11・珊瑚海快戦
1942(昭和17)年4月10日、連合艦隊司令部
「これで英国の脅威は消え失せた!残るは米国のみである!」
東洋艦隊壊滅の報に連合艦隊司令部は沸き立っていた。
「長官!この勢いならばフィジー、サモアを攻略し、米豪遮断を行う事も可能ではありませんか?ニューギニア北部のみを確保して長期持久など、あまりにも消極的に過ぎます!!」
参謀の剣幕に後ずさる山本だったが、今回の戦争の目的を忘れていた訳ではない。
「この戦争は止むに已まれぬ石油の途絶により始まった事。何より必要なのは南方資源の内地還送だ。ニューギニア北部、ニューブリテン島などを防壁とし、その実現を図りイギリスの陥落を待つというのが大本営の作戦である。イギリスが落ちればオーストラリアは従うしか無かろう。これ以上の戦線拡大は還送船団の不足を招きかねん」
山本は戦前に怪文書に触れ、物語上にある戦争の推移を知って衝撃を受けた一人であった。アメリカは一撃したところで退く事はなく、かと言って日本は北米に攻め込む力を持たないため、時間が経てばたつだけ不利になる。
総力戦研究所が示した英印遮断を軸とした長期持久は理に適っているという考えに理解を示していたのだが、あまりに上手く行き過ぎたインド洋作戦で南雲への嫉妬を抱いているのも事実だった。
同じ気持ちを抱いているであろう参謀たちに同情的になった山本は、ニューギニア作戦を一部変更し、ソロモン諸島へ前哨基地を建設するという妥協案を提出した。
「それでは足りません!ポートモレスビーを確保し、確実性を持たせるべきです!!」
という意見に、「ああ、そうか」と賛同する事にもつながった。
同じころ、ワシントンDC
「イギリスがインド洋で戦艦5隻と空母3隻を一挙に失ったか」
ルーズベルトは報告を聞いて唸っていた。
「それで、大型空母のレンドリースないし貸与か」
英国はモルディブ沖、そしてセイロン沖において3隻の空母を失い、以後の地中海作戦に大きな支障が出る事を予想し、米国に対して大型空母のレンドリースや貸与を要請していた。
「閣下。我々も太平洋での作戦があります。ここで複数の空母をイギリスに持っていかれてはオーストラリアを見捨てると表明する事に繋がりかねません」
イギリスは東洋艦隊の壊滅でインド洋支配が瓦解しており、北アフリカや中東の戦線を支えるための輸送に対して大きな懸念を抱く状況にあった。
「まずは、マダガスカル攻略の成否次第という判断で良いのだな?」
「はい、閣下。パールハーバーのない今、我が海軍の活動域はオーストラリア周辺に限定されますが、そちらでの攻勢によってナグモを拘引すれば、5月以降のインド洋に大きな脅威は存在しなくなります」
「可能なのかね?」
「はい、閣下。オーストラリア、ニューカレドニアを拠点としてレキシントン、ヨークタウンを中心とする空母機動群、並びに陸軍航空隊を展開しており、ジャップが進めるニューギニア侵攻への反撃を実施する計画であり、程なくホーネットの投入も可能となります。夏以降には戦艦も投入できるようになるため、是が非でもナグモグループを投入する事になるでしょう。そして、7月以降、順次真珠湾の利用も再開されていく予定です。そうなればエンタープライズの修理も実施できるでしょう」
「分かった」
ルーズベルトは今後の作戦計画を聞き、それに納得するのだった。
4月22日、ワシントンDC
「ビヤ樽がマダガスカル攻略に失敗し、さらに空母を失ったと泣きついて来たぞ。しかも、このままではエジプトへの補給もままならんそうだ」
「はい、閣下。イギリスはこれまでにインド洋において戦艦5隻、空母4隻をうしなっており。エジプト、マルタ島の防衛ともに危機的状況に陥っております。このままではエジプトの陥落が早いかマルタ島の陥落が早いかの勝負と言う事になりかねません。そのため、我が海軍はレンジャー、ワスプに加え、ホーネット、サラトガを地中海へ投入し、イギリスの支援にあたる事を進言します」
「太平洋は、オーストラリアはどうするのかね?」
ルーズベルトは暗号解読で得た情報として、日本軍がこれ以上の攻勢作戦を意図しておらず、守勢に回る事が示されているとの報告を受けていたが、納得していなかった。
「オーストラリア方面に関しては、現在の体制で維持し、圧迫を続けることになるかと存じます」
ルーズベルトとしては全く納得のいかない決定となる事に苦虫を噛み潰したような顔をしていたが、地中海が枢軸側に落ち、スエズ運河を渡してしまう事の危惧が、オーストラリアの現状より勝っていた。なにより、エジプト陥落はイギリスの戦線離脱すら招きかねないというのは大きな懸念材料であった。
1942(昭和17)年5月5日、珊瑚海
連合艦隊発案のポートモレスビー攻略、並びにソロモン諸島攻略作戦は拙速に発動され、大わらわの準備で半ば取るものもとりあえずに各部隊が出撃させられることとなった。
それでもインド洋から呼び戻された第四航空戦隊、ニューギニア作戦にあたっていた第三艦隊所属の第三航空戦隊という2つの空母部隊を投入できる余裕が存在していた。
「呼び戻されて早々南の果てだな!」
四航戦を率いる角田にとっては後輩の指揮下で活動するという窮屈極まりないセイロン空襲のストレスから解放されて元気いっぱいであった。
すでに前日にはツラギ上陸部隊が空母艦載機と思われる単発機群の空襲を受けて被害を出しており、周辺に敵空母が存在する可能性が高かった。
角田は燃えていた。
手伝い戦で後輩の風下にたったセイロン沖と違い、ここに居るのは自分だけ。しかも敵が近い。
「索敵機より敵艦隊発見の報告です!」
夜間だというのに角田は攻撃を諦めずに準備させ、索敵機を飛ばしていた。
「いよいよだ!アメリカ海軍にもケ魂の威力を見せてやれ!!」
四航戦の艦爆乗りにとって神に等しい爆弾、ケ弾。赤外線誘導装置を備えた250キロ爆弾だが、その命中率たるや他に類を見ないと彼らは信じ、ケ魂と勝手に信仰対象にすらしているのである。
他から引き合いが無いのを良いことに、四航戦ではケ弾の独占的な供給を受け、勝手に九七艦攻分までケ弾に変更していたほどだった。
夜間出撃と言う危険を冒してまで攻撃を行ったのも、ケ魂信仰故だった。「この弾なら当たる!これこそ我らの魂なり!!」そう信じた四航戦に怖いものは無かった。
発見されると思っていなかった米艦隊が警戒態勢を敷く暇もなく襲った零式艦爆ケ弾搭載機は32機。夜間の為、電探機が誘導して艦隊が居ると思しき上空に照明弾投下を行った後に攻撃を開始した。
電探でも大型で見えやすかった空母レキシントンがまず標的とされ、20機が相次いで投弾、夜間にも拘らず16発が命中するという驚異的な記録を打ち立て、ただの一撃でレキシントンを撃破してしまっている。
さらに残る零式艦爆のうち8機がヨークタウンを発見して投弾し、4発が命中。敵機発見の報からわずかな時間で襲われたことで上空へ戦闘機も上げられず、翌日に備えて駐機していた機体は為すすべなく炎上し、防火態勢が整う前に格納庫も盛大に燃え上がった。
角田はそれでも手を緩めず、あろうことか九七艦攻へケ弾を搭載させて攻撃を実施し、16機が燃え盛るヨークタウンへと投弾し、6発が命中する戦果を挙げた。
完全な奇襲に米艦隊は為すすべなく空母2隻が燃え上がったことで撤退を決断し、消火不能となった2隻の空母は雷撃処分されることとなった。
ただ、四航戦は夜間着艦による事故で搭載機の実に三分の一を失い、飛鷹は着艦事故で飛行甲板を損傷してしまい、四航戦は作戦継続を諦めるほかなくなり、ポートモレスビー攻略部隊も翌日からは陸上基地から再三の空襲を受けてしまい、祥鳳大破、瑞鳳中破、輸送船3隻沈没という被害を出して撤退が決定した。




