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ベルフが冒険者として好き勝手にやらかしていくお話  作者: 色々大佐
第三章 ベルフ護衛をする

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第八十話 決着

 大国シスト王国とエール国の国王付きである精鋭騎士達。両者ともに名に聞こえた猛者達であり、シスト王国だけではなく、エール国の騎士達も小国ながらその精鋭っぷりは自国だけではなく、近隣に鳴り響いているほどである。

 そんな騎士達が無様にレッドドラゴンに踏みつけられている様子を、エメラがつまらなそうに見下ろしていた。


「エール国の国王付きの騎士達はドラゴンですら退けるという噂は所詮噂だったみたいね」


 足を組みながらエメラがそう呟くと、倒れ伏している騎士達に喝を入れることにした。

 彼女は人差し指をピンッと弾いてシルフたちに合図を送ると、小さなカマイタチが十字架に貼り付けにされている自身の父親、つまりカルミネ王の人差し指を寸刻みで一つ輪切りにした。


「ガッッッッ!」

 カルミネ王の人差し指の先端一㎝ほどが血とともに指から離れて床に落ちた。

「陛下!!!」

 そして、その様子を見た騎士達が悲鳴を上げる。


 その光景を見た騎士達がエメラを憎しみの目で射抜く。が、そこにレッドトラゴンが立ちふさがった。


「ほら、こいつを助けたかったら早くそのドラゴンを倒してみなさい。時間が経てば経つほどこいつの身体が削られていくわよ?」


 そう言ってエメラがまた自身の人差し指をピンっと弾いて合図を送ると、シルフ達が小さなカマイタチを作る。そして、先程削り取られカルミネ王の人差し指が、また一寸ほどカマイタチに切断された。そして、先程と同じようにカルミネ王と騎士達が悲鳴を上げる。


 大勢が決したのは誰が見ても明らかであり、もはやこの場の主導権はエメラが完全に握っていた。

「そういえばお父様、たしかここに入ってきた時になんと仰ってました? この椅子に座っている私を叱った後に、そこの爺と私が結婚するとか何とか」

「そ、そうだ、クレイグ王とお前は今日で夫婦になる。これもエール国の為だ、エメラ我慢してくれ――」

 その答えを聞いたエメラがまたシルフに合図を送ると、カルミネ王が少しずつ切り刻まれていく。

「それは」

 エメラがピンッと人差し指を弾く

「世迷い言にも」

 エメラがピンッと中指を弾く

「程が」

 エメラがピンッと薬指を弾く

「ありすぎるわクソ親父が!!」


 エメラがシルフに合図を送るたびに、カルミネ王の指が寸刻みに切り落とされていく。人差し指にとどまらず他の指も少しずつ削られていく有様はカルミネ王の悲鳴も相まってその場に凄惨な空気を生み出していた。


 王座の間の左右壁際に整列している騎士達は、それでも動かなかった。彼らの中には顔に冷や汗を流し、歯を食いしばっているものもいるが軽率な行動に出るものはいない。


 エメラがそれを見て呟いた。

「ふーん、誰も動かないのね、ちょっと教育が過ぎたかしら」


 ここ一月、自身に反抗する騎士が出る度に反抗した騎士本人ではなく、サフィとアルフレッドを痛め続けた結果、騎士達はエメラに反抗する気概をなくしていた。

 反抗した本人ならばまだしも、主筋である王妃と王太子に罰が与えられる結果に彼らの心が完全に折れたのだ。実際、磔にされているサフィとアルフレッドは一月前とは違い、完全に衰弱していた。


 そんな部屋の中でエメラが隣りにいるベルフに話しかける。

「で、ベルフはさっきから何をしているの」

 ベルフは、彼にしては珍しく緊張した顔で立ちすくんでいた。

「俺は今、恐ろしいものを見ている」

「この場にベルフが怖がるものなんてある?」


 エメラがベルフの視線を追うと、ベルフはクレイグ王を見ていた。ベルフのその目つきは仇敵を見るかのように険しいものになっている。


 そんなベルフに応えるように、それまで黙っていたクレイグ王が語り始めた。

「奇跡だ……」

 クレイグ王は祈るように両手を組みながら真摯にエメラを見つめる。

「人は歳を取る、歳を取れば当然その人間は老いて魅力をなくしていく。エメラちゃんと出会ったのはもう10年も前、例えエメラちゃんが最強美少女であったとしても10年も経てばその魅力に陰りが出ていると思っていた……しかし!! 8歳の時のあの頃よりも魅力的な女性になっているではないか、これはどういうことだ!!」


 どういうことも何もそりゃ当然だ、とその言葉を聞いていた全員が心の中でツッコミを入れる。とくに、ゴキブリ以下とみなしてクレイグ王を見ているエメラの心中たるや筆舌にしがたい。


 そんなエメラの様子に気が付かないクレイグ王が更に言葉を続ける。

「それにカルミネ王からも聞いたぞ、エメラちゃんもわしのことが好きでこの十年想いを募らせていたと、もう我慢しなくて良いんだ、さあわしの胸に飛び込んでこい」


 両腕を広げてエメラを待ち構えるクレイグ王。エメラの方はと言うと、そんなエロ爺は無視して険しい目で自身の父親を見つめている。


 エメラからの熱視線を受けたカルミネ王の頬に汗が流れた。

「父上、ちょっとその傷の出血を止めてあげますね。そのままでは命にも関わるかもしれませんから」


 エメラがそう言うと、サラマンダーを呼び出してカルミネ王の両指の傷口を焼き始める。

 たっぷり一分ほどじっくりとサラマンダー達に両指を焼かれたカルミネ王は、意識朦朧と言った感じで汗を大量に流していた。


 眼前に広がる様々な物に関する感想を抑えて、モハ子爵がクレイグ王のもとにやってきた。

「陛下、すぐにここから逃げ出しましょう。騎士達が踏ん張っている今のうちに馬車まで戻り、はやくシスト王国に戻るべきです」


 実に冷静な意見であった。実の父親に絶賛拷問しているあのアマの狙いは間違いなくこの変態クソ爺の命だ。モハ子爵達にとっては遺憾ながら、本当に遺憾ながら自国の王であるクレイグ王の命を最優先として、この場から脱出することが自分達の最大目標であるのは言うまでもない。

 だがしかし、それを理解してない人間がいた、そう、当のクレイグ王その人が一番わかっていなかった。

 

 クレイグ王が俯きながら言う。

「おいモハ子爵」

「なんでしょう陛下」

「そこまでしてワシとエメラちゃんの仲を引き裂きたいのか?」


 引き裂くも何も、もう両者の間には断崖絶壁か、底の見えない谷底しか見えない。モハ子爵がそう考えてから、今の言葉の意味について目の前の爺にぶつけてみた。

「陛下、仲を引き裂くとは一体何をでしょうか。少なくとも私の目には引き裂くものが見当たらないのですが」

「はあ……良いか? 今のエメラちゃんはワシに出会えた興奮でちょっと舞い上がってるだけだ。ドラゴンを呼び出したこともカルミネ国王に対する処遇も全部それ。誰が見ても一目で分かるようなこんな事をとぼけるとは、語るに落ちたなモハ子爵」


 モハ子爵がドラゴンと戦ってる騎士達に視線を向けた。どいつもこいつもドラゴンと相手してる場合じゃないって面でクレイグ王を見ている。

 常々、こいつの脳みそにはウジが湧いてるのではとは思っていた、だが、まさか脳髄がウジ虫そのものと同レベルだとはモハ子爵も予想はできなかった。


「わしとエメラちゃんの恋路を邪魔した手前、ロングラン家がどうなるのかはわかっているだろうな」


 モハ子爵がその言葉に固まる。まさかこんなことでロングラン家が潰れるとは思いもしなかった。領地の経営も跡継ぎであるアルスの教育も滞りなく行われており少なくともお家取り潰しになるような内憂も外患も今までまったくなかったからだ。

 がしかしモハ子爵は、たった一つ、たった一つだけ手落ちがあったとすれば確かに心当たりが一つある。そう、それは――


「見ろサプライズ、あれが俺の見たかったものだ、わかるか」

『素晴らしいですねベルフ様』


 次男であるベルフの教育の失敗である。


 ベルフがウンウンと頷いていた。

「見たかあの純粋な思いを。目の前にある全ての事象を無視して己の都合のいいように改変するあの力を」

『はい、私もここまでとは思いませんでした。人の一方的な片思いに年齢の差なんて全く関係ないのですね』

「そうだ、クレイグ王をここまで呼んだ甲斐はあった。こんなクソみたいな光景、人生に一度あるかないかだぞ」


 目的は達成できた。件のクレイグ王がどんなやつなのかというのもしっかり確認できた、もう言うことはない。そう、ベルフのやりたいことは全部もう終わったのだ。感動でベルフの両眼から涙が出てきた。


 という訳で、やることもなくなったベルフは一つ背伸びしてから言った

「うし、お疲れ様。そこの爺、もう用はないからとっとと帰っていいぞ」

『帰っていいぞ』

 はー、やり遂げたっという顔をしながらクレイグ王に向けて片手でしっしっという動作を行う。


 そのベルフの不遜な態度を受けてクレイグ王が初めてベルフの姿に気がついた。

「エメラちゃん、その男は一体……」


 クレイグ王のその態度にベルフが、ぴーんと何かを閃いた。

「俺の正体ね、さて、どんな立場の人間かな」

 そう言うと、ベルフがエメラの肩を抱き寄せた。

「なあ、どんな人間に見える?」

「まさかっ!?」


 クレイグ王の足が震え始めた。膝がガクガクと笑い、顔からは血の気が引いている。

 そのクレイグ王に更にベルフの言葉が突き刺さる。

「エール国とシスト王国、遠いな実に遠い。そう思わないかサプライズ」

『そうですね、遠距離恋愛。一言で言うのは容易いものですがそれを続かせるのは難しいものです。ましてや女盛りの十代の娘が、果たして手紙だけで実際に会おうともしない男を待っていられるとは思いません』

「そのとおりだ。さて、クレイグ王、貴様はどれだけの時間エメラを待たせていたんだ?」


 甲斐性のない男は女性からその存在を脳内から消されるのと同じで、肉体的接触のない男女はその関係性を維持させるのはとても難しいものだ。ましてや、恋愛経験の無いお嬢様であるエメラがベルフみたいな悪い男に騙されるのはもはや仕方のないことである。


 当然、実際はエメラの方はクレイグ王を毛嫌いしており恋愛関係そのものがなかった。だが、とりあえずはクレイグ王の脳内にしか存在が許されていなかったその設定を準拠して、ベルフとサプライズは創作系の話を作り始めることにした。


「仕事と女、どちらを大事にするかで仕事を取ってしまえば……後は分かるよなクレイグ王」

『おらー、てめえの愛しいエメラちゃんはベルフ様に寝取られたんですよ』


 ベルフとサプライズの追撃の言葉にクレイグ王が膝をついた。愛するエメラが知らぬ間によくわからないこんなクソガキの毒牙にかかっていたと知って精神の均衡が完全に崩れてしまう。


 完全勝利を果たして気分良く両腕を上げてポーズを決めるベルフ。

 ついでに言うと、真実を知らない他の人間達にもその言葉は波及しており、特にエメラの父親であるカルミネ王と来たら先程の拷問とベルフの言葉に冷血漢の仮面が完全に脱ぎ捨てられていた。


「エ、エメラ本当か、その男の言っていることは本当なのか」

 カルミネ国王が息も絶え絶えという体でエメラに質問する。

 ベルフに寄り添う形でいるエメラは、少し考えると簡潔に言った。

「ええそのとおりよ。見たら分かるでしょ」

 そう言うと、エメラはベルフの片腕にしがみついた。

 

 エメラを嫁に出すとか、シスト王国との繋がりとか一辺に色々なものが完全にご破算になった瞬間である。ちなみに、その原因となったベルフときたらとても満足した笑みでそこに佇んでいた。


「許さん、許さんぞ小僧……」

 幽鬼のような、地獄の底から響いてくる嗚咽が辺りに聞こえてくる。

「何年待ったと思っているんだ、何度エメラちゃんを誘拐しようとしたと思っているんだ」

 ジジイがゆらりと立ち上がる。その相貌は怒りに燃えている。

「それがこんな、こんなガキに全て持って行かれただと、認められるかあ!! ドラゴンなんぞもうどうでも良い、全員あの小僧をぶち殺しにいけ!!」


 僅かに残った体面すらもかなぐり捨てて部下の騎士達にそう命じるクレイグ王。だが、その部下たちはベルフに立ち向かうどころか、ドラゴンの威圧を受けて立ち上がることすら困難だった。


「どうしたお前ら、それでもシスト王国の近衛騎士か!!」

 クレイグ王のその激昂に騎士達のリーダー格が答える。

「し、しかし陛下」

「しかしもなにもあるか! さっさとあいつの首をここにもってこい!!」


 ボケの病気が全身に回ってしまったクレイグ王ではあるが、それでも主には違いない。ぶっちゃけ、もうドラゴンよりも後ろにいるこのクソ色ボケ爺に斬りかかってやろうかと騎士達も思っていたが、それを鉄の理性で堪える。


「モハ子爵は陛下を退避させてください。その時間は我らが命懸けで稼ぎます」

「あ、ああわかった。さ、陛下こちらです早くここから逃げましょう」

「離せ、離さんか! あのクソガキが死ぬところをこの眼で見るまで絶対にここから動かんぞ」


 ギャーギャーと喚き散らすクレイグ王をベルフが見下ろす。

「おや、負け犬が喚いてるなサプライズ。あ、エメラは俺が幸せにするから安心して故郷に戻って良いぞ爺」

『そっすね、ロリコンの癖に近衛騎士まで連れてきてギャラリー増やした挙句に愛しの婚約者が寝取られましたとか最高に楽しませてくれました。貴方のお姿は今後一千年このサプライズが勇者ベルフ伝説の一エピソードとしてこの世に伝え続けると誓いましょう』


 ベルフ達からの挑発を受けてクレイグは更に加熱する。

 エメラに向かっていた性的なエネルギーを全部怒りに変えて、彼の血管はいま人生で最高の圧力を見せていた。


「絶対に許さんぞ!! 貴様だけではない、貴様の親類縁者全てを必ず地獄に叩き込んでやる。このワシに楯突くと言うのがどういうことか、後で必ず後悔することになるからな!!」


 クレイグの言葉にモハ子爵の胃が今日最大の痛みを与えてきた。自分、そいつの父親っすと言う事実を記憶の奥底に封印してクレイグ王の服の裾を掴んで綱引きのように引っ張り始める。


「陛下、そんなことより早く逃げましょう。あんな性格のひん曲がったような顔の人間に関わってもいいことはありませんぞ。ですので、すぐに、早く、この場から退散しましょう」


 奴が気づく前に逃げねばならんと、モハ子爵が人生最大の火事場の馬鹿力を発揮しようとしたその時、ついに奴が、ベルフがその姿に気がついた。


「あれ? もしかして親父か」


 ベルフがモハ子爵目掛けてそう言ってきた。その声に合わせてその場にいる全員の視線がモハ子爵に突き刺さる。


『おや本当ですね、あれはベルフ様のお父上であるモハ・ロングラン殿ではありませんか』


 サプライズの続く言葉を受けて、クレイグ王がモハ子爵に熟練のチンピラでも真似出来ないガン付けを送ってきた。

「モハ子爵?」

「なんでしょう陛下」

「あれ、あいつお前の身内か?」


 モハ子爵は顔をキリッと引き締めるとまっすぐにクレイグの眼を見据えていってきた。

「陛下、ロングラン家は代々続く忠臣としてシスト王国に仕えてきました。我がロングラン家からあのような不忠のものが出る訳がございません。あの者の言は真っ赤なウソでございます、もし彼の者の言うことが真実であれば、どうぞ私の首をお斬りください」


 ここが勝負の時と説得にかかるモハ子爵にベルフがロングラン家の援軍として参戦してきた。

「そうだ親父、アルス兄貴は元気か? いやー、もう半年以上も顔を見せていないから病気にでも掛かってないかと心配してな。そうだ、確かカイゼル家の長女と婚約していたはずだったが何か進展したか? 結婚式には呼んでくれよ、どでかい土産を持って俺も式に参加してやるかな」


 その言葉を聞いてクレイグ王の眼が人類の限界かってくらいに大きく見開いた。

「確か子爵の跡取りであるアルス殿はカイゼル家の長女と婚約話が進められていたはずだが……なんであいつがそんな貴族同士の話を知っているのか、ちょっと聞かせてもらえんかなモハ子爵」

「んっんんーっなんででしょうか、不思議な事も有りますな!!」

「そういえば確か貴公にはもう一人息子がいたはずだったな、行状が悪いと噂で貴族の社交界に出入り禁止を食らっていた子息が。名前は確か、ベ、ベル、そう確かベル――」

 と、そこでサプライズが口を挟んできた。

『おらー実の父親だからって舐めてんじゃねえぞ。せっかくベルフ様がご挨拶していらっしゃっているんだから、まずは家族として相応の礼を示さんか!!』

 クレイグが完全に思い出した顔になった。

「そう、ベルフとか言ったな……」


 パズルのピースが全て揃った。クレイグだけではない、ここ最近ベルフに好き勝手やられていたエール国の皆さんからも太陽のように暖かい殺意の眼差しがモハ子爵に突き刺さる。


 ベルフが目頭に手を当てるとクッと泣き真似をはじめた。

「こんな異国の地で、まさか実の父親と再会出来るとは。これが運命と言わずになんというのだろうか」

『はい、まさに奇跡です。父に放逐された子が立派に成長して異国でバッタリと出会う、なんという運命の悪戯か』


 感動に打ちひしがれているベルフとは対照的に場のエンチャント属性はロングラン家に不利な方へと傾いていっている。


 エメラがふと疑問に思ったのでベルフに問いかけた。

「放逐って、ベルフは家から追い出されたの?」

「ああそうだ、そのおかげで冒険者になってこの国まで流れ着いたというわけだ。思えば、俺が今ここに居るのも全て親父たちのおかげだな」

『そうですね、愛する子は旅に出せということでしょうね。人の成長というものは優しさだけでは完成しない、ときには厳しい態度で子を突き放すのが大事というわけです。ベルフ様のお父上はそれを実践した偉大な人物なのです』


 クレイグ王がもう人の顔したおじいさんではなくなっていた。彼は騎士達に背を向けたままに右手を後ろに伸ばして、くいくいっと手を動かす。それに合わせて、近くにいた騎士が自身の持っている剣を一つ手渡した。


「首お斬りになっても良いんだったなモハ子爵」


 吐いた唾は飲めんぞとばかりにまずはベルフの父親であるモハ子爵に凶刃を向けるクレイグ。尻もち突いて床にへたり込んだモハ子爵に、怒りの鉄槌がくだされようとしたその瞬間、クレイグ王の身体が業火に包まれた。


「ベルフの父親がいなくなると少し困るのよね。まあ、元からお前だけはこの手で殺そうと思っていたし、ちょうどいいからもう死んでくれない?」

 それはエメラだった。

 彼女は人型の巨大な火炎の精霊を作り出すと、クレイグの身体をその精霊の巨大な手で握り潰そうとしていた。


「な、なぜだエメラちゃん! なぜわしを裏切るんだ、あんなに愛し合っていたと言うのに!!」

 

 ちなみにエメラの記憶の中では愛し合ってたことなんて全く無いどころか、週一で送られてくるクソみたいな手紙に精神も肉体もボロボロになった記憶しか無い。


「世迷い言はそれくらいにしてくれないかしら? こっちは一度もあんたなんかに懸想した覚えはないわ。クソ親父が何言ったか知らないけど私から見たら世界で一番の汚物だとしか思っていないからね」


 その巨大な火の精霊は特別性だった。対象以外に燃え広がらないのはサラマンダーと同じだが、攻撃を指定した相手の肉体だけではなく魂までも焼き尽くす、とびっきりの邪法であった。


 肉体だけではなく、魂までもが焼かれる苦痛にクレイグは悲鳴を上げる。

「わしが、わしが死ねばどうなるかわかっているのか!! それを口実にシスト王国全てがこの国の敵になるんだぞ、そうなればこんな小国、一溜りもなく潰されるだけだ。だからエメラちゃん、こんな馬鹿な真似はやめて――」


 エメラがそれを受けてふんっと鼻を鳴らす。

「元から、お前みたいな汚物を作り出したあの国を許すつもりはないわ。シスト王国の臣下も国民もすぐにあなたと同じ地獄に送ってあげるから安心して待ってなさい」

「あ、が…………」


 もうクレイグ王は声すら出ない状態になっていた。皮膚は焼け落ち、もう筋肉すらも炭化を始めている。そうして少しの時間が経つとついに骨だけになってしまった。


「骨だけになっても醜いわねもう潰してしまいなさい」


 エメラの命令を受けた巨大な炎の精霊がクレイグ王を掴んでいた手を強く握りしめると、クレイグ王は完全に骨を原料とした白い粉になった。精霊がクレイグ王を握りつぶした掌を開けると、その粉が砂のようにパラパラと地面に落ちて行く。


 クレイグ王が死んだ事で、その場の時が止まる。いや、正しく言えば巨大なドラゴンと同時にあれだけの精霊を召喚してなお余裕のあるエメラにほとんどの人間が恐怖していた。


「意外とあっけないものなのね、清々したのも事実だけど、もう少し手間取るかと思ってたわ。さて、という訳であいつも死んだことだし――」

 エメラがそう言うとベルフに向き合った。


「そろそろ始めましょうかベルフ」

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