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ラゼルの青の遐福  作者: あいせ
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夫婦の帰路

コレット夫妻の視点のお話となります。

 幌馬車(ほろばしゃ)に乗ってから、ゆらゆらと船を漕いでいた頭がカクリと落ちる。

 手を伸ばして触れる頬にかかる規則正しいその呼吸に、眠りに入ったのだと分かる。


 項垂れる首をそっと持ち上げてもたれさせると、ほんの少しだけ、柔らかな呼吸が掠めた。


「眠っちゃったのね」


 その様子を見守っていたミレイアが穏やかな顔でそう言った。


「みたいだね」


 頬に触れる優しいミレイアの手の上に自身の手を重ねる。

 自身よりも小さなミレイアの手の向こうから、ミレイアよりもほど高い体温を感じた。


「よく眠ってる・・・」


 周りの人は少ないとはいえ、人が周りにいる中で眠るラゼルに不思議な感覚となる。

 きたばかりの頃の、あの少しの気配でも目を覚ましていたラゼルが、外で眠っているのだ。


 そっと撫で下ろした反動で動いた一房の髪を耳にかける。

 影がなくなり露わになる顔は、年齢よりも幼い寝顔だ。

 安心して眠るその姿に、もしも僕たちの側で安心を得てくれているのなら、なんて嬉しいことだろう。


 ラゼルの寝顔を眺めていると、ふと視線を感じた。

 伺うようなその視線を辿ると、幌馬車を引く初老の人だった。


「ゆっくり走りましょうか?」


 唇だけで音はなく動かされた言葉に、首を振って否定する。

 なにも、客は僕たちだけではない。揺れを気にしてゆっくり走るというその申し出は有り難いが、僕たちのためだけに馬車を遅らせるのは申し訳なかった。


 だが、そんな思いはいとも簡単に周りの客によって否定される。


「ゆっくり、走ってください。なるべく揺れないように」


 ふた席ほど隣に座っていた青年がそう言ったのだ。

 青年を振り向けば、嫋やかな表情で微笑んでこちらを見ていた。


「幼い子供が眠っているんですよ。誰も気にしません」


 そう言って周りを見渡したその青年に頷くように周りの客が口々に声量を落とした声で口を開いた。


「そうそう。眠ってる時くらい、ねぇ?」


「そうだな。」


「気にしなさんな。子供の為だ」


「ゆっくり、寝かせてあげましょう?」


 肯定の優しい言葉たちに、ミレイアの手が震えた。


「ありがとうございます」


 そっとラゼルの頬を撫でながら頭を下げるミレイアに倣って共に頭を下げる。


 振動の緩くなる幌馬車の中で、穏やかな談笑とラゼルの穏やかな寝息が鼓膜をくすぐる。

 規則正しい肺の動きは、深い眠りについているのかもしれない。



 普通よりも多く時間をかけてたどり着いた馬車乗り場で、感謝を込めてもう一度頭を下げる。


 それに対して、乗客たちは気にするなと再び首を振った。

 優しいその対応に暖かくなる胸に、今一度小さな体を抱え直す。

 見た目よりもずっと軽いその身体は、羽が生えているように軽いとさえ称せてしまう。

 人形のような顔立ちは、柔肌がうっすらと色づいていて、それだけがこの子が本当に人間であると示しているようだ。


 暖かな体温を片腕に。柔らかな手を片手に感じながらゆったりと夕暮れに染まる街を歩き出す。

 いつもよりも、時間をかけて歩く道なりにミレイアがくすくすと笑う。

 頭ひとつ分小さなその身体に視線を移すと、どこか楽しそうな顔をしていた。


「どうした?」


 問いかけてみれば、ミレイアは笑うのをやめて口を開いた。


「ごめんなさい。なんだか、嬉しくって。私がいて、貴方がいて、ラゼルちゃんがいる。・・・あの頃望んだ光景が目の前にあるんだと思うと、つい」


 頬を緩ませ、遠くを見つめるミレイアは、きっと結婚当初を思い出しているのだろう。

 子供に恵まれなかった僕たちは、早々に子供という存在を諦めた。

 2人でも、別にいいと思っていたからだ。けれども、ミレイアはそこをずっと気にしていたのかもしれない。

 そして、もしかしたら僕自身も子供という存在をどこか心のしこりになっていたのかもしれない。

 だって今、こんなにもこの温もりが愛おしい。


「そうだね。・・・血の繋がった子供ならもっと愛していたのかもしれない。ではなく、この子がいい。この子と家族として生きていきたい。僕はそう思うよ」


「ふふ、そうね。私もそう思うわ。きっと私たちのところに愛おしい子が来てくれなかったのは、ラゼルちゃんが来るためだったのと、最近は思うのよ」


 ミレイアの考えに、なるほどと思う。

 あの頃、お腹に降りてこなかった天使はこの子を待つために来なかったのか。そう思うと、より一層この子がキラキラして見えた。


 見下げた2つ影の中。すっぽりと収まり切っていて、見えないラゼルの影。

 それが、まだ幼いことを思わせてたまらなく愛おしく思った。

 そして、あの時の降りてこなかった天使が2人の影の中に降りてきてくれたのだ。


 今、改めて思う。僕は娘を(いだ)いているのだ、と。


 頭の中が、その思いが埋め尽くされる。

 愛おしい。なんて夢見心地なのだろう。愛を尽くす言葉を表しきれない程この子に捧げたい。


「改めて、言いたいわね。私たちの娘になってくれてありがとうって」


 肩を寄せたミレイアの言葉に頷く。



 愛おしい温もりを抱いて歩く道のりはあっという間で、小さなベッドにその身を横たわらせる。

 動かしても、微動だにしないその様子にミレイアがそっと額に手を伸ばした。


「熱はなさそうだけれど。本当に疲れたのね・・・。こんなにぐっすり眠ってるの初めて見たかもしれないわ」


「そうだね。・・・ご飯に起こすのはやめておこう」


 そう口にすると、ミレイアが僕の顔を見上げた。


「・・・そうね。もし、夜中にお腹が空いたと起きたのならご飯を作ってあげて、朝に起きたら消化のいいものを作ってあげましょう。そして、明日のお仕事はお休みにしてあげましょうか」


「うん。それがいいね」


 優しいミレイアの提案に、頷く。

 無理に起こしてしまうよりは、きっと寝かせてあげるのがいいだろう。夜中に起きてしまったら、寝るまで相手をしてあげればいい。

 朝に起きたのなら、おはようと迎えて一緒にご飯を食べればいい。

 ただし、ご飯を一食抜いているから、消化にいいものを。


 そこまで考えてふと、ミレイアを見る。


「ねぇ、ミレイア」


 僕の呼びかけに、首を傾げる彼女にいいことを思い付きましたとばかりに笑って見せる。


「僕も、明日のラゼルのご飯、一緒に作ってもいいかな?」


「ふっ、ふふ。いいわね。一緒に作りましょう?ラゼルちゃんの為に」


 どこか、おかしそうに笑うミレイアは優しい笑顔で僕に手を差し出した。

 自分よりも小さなその手を握りしめて、どちらからともなく笑い声が漏れる。


 その声に反応したようにもぞりと動く華奢な肩に2人揃って固まる。

 起きてしまったのかと心配とは別に、未だ夢の中にいるラゼルは、規則的な呼吸を繰り返していた。

 その様子に、目を見合わせては、また笑ってしまう。

 今度は、ラゼルの耳に届かないようにと最善を尽くしながら。



 そっと、手を伸ばして触れる額を優しく撫でる。

 どうか、いい夢をと願いながら。


「おやすみ、ラゼル」


 そう、つぶやいた僕の声に柔らかなミレイアの声が重なった。

 離した額を名残惜し気に見つめてはそっとドアを閉める。



 朝起きた時のラゼルの顔が、楽しみだな。なんて思いながら



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