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09

「お姉さん、さっきの話ですけど」


 宿に帰り、お互いの部屋の前に立ったところで、エコー君が沈んだ面持ちで声をかけてきた。


「……やっぱり、冒険者は辞めちゃうんですね」

「はい。……スキルを戻す方法があって良かったです。どうにかしなくちゃって思ってましたから」


 わたしは懐からパルコさんにもらった【リセットストーン】を取り出した。

 《セルフヒール》の力は、もう手放すことに決めている。

 エコー君やディーは努力して今の実力を手にしたのに、わたしはスキルの力で生かされてきたようなもの。誰もが命を懸けて冒険者をしているのに、わたしだけズルしているようなものだ。『白銀』になってしまったら、後はもう過ぎた力だと思っていた。


「わたしはやっぱり普通がいい。ヴィクト君とカーナ、エコー君とディー、あなた達と同じでいたいんです」


 そして、みんなに守ってもらった命を、大事にしていきたい。

 矛盾しているかもしれないけれど、みんなと同じ目線でいたかった。

 だから『白銀(そこ)』が、わたしの冒険の終着。


「お姉さん、僕は……」


 声を落とすエコー君。

 言いたいことはわかっている。


 わたしも、同じ気持ちだから。


 気持ちを抑えきれなくなったわたしは、彼の体をぎゅっと抱き締めた。

 背は低くても、温かくて、頼もしくて、いとおしい体だった。


「エコー君が取り押さえられた時、心臓が締め付けられました」

「おねえ、さん」

「わたしも……離れたくありません」


 最初はあんなに真っ赤になっていたのに、今はわたしをしっかり抱き留めてくれる。


「ワガママばかり言ってごめんなさい。でも、聞いて。わたしはあなたが――エコーが好き」

「僕もです。……アレッサさん」


 ずっと一緒に生きていきたい。

 愛するあなたと、これからも。


「今夜は、あなたの部屋で眠ってもいいですか」

「はい」


 わたしとエコーは抱き合ったまま、寝床を共にした。

 冬の寒さは全然気にはならなかった。


「どんな道を選んでも、ずっと一緒です」

「はい!」



 ☆★☆★



「あ、正式に付き合うことになったのね。オメデト」


 次の日、町の出口で顔を合わせたディーは開口一番そう言った。


「「なんでわかったんですか!?」」

「いやもう雰囲気が桃色っていうか、アレだったしねぇ」


 洞察眼が鋭すぎて、ついに心まで読めるようになってしまったのかと思ってしまった。


「そうなんですよ。相談して良かったです、えへへ」

「ありがとうございます! 僕ら幸せになります! うへへ」

「初めてあんたにイラっとしたわ、エコー。ほら、もう行くわよ」


 嘆息しながら先を行くディーの後を慌てて追う。


 今日からまた『白銀』を目指す冒険が始まる。

 仲間達と旅をする、最後の日々が。



「えええええええええ、ちょっとおおおお!?」

「大変です! お姉さんが巨鳥にさらわれました!」

「上に行かれちゃうとワタシらって無力ね」



「ウフフフ、ディーが一杯ですう~、偽物は駆除しなきゃ」

「なにあっさり催眠かかってんの!? ああもう、久々にやるかぁ!?」

「ほ、本体を早く探さないと!」



「わあ! 海なんて初めて見ました!」

「本当に水がしょっぱいんですね」

「何でもかんでも口つけるんじゃないわよ」



 依頼の場所は予定通り遠方ばかりを選んだ。

 幼い頃の夢。知らない土地や世界を見て回るのは、思っていた以上に新鮮な感動で溢れていた。

 そして――


「これで終わりですっ!」

「はあああぁっ!」

「ふっ!」


 7回目の冒険が終わる頃には半年が過ぎ、季節はすでに夏の手前まで差し掛かっていた。


 討伐対象だった魔物が倒され、最後の依頼が果たされる。

 後はギルドに帰って報告すれば、わたし達のパーティーは晴れて『白銀』級冒険者になれる。


 町に戻るまでの間、わたし達はほとんど言葉を交わすことはなかった。

 多分みんな同じで、ふわふわした気持ちに包まれていたのだと思う。


 後日。


 待合所で『白銀』のギルド証を手に入れたわたしは、2人を連れて町はずれの草原を訪れていた。

 見晴らしのいい丘の上には石碑が2つ並んでいる。教会に建ててもらったヴィクト君達の眠るお墓だ。


「2人とも元気にしていますか。早速ですけど報告です。わたし、みんなの夢を叶えましたよ。なったんです、『白銀』に」


 墓碑に語りかけ、受け取ったばかりの証を添える。

 やっと……感謝を届けることができた。


「楽しい思い出を一杯くれてありがとう。わたしを守ってくれてありがとう。わたし、今とても幸せです。この通り、恋人も友達もできたんですよ」


 2人を紹介すると、エコー君は照れくさそうな表情を浮かべ、ディーはじっと前だけを見つめていた。


「これからも2人の分まで生きていきますから、見守っていてくださいね」


 2人とも、ずっと大好きですから。


「さて、と」


 わたしは【リセットストーン】を取り出すと、今度こそスキルを解除するべく思いを込める。


「それが例のアイテムなのね。ホントにいいの、勿体なくない?」

「いいんですよ。ん……」


 思念に反応した石が強い輝きを放ったかと思うと、次の瞬間にはふっと消失。

 代わりに胸奥からスキルが消えて、大量の【星】が戻ってくる。

 念のためにと、わたしはいつもの要領で手の平を爪で擦ってみた。


「痛っ! あ、見てください、血が滲んでます!」

「大変だ、手当てしなきゃ!」

「あーあ、これからは注意しなさいよ」


 慌てて傷薬を手に取るエコー君、呆れた声を上げるディー。

 当然だけれど、これからはみんなと同じように怪我に気を付けなければいけない。

 早めに慣れていかなければいけないと思いつつ、わたしはあらためて2人に向き直った。


「というわけで、わたし達のパーティーは今日で解散です。今までお付き合いしてくれて、ありがとうございました」


 2人が支えてくれたから、ここまで来れた。

 恋人や友達に対して、少しかた苦しいかもしれないけれど……でもいつか、いつの日か、エコー君とディーにも恩返しをしたい。

 これからもずっと、仲良しを続けて行きたいと思う。


「こちらこそ! とても楽しかったです!」

「お仕事完了ね。ちなみに、あんたはこれからの予定って考えてるの?」

「えっとですね。実はわたし、料理を食べるだけじゃなく作るほうにも興味があるんですよ。そんなわけで、今度は料理屋さんを目指そうと思いまして」


 幸いお金は十分貯まっているし、料理系統のスキルを覚えるための【星】は今しがた手に入ったばかり。

 しばらくは料理を勉強して、ゆくゆくは自分のお店を開きたいと思っていた。

 そのことはもうエコー君に話してある。


「僕は傭兵の仕事をしながら、今のうちに材料の卸し先の下調べをしておこうと思います! アレッサさんの新しい夢を手伝ってあげたいですから!」

「ふうん。まあ、味見くらいなら付き合ってあげるわ」

「ディーはまた本業に戻るんですか?」

「そりゃそうよ。暗殺がワタシの天職だもの」


 半年も仕事を停めていたから死んだと思われてるみたいだけど、と彼女は苦笑する。


「というわけで、今日からさっそく仕事再開よ。人間相手にするのは久々だから、勘が鈍ってなけりゃいいけど」

「そうですか。……あの――」


 言葉をかけようとしたその時。


 今まで晴れ渡っていたはずの空が突然、黒に染まった。


「へっ!?」


 周囲は昼のように明るいのに空の色だけが闇夜に変わっている。

 いや、正確にはぐにょぐにょと軟体生物のようなうごめきを見せていた。

 やがてそれらに色が付き、次々に形を成していく。


 ――魔物だ。


 竜や蟲など種類は様々。

 見たこともない凶悪な外見をした無数の魔物が、次々に姿を現しては空を埋め尽くしていく。


「何ですか、あれ!?」

「実体じゃないみたいねぇ……ん?」


 魔物達の手前に、さらに1体の魔物が出現する。

 人間に近いその姿には、見覚えがあった。


「は!? なんでアイツが!?」


 言葉を介するその魔物は、以前と違って威厳すら感じる声音で口を開く。



『我が名は()()ヨハン。全ての魔物を統べる冥府の覇者にして、世界を闇に染めるもの』



 纏った鎧はより豪奢になり、太刀ではなく大剣を地に突き立てているものの、ざんばら髪の奥に浮かぶ真紅の目と顔立ちは、異界で遭遇したあの魔人に相違なかった。


『この度、地上を我ら魔族の楽園に造り返るため、世界を我が手中に収めるため、我々魔王軍は全人類に対して宣戦を布告する』


 傍若無人だった態度は鳴りを潜め、まさに王と呼ぶべき堂々とした振る舞いで、魔王は全ての人間に向け、一方的に言い放つ。


『講和、降伏、服従は認めない。我らが望みは人類の殲滅のみ。3日後に我が軍団は世界各地に侵攻を開始する。良い殺し合いを期待する。以上だ』


 魔物の本領を見せつけるがごとく、理不尽を並べ立てる。

 その背後で様々な魔物達が一斉に雄たけびを上げた。

 どうやら相手はやる気まんまんらしい。


「……前に言ってた管理者だっけ? もうやる気はないんじゃなかったの」

「うーん……もしかしたら気が変わったのかも」

「でもあいつって、ディーさんが倒したはずですよね?」

「いやいや、別個体でしょ。あれで生きてるワケが――」


 その時、演説を終えて踵を返した魔人が『ああ、そうだ』と思い出したように振り向いた。


『これは私事だが――黒髪の姐チャン。()()忘れてねェよなァ?』


 あの時のままの好戦的な笑みを浮かべて、魔人がこれまでと違った軽薄な口調で言う。


『この通り出世して戻って来たぜ。また戦ってくれるよな。坊主のほうも一緒に“ドゥーム・アビス”で待ってるぜ』


『余計なこというナ』という誰かの声が混じった後で闇が消え、まるで幻だったかのように空はまた元通りの色を取り戻していた。

 けれど今あったことは確かに現実だ。

 大変なことになった。

 まさかこんな本格的に、魔物が侵攻を宣言するなんて。


「…………あーあ。これでまた復帰は先送りか」


 肩をすくめながら今日2度目の溜息を吐いて、ディーは言った。


「エコー、あんたはカノジョを守ってあげなさい。あんなクソバカの相手、ワタシ1人で十分よ」


 わたし達に背を向けて、彼女は往く。


「ディー!」

「ディーさん!」

「お呼びが掛かったんだもの、しょうがないでしょ」


 あんな数の魔物がいるのに、いくら何でも無謀だ。

 どれだけ時間が掛かるかもわからない。

 それでも、彼女の決意は変わらない。

 彼女がそういう人なのは、わたしが1番よく知っていた。


 だから――



「無事に帰ってきてくださいね、レイ!」



 彼女の名を呼ぶ。

 そう決めていた。かけがえのない友達だから、今度からは許す限り、名前で呼ぼうと。


 驚いたような顔で彼女が振り向く。

 わたしは続ける。


「待ってますから! ずっと友達ですよ!」


 彼女は大きく天を仰いだ後で。

 ぎこちなくて、困ったような、それでも精いっぱい笑って。



「またね、アレッサ」



 それから1度も振り返らずに、レイは去って行った。


 またね、レイ。

 絶対にまた、会いましょう。


 待っています、いつまでも。



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