アルメリアの階級
アルメリア・ノース・ラジアータ視点のお話となります。
たどり着いたこじんまりとしたカフェの中で、じっと見つめるラゼルの視線に首を傾げてみせる。
「ラゼル?どうしたの?」
問いかけた言葉に、ラゼルは数度首をうんうんと捻っては、意を決したように口を開いた。
「アルメリアは、あの子達とはどう言った知り合いなの?」
ラゼルのさすあの子達。というのはきっと広場で出会った子供たちのことなのだろうと、頭の中で考えて、ゆっくりと口を開く。
「あの子達は、この街の孤児院の1つに住まう子供達で、視察に行った時に出会ったのよ」
「視察?」
言葉の意味が分からないわけではないのだろう。どうして、視察?という意味なのだろう言葉のおうむ返しに、ふとラゼルとの会話を頭の中で思い出す。
「あら?私、もしかして、この街が我がラジアータ家の領地だと言っていなかったかしら・・・?」
説明した会話の記憶のない私の言葉は、事実だったのか、ラゼルが少し納得したように頷いていた。
「知らなかった。・・・でも、そうだったんだね。なんとなく納得したや」
「納得?」
何に納得したのか。その意味で問いかけたその言葉にラゼルは頷いた。
「うん。この街のみんな、アルメリアの名前を知っているし、さっきも・・・あ。ううん、なんでもない」
途中で言葉を切ったラゼルは首を振って笑った。
突っ込んで聞く必要のない言葉と思い、納得する。
この街に住まう人ならば、私の名前を知っているのは、おそらく普通だ。領地を治めるラジアータ公爵の一族なのだから。
・・・貴族なら、それ以外の意味でも知っている者は、いるかもしれないが、平民ならばきっとそうだろうと辺りをつける。
「この辺り一帯の街なら、大体はラジアータ公爵の領地だから、きっと私の名前を知っている者は多くいると思うわ」
「そうなんだね」
感心したようなその言葉に、自身の成した事ではないのに嬉しくなる。そして、それと同時にラゼルの凄いと言ってくれた一族に恥じない人間でありたいと思う。
「失礼します。」
会話を止めたのは柔かな笑顔の店員だった。
「前を、失礼いたします。こちらが、本日のおすすめセットのクラブハウスサンドとスープでございます。」
机に並べられるボリューミーなサンドイッチと琥珀色のスープに、ラゼルが目を輝かせているのがわかった。
「・・・ナイフや、フォークはお持ち致しましょうか?」
私のことを知っている店員の気遣いなのだろうその言葉をラゼルを見ては否定する。
「いいえ、大丈夫ですわ。ありがとう」
「失礼いたしました。それでは、ごゆっくりどうぞ」
店員は静かに頭を下げると、直ぐにその場を去った。
その店員を見送っていると感じる視線に振り返ると、よかったの?と言いたげな目線のラゼルと目が合う。
肩をすかして笑って、思い切りよくクラブハウスサンドにかぶりついた。
口周りは汚さないように気をつけながらも、繰り返してかぶりつくと、虚を疲れたような顔をしていたラゼルがくすくすと笑っては同じように齧り付いていた。
口周りや手は決して汚れない綺麗な食べ方だった。
そして、かぶりつく事に不慣れな動作。
汚さない食べ方を知っている、食べ方だ。
食べる姿を盗み見していたことがバレたのか。ラゼルは首を傾げた。
口にものが入っているから話はしないけれど、瞳は明確に「どうしたの?」と訴えていた。
「なんでもないわ」
言葉と友に首を振って伝えては、再びかぶりつく。
郷に入っては郷に従え。という言葉がある。それに倣って外ではこうして貴族であるならば行儀の悪いこと言われることも沢山してきたとら思う。
その度に、新しいことを知れた気がした。
けれども、やはり普段の食べ方に比べて慣れない食べ方は時間もかかれば、綺麗に食べるのがあまり上手とも言えない。
その点で、ラゼルは不慣れではあれども、私よりも慣れた様子で食していく。
動作は美しいはずなのに、食べた方は豪快なそのアンバランス差に、なんだか笑いが溢れてしまいそうだった。
それをバレない様に飲み込んでは、口を動かす。
ボリュームの多い具材に硬めのパン。
こぼれ落ちそうになる具材に気を使いながら長い時間をかけて胃の中に収めると、一気に満腹感が訪れる。
ラゼルも同じなのか。お腹を見下ろしてはほんのり苦い顔をしていた。
「ごちそうさまでした。」
静かに手を合わせて吐き出される感謝の言葉。
それに倣って同じ行為をすると、どちらからともなく笑いが漏れる。
「おいしかったね」
嬉しそうに笑うその顔に頷く。
「えぇ、そうね。今度は他のメニューも食べてみたいわ」
「うん。そうだね!」
柔かな笑顔でそっと自然に繋がれる手に、暖かな温度を確かめる様にしっかりと握り込む。
「少しピカトゥレ市場を見回ったら、ここまで来たんですもの、ミラーレ教会に寄ってから帰りましょうか」
問いかけるような提案に、ラゼルは嬉しそうに頷いた。
「行ってみたい!」
はしゃぐラゼルのぎゅっと握りしめた手を引き寄せて歩き出す。
空を見上げれば、遥か遠くに見える太陽は夏の日差しを含んでいて肌を焼き付ける様にギラギラと輝いていた。
けれど、その暑さを一切感じさせない涼しげな顔のラゼルは笑顔で露店を眺めていた。
ふと、一点を見つめる様にして動きの止まるラゼルは、じっとその場所だけを見つめていた。
視線の先には、生地屋なのか。ウィンドウには色とりどりの生地が並んでいた。
「ラゼル・・・?気になるなら、入ってみる?」
熱心に見つめるその態度に、声をかけてみるとそこでやっとラゼルがこちらを向いた。
「えっと・・・」
言い淀む姿に珍しさを覚えながらも目線で続きを諭すとほんの少し恥ずかしげに口を開いた。
「実は、そこのお店のウィンドウに飾られてる藍色のリボンがアルメリアに似合いそうだなって、思って見てたの」
チラリともう一度視線を移した先。艶やかな藍色のリボンが1つ。ガラス製の飾り台に結ばれていた。
「綺麗ね」
思ったことをそのまま言葉に出すと、ラゼルは嬉しそうな顔で振り向いた。
その顔が可愛くて、手を引っ張っては生地屋に足を踏み入れる。
「こんにちは。あそこにある、リボンをくださるかしら?」
ガラスに飾られらリボンを見てそう言うと、店員は至急リボンをすぐさま箱に包んだ。
「ありがとう」
店を出て直ぐに、自身の髪を結んでいたリボンを解いては新しいリボンで結び直す。
「似合っているかしら?」
「・・・っ。うん!とっても!」
私の行動に驚きっぱなしだったラゼルは輝く笑顔で頷いた。
それが嬉しくて自身の口角が自然と上がっていく。
「ふふ、嬉しいわ。今日の思い出ね」
そう言うと、ラゼルは思慮するような顔をした後にコチラをみて悪戯っ子のような顔で笑った。
私の手を離したラゼルは今一度、出てきたばかりの生地屋に入ると、ラッピングもされていない同じ色のリボンを手に持っていた。
自身の髪を結んでいたリボンを外すと同じように直ぐ様結び直す。
「一緒だね」
笑顔で言うその言葉に驚きと喜びが溢れた。
「嬉しいわ」
気がつけば、喜びのままにぎゅっとラゼルの肩を抱き締めていた。
収まる華奢な体躯をもぞもぞと動かしたラゼルと至近距離で目線が絡む。
優しい色で微笑むその瞳は近くで見ると青ではなく、とても珍しい虹色の虹彩をしていた。
不思議なその虹彩に、吸い込まれる様に覗き込んでしまう。
青が基調ではあれど、所々に緑や黄色といった色が見え隠れしていた。
「アルメリア・・・?」
伺う様な目線に変わるラゼルにその体を慌てて離す。
「ごめんなさい、なんでもないわ」
首や手を振って意思を表しても、ラゼルはまだ不思議そうな顔で此方を見ていた。
「それよりも、そろそろ教会に行きましょう?」
そっと、差し出した手に柔らかな手が重なる。
「行きましょうか」
手を引いて、向かうのは、街でも1番美しい白を持つ教会だ。




