただし、全備重量が5トンにも達する事から、源田が思う様な運用にはカタパルトの必要性が生じる事になるのだが。
新型艦爆は既にケ魂部隊が訓練に勤しむ彗星を積むことになるが、こちらも戦闘機並みのサイズで滑走距離が長いというアクの強い機体であり、零式艦爆のようにはいかない機体なのだが。
そんな、どこか弛緩した空気が流れる赤城艦橋に敵発見の報告が飛び込んで来た。
「偵察機より、ヨークタウン型空母発見との報告です!ほかにイギリス海軍インド型空母、王族型戦艦、ネルソン型戦艦2!」
「何?米英の二カ国艦隊だと?」
南雲らにとっては全く想定外の事態であったが、この時米英は北アフリカにおいて起死回生を目論んだトーチ作戦を発動していたのだった。
空母を次々と失っていたイギリス海軍はアメリカに応援を頼み、空母ホーネットがH部隊に加わっている状態であった。
「都合が良いじゃないですか。ジブラルタルは要衝とは言え、大きな軍港ではありません。この艦隊こそが重要な目標です!」
南雲はコンビを組んで初めて源田の意見に心から賛同し、率いた6隻の空母に出撃を命じた。
ただ、攻撃準備など整っていなかったことで二航戦以外の攻撃隊は発艦が遅れ、五月雨式に攻撃に向かった二航戦とは時間差が生じてしまう。
まさか海側から本格的な攻撃が来るとは思っていなかったH部隊の対応の遅れもあって二航戦が放った攻撃隊は防空戦闘機の妨害をあまり受けることなく目標である空母を攻撃することが出来た。
二航戦が放った攻撃隊が去った後、ようやく他4隻からの攻撃隊が殺到した事でH部隊の防空は混乱し、より少ない妨害の中で次々と攻撃を成功させていく。
「ヨークタウン型空母撃沈、インド型空母撃沈、王族型戦艦撃沈、ネルソン型戦艦2隻撃沈・・・」
強力な機動部隊に襲撃を受ける事など想定していなかったH部隊の完敗であった。
さらに上陸部隊に配されていた護衛空母なども日本軍艦載機の行動範囲など把握しておらず、見当違いな近海の捜索のみを行い、敵は不明との結論に至るのだが、翌朝、偵察機と思われる敵影を確認の後、180機もの襲撃を受けアルジェ上陸部隊の輸送船団には12隻の沈没を含む大損害が生じ、上陸させていた物資までもがタ弾によって無残に焼き払われてしまった。
オランでも状況は似たようなもので、まさか攻撃などないだろうと思っていたところへ160機もの大編隊の攻撃を受け、アルジェ同様に上陸作戦は失敗の憂き目を見る事になった。
「どうやらこの辺りの陸はイギリスの支配下にあるらしく、スピットファイアが迎撃に上がって来たようです」
そう報告を受けた南雲は悩んだ。
このまま敵中をジブラルタルまで進むべきか、周辺の敵をある程度掃討して撤退すべきか。
「迷う事はありません!このままジブラルタルを破壊すれば地中海は我らが制したも同然です!!」
源田がそう息巻くのを見て、これまでの法則を思い出した南雲は
「周辺海域を掃討の後、撤退する。敵地で長居は無用だ」
勝利の法則。それは源田が進言した事の反対を行う事だった。
南雲艦隊はアルジェリア沿岸を荒らせるだけ荒らした後、イタリアへと舵を切り、去っていくのだった。
1942(昭和17)年11月9日、ロンドン
「何だって?ちょっと何言ってるのか分からないんだが」
チャーチルは報告が全く理解できずに聞き返す。
「はい。トーチ作戦に投入したH部隊主力が全滅しました。さらにアルジェ、オランの上陸船団も甚大な損害により上陸を中止、計画の3割も上陸できていません」
「今日はエイプリルフールか何かかね?私は冗談が聞きたいのではないのだよ」
チャーチルは相手を睨んだが、動揺は無い。それどころか、その眼には哀れみさえ見られたほどである。
「日本の、ナグモだと?冗談にもほどがある。連中がスエズ運河を抜けて地中海を荒らしに来ているだと?ルーズベルトは、あの業突く張りは何をやっているんだ!」
チャーチルは南雲の艦隊による損失を数える事すら拒否していた。もう、来年の作戦など考えられない。だからと言ってすべてをアメリカ任せにしてしまえば、きっとジブラルタルにも星条旗が翻る事になるのは目に見えていた。
さらに怖いのは、連合国側の劣勢をフランコがどう受け止めるのかである。
「このまま劣勢が続いた場合、ジブラルタルはどうなると思う?」
そう問うてみたが、返答が帰ってこない。
誰もが同じ懸念を抱いていた。フランコが心変わりして攻めて来るのではないかと。




