ラゼルの休日
唐突に告げられたその言葉に固まる。
意味を理解できなかったのかもしれない。もしかしたら、聞き間違いだったのかもしれない。そんな僅かばかりの思いを込めて見上げたテオさんの顔は、相変わらずバツの悪い顔をしていた。
そっと、盗み見したミレイアさんの顔もまた、困り顔のような顔で、そこでやっとちゃんと聞き間違いではないのだと理解する。
「どうして・・・?」
思ったよりも、動揺した声に自身でも驚く。
「昨日、ラゼルちゃんぐっすり眠っていたでしょう?」
ぼそりと話し始めた言葉に、コクリと頷く。
ぐっすり眠ったから、今日は特に快調だ。
「はしゃいで疲れてしまったのよ。きっと、まだ疲れが残っているから今日もお休みにしましょうってテオと離したのよ。だから、ゆっくり休んでいて欲しいの。あ、でも遊びに行くのは構わないわ。アルメリア様と何処かに行ってもいいし。お家でゆっくりしていても」
お願い。と付け加えられる言葉にぐっと押し黙る。
見ず知らずのうちに溜まる疲れと、昨日のはしゃいだ件で体調を心配されているのだと分かった。
けれど、自身の子どもらしい我儘な面が顔を出そうとしていた。
どうして?元気だよ?働きたい。ミレイアさんとテオさんと一緒に。
そう言いたい気持ちをぐっと飲み込んで頷く。
思ったよりも、不恰好な頷き方になってしまったけれど、私の様子にほっと2人が息を吐き出したのを分かった。
その様子に思ったよりも心配をかけていたのだとわかる。
私がずっと寝ていたことも、働くことを楽しいと思っている私の説得も。二重の意味で心配をかけたんだなと、押し黙る。
そのことに、今日はおとなしくお家にいようと決める。
「お家で、ゆっくりしてるね。何かあったら、呼んでね?」
何か。とは、忙しくなったら。という意味が1番だ。
それが正しく伝わったのか、2人は苦笑いのまま私に手を振った。
姿が見えなくなるまで振り返して、ゆっくりとソファーに座り込む。
思わず開いてしまったこの休日をどうしようかと、思考を巡らせる。
家にいると宣言した以上、あの高台に行って歌うことも、アルメリアと会うこともできないだろう。
うんうんと唸っていると、ふとソファーテーブルの上に転がった魔法石が目に入った。
小さく煌めく石は、霞が少なく美しい色を醸し出していた。
「魔法付与、やってみようかな・・・」
呆然と呟くその言葉に、クルクルと鳴き声が鼓膜を揺らした。
肩に乗っていた小さな体を膝の上に下ろすと、その横に小さな魔法石を並べる。
「うん。そうしよう!」
ぐっと膝に力を込めて勢いよく立ち上がると、その反動に合わせて小さな体が飛び上がった。
「フェル、お部屋に戻ろう!
今日は、ちょっとだけ魔鉱細工、頑張ろー!」
足を動かしながら話しかけると、フェルは心得たと許りに羽を羽ばたかせた。
トタトタと駆けるようにして部屋まで走ると、少し乱暴にドアを開ける。
本来の机の横に並ぶその作業台に駆け寄ると、早速と引き出しの中から魔法石を数個取り出す。
色がくすんだものから、澄んだ綺麗な色まで数種類取り出すと、机に並べていく。
順に並んだそれをくすんだ方から手に取る。
「うーん。やっぱり、わかりやすく守護魔法かな?」
うんうん、と1人頷いてしっかりと魔法石を握り込む。
手のひらが熱を持ったように熱くなる。血液とともに流れる魔力が手に集中しているのだ。
守るための力をイメージしながらゆっくりとその魔力を魔法石の中に込める。
ふわりふわりと空中を舞う魔力の鱗片が淡い光を帯びながら不安定な文字のようなものを象っていた。
徐々に手の熱がゆっくりと魔法石に移るようにして熱を持ち始める。
それに合わさるように数個の模様のような文字がしっかりと輪郭を浮かび上がらせる。そして、一瞬にして飛散した。
一気に冷めていく熱を感じながらそっと手を開けると、先ほどよりも強い魔力の光りを放つ魔法石が手の中に収まっていた。
目線の高さまで持ち上げてはじっと見つめると、フェルまでも真似るように横から私の手元を見つめた。
「出来てる。・・・けど、弱い?」
瞳に映る魔力の輝きは、薄く弱い。魔法石本来の輝きとは別の光りは、石とうまく混じり合わないのか。霞んだ輝きをしていた。
それでも、元の魔法石の頃に比べると綺麗な輝きだ。
「魔法石の力と、付与する力が合ってない、とか・・・?」
思考をそのまま口に出して、次は先ほどよりも澄んだ煌きを持つ魔法石を手に取る。
同じ容量で、今度は先ほどよりも多く。魔法石のギリギリを見極めて魔力を込める。
が、パキリと音を立てて手のひらの中で魔法石は崩れ落ちた。
「・・・う。魔力操作が、難しい。魔法石にあった量の魔力を見極めるのってこんなに難しいんだ」
たった一回にして項垂れそうになる頭を振って切り替える。
今度こそ。そう意気込んで握りしめた魔法石は、ものの見事にヒビが入った。
少し弱めに。そう思って込めた魔力では、ひとつ目と同じく、魔法石とマッチせずに、不安定な光りを帯びていた。
唸っては、ため息のように息を吐き出した。
その途端。
──ツンツン。
頬に硬く冷たい感覚が襲った。
身に覚えのある感覚に、ゆっくりと目線を動かした先。嘴で軽く突いては柔らかい頭を擦り付ける動作を繰り返すフェルがいた。
「ふふ、慰めてくれてるの?」
柔らかな頭を撫でながらそう問いかけると、フェルがこちらを見つめて、キュキュ。と鳴いた。
──そうだよ。
そう言いたげたその態度と目に、詰まっていた空気が、吐き出す息と一緒に出ていく気がした。
「うんうん。頑張るぞー、おー!」
勢いよく、上に突き出した拳に、フェルが飛び上がる。
拳の上で一瞬羽を降ろしてはすぐに飛び立ち作業台へと降り立つその姿に、まるで、拳にフェルの力を込めてくれたように感じた。
そっと、手のひらに乗せた魔法石をじっと眺める。
ほんのりとした魔力の光を帯びたその石は魔力を込める前から僅かな熱を持っていた。
「先ずは、魔法石の魔力の許容量を知ることが先なのかな・・・?」
ぎゅっと握りしめた魔法石に、魔法効果を載せずに、ゆっくりと魔力のみを込める。
熱が石に流れていくのを感じながら、込める。
決して一気に行かないように気をつけながら。
「で、できた・・・っ!」
手のひらの上に乗る石は、本来の魔力と私が入れた魔力が混じり合い、本来の輝きとは違う濃く、深い色合いで輝いていた。
その石に感動しながら、机の上に無惨に転がった残骸となってしまった石達を見る。
なるべく、同じ輝きを持つ石に何度も何度も繰り返して繰り返して。やっと、やっとできた一つなのだ。
今の感覚を忘れないようにと、同じ輝きの石を手に取り魔力を込める。
壊れないように、ゆっくりと。
開いた手のひらの上、完成した1つ目と並べると、同じような輝きを持っていた。
なんとなく、掴めたその感覚に思わず立ち上がって飛び跳ねたくなる衝動を抑える。
見上げた時計はすでにお昼を回る頃だった。
どれだけ集中していたのか。
完成した2つを作業台の新たな引き出しに直していると、唐突にノックの音が響いた。
「はーい」
「ラゼルちゃん、お昼だから一度下まで降りてきてちょうだーい?」
ノックの主である、ミレイアさんの言葉に、返事をすると、机の上の割れた魔法石達を、一つの袋にまとめる。
今度森に行く時に、持っていくためだ。
魔力の濃く残る森であるのなら、きっとこの砕けた魔法石達は、大気や大地に眠る魔力へと変換される。
もしもダメなら、あの泉へと戻そう。
それならば、新たな魔法石の種としてあの泉の中で新たな魔法石として生まれ変われるだろう。
砕いてしまった魔法石達への感謝を込めて、出来るだけ丁寧に丁寧に全てを袋から布に包み終えるとやっと立ち上がる。
魔法石のことは、また後で。
扉を通り抜けると、直ぐにお昼ご飯のことに切り替わる。
今日のお昼はなんだろう・・・?




