そんな世界でも私は愛しているから。
一人の少女は眠りについた。
彼女が眠る病院のベッドのすぐ横で、冴島雪河は祈っていた。彼女が生きていることを、戻ってきてくれることを。
彼が一人祈る病室へ、謎の男が現れた。
「やっぱり来ていたか。盲目の少女を常闇から救い出すことができる唯一の少年、冴島雪河」
「あなたは……誰ですか?」
突如現れたその男に雪河は唖然としていた。
「君とは初めましてだね。私は彼女の関係者だ」
「関係者?」
「私はある者の側近をしておりました。気付いたら図書館におりました。それから色々調べたところ、どうやら私はとある童話の世界から出てきたということなのです」
「それが本当だとして、なぜお前はここにいる?」
「冴島雪河、あなたはそこにいる咲藍を大切に思っている。だからここで死んでほしくはないのでしょう」
「ああ。咲藍は俺にとって大切な人だ。失いたくない」
雪河は強く拳を握りしめ、静かではあるが重たい口調でそう呟いた。
「良いでしょう。ではあなたに提案をしましょう。私は不思議な力を有している。それは一人の人間を私の代わりとしてとある世界に送り込むという力」
「その世界に行けば、咲藍は救えるのか」
「さあ。ただその世界には全ての傷や病を治す力を有している花が存在している。かすり傷を治したり、風邪を治したり、目を取り戻したり」
雪河は男へ視線を向けた。
「その世界に行き、花を手にいれれば君はこの世界に戻ってはこれる。だがその花は特殊でな、癒したものと代償に、その花を手にいれたものへ癒した傷を与えるというものだ。つまりは、君は彼女の傷を全て背負うということ」
雪河は思わず息を飲む。
「目には目を。それでも君はその目を失う覚悟ができているのか」
雪河は即答はできないでいた。
「まあ強制はしない。自発的に決断した時、私は君をその世界へ飛ばそう。さあ、どうする?彼女は今にも消えてしまいそうだ。早めに選んだ方が良いと思いますよ」
「俺は……俺はーー」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
随分と長い夢を見ていた。それでもまだ眠い。
私は物音を聞き、その正体を知るために薄目を開けた。そこには何十匹もの折り鶴が折られていた。何枚も何枚も折り紙を折る少年を、私は目を凝らして見ていた。
きっとこれも夢だろう。だって私は目が見えないのだから。
私は目を閉じ、深い眠りの中へ潜った。
再び目を開けた時、私が眠るベッドのすぐ横で眠っている少年がいた。この少年は一体ーー
というか……あれ…………
私は違和感に気付いた。
私は自分の目を自分で奪ったーーだから目も見えないはずだった。それが、どういうわけか今私には見えている。ちゃんと見えている。
「どうして……」
はっきりと見える懐かしい世界に、私は感動を覚えた。
感動に浸っている最中、謎の男が呟いた。
「目には目を。確かに彼は君を救った。それは自己犠牲の上に成し遂げられたものだ。結局世界はそうやって出来上がっている。誰かが犠牲にならないと、誰かを救うことはできないのさ。一見不条理に見えたそれは平等だ。
結局さ、世界は不平等に見えて想像以上に平等なんだ。ただ自分に力がないのを認めたくないから、世界は不平等であると信じたいだけなんだ。実際、昔の私もそうだったからね。
力がないのは当然だ。そうやって我々は作られている、そうやって生きてきた。怠けて、だらけて、そうやって我々人間は生きている。怠けることは悪いことではない。むしろ怠けないことこそが悪いことだと、私は思っている。
どれだけ頑張っても救えないものはあるし、できないことはたくさんある。怠けることを悪いことだという人も、怠けて生きてきた人間だ。実際、未来なんて誰にも分からない。だから頑張ったところで意味がない。
世界は平等だ。不条理であっても、平等に理不尽な幸運が人それぞれに与えられているだけだ。
君はそんな世界で生きている。君が今すべきなのは彼を哀れむことでもなく、自分自身を哀れむことでもない。ただこんな世界があることを知れば良い。そしてこれからどうするか、その選択を決めれば良い」
長いこと喋った男は、立ち去った。その手には枯れている花が一輪握られていた。
「やはり、この花はバッドエンドしか生まないらしい」
去り際に何か呟いたようであったが、私には聞こえなかった。
ふと周囲を見渡してみると、部屋中に折り鶴が飾られているのが見えた。数えてみると、303匹折られていた。
「千羽鶴には足りないじゃん」
その時、少年は寝言を呟いた。
「咲藍……」
その声、それは明らかに雪河の声であった。
よく見ると、雪河らしき少年の目には血が滲んでいた。それを見た時、私は先ほどの長々しい話を思い出していた。
「目には目を、自己犠牲、彼は君を救った……」
それだけで私は十分に悟った。
「まるでファンタジーのようだな……」
そう言って、私は目に涙を浮かべた。
「雪河……雪河……雪河…………」
私は祈り、ただ永遠と折り紙で鶴を折っていた。
何十羽、何百羽と、私は鶴を折り続けた。
ーー千羽鶴
その迷信に力を貸してほしいだなんて、それは強欲だろうか。それでも私は雪河には真っ当な人生を送ってほしい。
だから私は鶴を折る。
だから私は鶴に祈る。
涙を流しながら、私はただ折り続けた。
気付けば私は千羽を越え、1001羽折っていた。たくさんの折り鶴が病室を囲んでいた。
そこで私は雪河に呼び掛けた。
「雪河、私との約束、守ってくれたんだね……」
私は涙を堪えきれず、雪河に抱きついて泣いた。私の傷を全て背負った彼は、もう目覚めることはないのだから……。
「あれ……咲藍、どうしたんだ?」
雪河は目を開け、抱きつく私を見ていた。
「雪河……生きていたの!?」
てっきり私の傷を全て背負ったのだと思っていたが、そんなファンタジーのようなことはあり得ないのだろうか。
「咲藍、良かった。無事だったんだね」
そう言う雪河の手には、長文の話をした男が持っていたような枯れた花が握られていた。
「咲藍、俺はお前が大好きだ」
「私もだよ、雪河」
これはファンタジーではない。こればっかりは夢ではないと私は分かっていた。
そこに見える世界は確かにそこにある、夢ではない現実だ。
「雪河、これからも私の側を歩いてくれるか?」
「当たり前だ。だから帰ろう。俺たちの家に」
「うん」
「バッドエンドだけじゃない。これは私の意地なのだろうな。にしても私は、本当に似合わないことをしたな……」
病院の外で、出血した頭を押さえながら空を見上げ、呟いた。
「これが見えない世界というものか」
彼は腹を押さえ、少しずつ息が抜けていくように壁に背をつけ、そのまましゃがみこんだ。
「ああ。随分と……美しい世界じゃないか」
彼の目には見えていた。
そこにいたのは目を失った王子と、目を取り戻した王女。二人は男へ手を伸ばしていた。
「王子様、王女様……、私は……これは……ハッピーエンドで良いのですよね」




