ラゼルの約束
歩き続けたラグーン島の中。一際、水が迫る広場へとたどり着いた。
膝上まで浸水するその場所は、普段は出典のある活気ある広場なのだろうか。多くの人が訪れていた。
「ここは、ラードの広場。普段は市をやっているのよ。地方からもここの市に訪れる人がいる程、知っている人には有名な場所なの」
今は、市の気配はなく。人々の楽しげな声だけが聞こえていた。
普段はどんな感じなのかと想像しようとすると、バシャバシャと大きな水音を立てて走る子供が視界に飛び込んできた。
微笑ましいその姿に、笑みが漏れる。
「この島に住む子供達にとっては、この時期のアクアアルタは特別感のあるものなの」
たしかに、毎年降るはずの雪はその時期になると何処となく特別感覚あったと。思い浮かぶ。
「そうなんだね」
濡れてもいい服なのか、遠慮もなく走り回るその子供達を眺めていると、同等に鐘が鳴り響いた。
「あら、お昼の鐘ね。昼食にしましょうか」
お昼に誘うアルメリアに待ったをかける。
「今日はね、実はお昼ご飯持ってきたの。ピクニックってあるでしょ?そういうのがしてみたくて!」
「本当に!?」
途端、目を輝かせたアルメリアがずいっと近づいた。
「うん!アルメリアとピクニック、してみたかったの」
「嬉しい、嬉しいわ!
それじゃあ、ピクニックにぴったりの場所に行きましょう」
繋いだ手をぐっと引くアルメリアは、流行る気に押されるようにほんの少しだけ足早に歩く。
けれども、普段よりも水の抵抗のせいかいつもよりもゆっくりな速度だ。
そして、それは自身にも適応されていた。気持ちは逸るのに、足元だけが気持ちについていかない。それがなんだか、楽しくて笑ってしまうのだ。
たどり着いたのは、緑の生い茂る広場だった。
高潮の影響のない場所なのか。浸水している場所はなく、緑だけが広がっていた。
その中心にある一本の大木の下にシートを引く。ぽかぽかとした木漏れ日とほんのり冷たい風が頬を撫でた。
心地の良いそれに、そっと目を閉じると緑の強い香りが鼻腔をくすぐった気がした。
「ふふ」
横から聞こえる笑い声にそっと目を向けると楽しそうな笑顔が映り込む。
「ごめんなさい、私もここに初めて来た時同じことをしたわ。気持ちいいわよね」
「うん。とっても」
同じことをした。そんな事に嬉しくなる自分がそこにいた。
「この大樹、実は桜なの。春になると美しい花々を咲かせるのよ」
そっと触れた大樹を優しく撫でながらアルメリアは言った。
「そうなんだ。・・・見てみたいなぁ」
ぽそりと、漏れた言葉にアルメリアがそっと頷いた。
「春に、一緒に見に来ましょうね」
優しい優しいその約束に、戸惑いのままアルメリアを見返す。春は社交シーズン。アルメリアは貴族である限りには難しい約束のはずだ。
そんな私の考えはお見通しのようにアルメリア小指をゆっくりと立てた。
「約束よ?」
同じように私の小指に絡ませては上下に数度振った。
その仕草は指切りという約束を交わすための行為であると、そこで気が付いた。
大切な約束をするときにこの国の人が交わす行為なのだとミレイアさんが教えてくれたのだ。
「・・・うん。約束」
うっそりと微笑むアルメリアに、微笑み返す。
大切な約束だと言ってくれたアルメリアに、声に出して約束を返す。
言葉は言霊。口に出すことが大切なのだと、嘗て教えてもらったことがある。だから、大切な言葉として口にする。
「それじゃあ、いただきましょう」
にこりと笑ってお弁当を持ち上げるアルメリアにコクリと頷く。
開けた中には、お米を主食としたご飯が広がっていた。
おにぎりに卵焼き。ベーコンやサラダ。串に刺さった肉団子や唐揚げと言ったメニューが色とりどりに並んでいた。
小さなパックにはウサギさんりんごとチェリーがぎっしりと詰まっていた。
私が遊びに行くと知ったミレイアさんやテオさんと一緒に朝に作ったご飯たちだ。
「凄いわね」
ポロリとこぼれ落ちたアルメリアのその言葉に嬉しくなる。ミレイアさん達のことを褒められるのは、自身が褒められることよりも嬉しいことだった。
いつも通りのミレイアさんとテオさんの料理達。
どれも美味しくて、もっと食べていたいという気持ちにさせてくれる。
あっという間に無くなった2人分に、顔を見合わせて笑う。
しっかりとデザートまで完食したところで、アルメリアはゴロリと草原に寝転がった。
決して貴族としては、行儀の良いといえないその行為に僅かに目を見張る。
「ラゼル」
トントンと隣の草原を叩くその行為はまるで、隣へと誘っているようだった。
悩んだ末に思い切りよく寝転がった私をかさりと音を立てて、草が迎え入れてくれた。
こそこそとした、感覚が首の後ろや腕などの剥き出しの肌をくすぐった。
私が寝転んだのを見届けるとアルメリアはゆっくりと瞳を閉じる。
心地良さそうなその姿に、真似るように目を閉じた。
一陣の風が木の葉を揺らしながら体を通り抜けていく。
瞼の裏からでも、感じられる暖かな木漏れ日が肌を照らしていた。ほんの少しの眩しさがまるで初夏のはずの今を春の暖かさのように感じさせた。
深く息を吸い込んで緑をいっぱいに堪能して、瞳を開く。瞳いっぱいに光を受け入れると、こちらを向いたアルメリアと目があった。
綺麗なその菫色の瞳に、何故か似ていないはずの青々しい翠の瞳が重なって見えた。懐かしいその瞳の色に、ぽろりと気がつけば言葉が転げ落ちた。
「ねぇ、知ってる?
約束って、明日も生きてるって意味なんだよ」
ふわりと、戯れに揺れる風が髪を撫でた。
幼い頃。体の弱かった私に、ある人が言った言葉だった。
「約束をしましょう。明日も会う約束です。約束は、明日も生きてるという意味なんですよ」と。
そして、本当にその言葉だけで、私はどんなに苦しくても明日、その人に会うために生きたいと思えた。
言葉に目を見開いたアルメリアは、私の手に手を重ねるようにして握りしめた。
「約束、ですわ」
優しく微笑むその笑顔と言葉に、自然と頷いていた。
優しい雰囲気と、午後の陽気が眠気を誘う。
眠りそうになる頭を振って座り込むと、アルメリアがそっと隣に並んだ。
「そろそろ、行きましょうか」
起き上がったアルメリアに習うように立ち上がると、再びアルメリアに手を取られる。
水の中を歩きながら、ラグーン島の観光地と呼べる施設をふらふらと歩き回る。
ステンドガラスの美しい教会。魔法石の採掘場跡。
そして、アクアアルタで入れはしないが、美しい青の魔法石が作り上げた青の洞窟。
どれも美しいその施設達に、幾度となく目を奪われる。
ステンドガラスで覆われた教会は、神秘的な雰囲気と相まって、まるで人が踏み入れてはいけないような。そんな気後する雰囲気を醸し出していた。
採掘場は、古代遺跡のようで、その下を流れる水は澄んだ透明の美しさを保っていた。
青の洞窟は、青の魔法石だけで出来た洞窟であり、その昔は土の中に埋まっていたはずのその石達は長い月日をかけて成長し、そして同じだけの月日の中で水によって削り取られた土から顔を出したことによって出来た洞窟なのだと。
1つの施設を回るたびにアルメリアが説明をしてくれていた。
きっと、そのどれもが幼い頃のアルメリアの思い出なのだと思うと、輝く思い出が重なるように。
私の中にもキラキラとした思い出として刻まれていった。




