ラゼルの満潮
海に面した岸は街の喧騒が遠く、押し寄せる波の音だけが、耳に響いていた。
並んで座り込んだ岸。押し寄せる僅かな波が足先を濡らした。
手を重ねるようにして握り、隣に並んで座っているアルメリアは青く輝く空を眺めていた。
あの日のお出かけ以来、こうして休日には何度も何度も出かけるようになっていた。
「今日は、どこに行くの?」
横を見てそう問いかければ、楽しそうな笑顔が視界を埋める。
「ラグーン島よ」
遥か遠く、浮かぶ小さな島。その島に視線を移していたアルメリアはそう言った。
ラグーン島。このクウェンデの近くにある小さな島の1つであり、観光地として有名なクラリア島とは姉妹島であると聞いたことのある島だった。
水の都とも言われるクラリア島のことならば、何度か聞いたことはあるけれど、ラグーン島については、あまり聞いたことがない。
どんな島なのかと思いを馳せていると、トントン、と肩を叩かれる。
「船に乗るのだけれど、大丈夫かしら?」
その優しい言葉に頷く。
「大丈夫だよ」
船酔いはしないタイプなのか。あの日、船に乗った時はちっとも気持ち悪くなかったことを思い出しながらそう答える。
「それなら、よかった。もうすぐ船も出向時間だから、行きましょう?」
近くに停船していた船舶はすでに搭乗時間が始まっているのか、人が集まっていた。
集まっていた人々は、この島の人が多く観光に向かうような人が少ない。
隣に並ぶクラリア島へ向かう船には、色とりどりの格好をした、この島の人たちではない人が多くあふれているというのに。
そのことに、本当にクラリア島との違いを感じた。
乗り込む人が少ないからなのか。
乗り込んだ船はすぐに帆を張り、出航の合図を奏でた。
はためく帆に、強い潮の香り。揺れる船にわくわくとした気持ちが湧き上がる。
そんな気持ちを察しているのか、アルメリアは楽しそうな顔で私を見ていた。
「楽しみね、ラゼル」
「うん!」
遠くに見えていたはずの小さな島から目を離さずに答える。
アルメリアもまた、島へと視線を向けているのか、アルメリアの目線を感じることはなかった。
けれども、握られていた温かな手にほんの少しの力がこもったのを感じた。
程なくしてたどり着いたラグーン島は、青の船着場を通り抜けるとカラフルな世界が広がっていた。
「・・・え」
そんな世界に夢中になっていた私は、おろした足の先に気がつかず、冷たい感触と、ぴちゃんと水が跳ねる音にやっと下に目を向けた。
そこには、満潮の影響なのか。浸水した地面が広がっていた。
美しい空を投影した水が地面にも空を広げているその光景に食い入るように見つめてしまう。
「ふふふ、驚いた?」
私のその状況に楽しそうな笑い声が響く。
「うん。びっくりした。すごい、綺麗だね」
「ふふ、そうね。私も初めて見た時は同じことを思ったわ」
柔らかく笑うアルメリアはそっと私に手を差し出した。
重ねた手をしっかりと握ると、アルメリアはそっと歩き出した。
ぴちゃぴちゃと歩くたびに鳴る音は、雪と違った不思議な感覚だ。
「初夏の時期に起こるアクア・アルタという現象なの。高潮によって引き起こされるものでこの時期では風物詩のようなものなの。昔はクウェンデでも起こっていたのだけれど、あの地下放水路や、道を組み上げた事で殆ど見られない光景になったそうよ」
ゆったりと繰り出される説明に、感心する。
「そうなんだ。アルメリアは色んなことを知っているのね」
心のままにそう吐露すると、アルメリアはほんの少し頬を染めては困ったような顔をして口を開いた。
「幼い頃に、お母様が教えてくれたことなのよ」
恥ずかしそうにそう言うアルメリアのその発言に心が弾んでいた。
きっと、アルメリアは幼い頃に教えてもらって嬉しかったことを今、私にしてくれようとしているのだと思うと、それだけで心が喜んでいた。
「そうなんたね。・・・ねぇ。もっと、アルメリアの知っていることを教えて?」
ぎゅっと思わず強く握った手に、アルメリアはしっかりと握り返しては、頷いた。
「うん。私の知ってることならなんでも」
花開く笑顔を向けるアルメリアは、いつもよりも幼く見えた気がした。
手を繋いだまま、水を切って進むと、更に開けた住宅街のような所へとたどり着いた。
この島へとたどり着いた時にも見えていた、カラフルな世界が目の前に広がっていた。
「この島の家がカラフルに出来ているのは、この島が漁が盛んで海からでも帰ってきた時にでもすぐに自分の家がわかるようにとこうなったそうよ」
「そうなんだ・・・。でも、確かにこれだと自分の家がすぐに分かりそうだね」
色とりどりのその家々は、1つとして同じ色はないのかと思うほどに同色がなかったのだ。
近しい色はあれど、決して同色はない。そして、その近しい色は近くにはない。
きっと、これならば、本当に遠く晴れた海からなら見渡せば自身の家が分かるだろう。
「クラリア島も同じようになっているけど、先駆はラグーン島なんだそうよ」
見えはしないけれど、そこにあるはずのほど近い隣の島へ思いを馳せる。
同じような街並みなのか。それとも、これとはまた違った風なカラフルな街並みなのか・・・。
想像するだけでも楽しくなれる。
「今度は、クラリア島にも行ってみましょうね」
私の思考を読んだようなその言葉に即座に頷く。
想像していた場所だから。アルメリアと一緒だから。行きたい理由はいくらでも見つかりそうだった。
「クラリア島は、海洋鉱石が有名だと聞いたことがあるから、一度見てみたいの」
けれど、ぽろりと漏れた言葉は全然違う言葉だった。
そんな私の発言を気にした様子もないアルメリアは楽しそうに想像をしてはくすくすと笑っていた。
「ふふ、ラゼルらしいわね。・・・ラゼルの作る作品はとても綺麗だものね。海洋鉱石で作る物はどんな綺麗なものになるのかしら。・・・気になるわね」
最後はほんのりと本気の声音に、こちらが笑いそうになる。
「今度、クラリア島に行く時にはたくさん買って練習してお店に飾るから見に来てね」
初めて触れる鉱石がうまく行くとは思えない。
とりあえずは、店に飾るだけになるであろうことを想像してそう答えると、アルメリアは嬉しそうな顔でこちらを見た。
「それは、楽しみにしてるわ」




